第6話 だが、断る
4日目です。
書き溜めが、残り少なく……
「出してくれ」
声を聞いた兵士が扉の鍵を開け、俺は元の広間に出た。
何処かのタイミングでナタリスが斬りつけてくるだろう。
大切なのはそれに反応しない事だが、意外と難しいな。
刺客に襲われ過ぎて、敵の攻撃に反応する癖が体に染みついてしまってる。
「待たせて済まなかった――」
「やあぁっ!」
用意された椅子に座ろうとした時、いきなり来た。
後ろからナタリスが斬りかかってきた。
まだ席に着く前にってホントせっかちだな。
だが剣を静かに抜く気配は背中で感じていた。
俺は一瞬ピクッとなったが、予期していたおかげでバレずに済んだ。
「わあっ。ちょ、ちょっと、ビックリした。いきなり何するんだ」
首元に突きつけられた剣に驚いて怯えた演技をする。
首までピタリ2センチ、腕は悪くはないな。
「ご覧の通りです、王女様。この男にはやはり……」
「下がりなさい、ナタリス。ヒロト様、御無礼をお許し下さい」
フェイリア王女に強く命じられ、ナタリスは剣を納めて下がった。
王女が頭を下げるのを手で制して首を振ってみせる。
「いえ、いいんです。驚きましたが、俺が未熟だっただけですから。でもやはり俺には世界を救うなんていう大役、務まりそうもありません」
「何をおっしゃいます。ヒロト様はきっと大きな力をお持ちです。わたくしはそれを感じるのです。なにとぞ、なにとぞわたくし達にお力をお貸しください」
王女は目に涙を浮かべ、必死に頼み込んでくる。
彼女は本気でこの世界の将来を憂い、魔王の脅威を恐れている。
その様子を見ていると心が痛んだ。
力を貸すのは簡単だ。
もちろん魔王を倒すのは簡単じゃないだろうが、俺には経験も力もある。
自信過剰かもしれないが、戦えば今回もきっとなんとかなるだろう。
だが同時に、力を振えば振るうほど俺が異質な存在になるのは明白だ。
人としては大きすぎる力。
喉元過ぎれば熱さを忘れるというが、死んだ魔王の脅威はきっとすぐ忘れられる。
残るのは異常な力を持った俺への猜疑と警戒の目。
やはり無理だ。
もうあんな思いはしたくない。
そうだ、魔王が人々の手には負えないと分かったら、その時に俺が動けばいい。
他にどうしても手が無いのなら、俺が誰にも知られず密かに魔王を倒す。
そうすれば俺の静かな生活は守られ、世界も平和になる。
誰も損はしない、ウイン=ウインだ。
「お気持ちは分かりますが、やはり俺には無理です。すいませんが元の世界に帰して頂けませんか」
無理を承知で元の世界に戻すように頼んでみた。
過去の2回ともできなかったんだ、今回も出来ないだろうってのは分かってる。
むしろひとつ前の世界の王様には戻りたくもないしな。
「――分かりました。お力をお借りするのは諦めます。ただ……勝手にお呼びしておいて酷い話なのですが、元の世界にお送りする方法が分からないのです。申し訳ありません」
散々押し問答した後、王女は悲しそうに俯きながら言った。
落胆と同時に心から済まないと思っているのが伝わってくる。
大丈夫だ、もう三回目なんだから慣れてるよと言いたいところだが言えない。
「責任は儂にあるのじゃ。王女は悪うない。責めるなら儂を責めるのじゃ」
見かけ幼女のクレハが王女を庇う。
あんた責めたら児童虐待でしょうが。
「……そうですか、もはや元の世界には帰れないのですね。ではせめて、この国で自由に暮らす権利を頂けないでしょうか。それ以外は何も要りませんから」
本題はこっちだ。
お尋ね者や不審者扱いはごめんだからな。
市民権さえもらって、後はほっといてもらえれば文句はない。
「お願いします。どうかお力をお貸し頂けませんでしょうか。一方的にお呼びしておいて、無理を申し上げていることは承知しております。お力をお貸し頂けるなら、それ相応の地位と財産をご用意いたします。ですからどうか――」
なおも頼み込む王女を俺は手で制した。
「頭をお上げください。俺のようなしがない冒険者には、王宮の生活も貴族の地位も手に余ります。のんびりと普通の生活が出来たらそれで満足なんです。お力になれなくて残念ですが、どうか俺を自由にしてください。それ以外は何も求めませんから」
俺が言うと、王女ははらはらと涙をこぼしながら肩を落とした。
「そうですか……これほど申し上げてもお聞き入れいただけないのですね……。分かりました。ナタリス、冒険者登録証と当座の生活費をお渡しして、城の外までお連れしなさい。ヒロト様、ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。もうお会いすることもないかもしれませんが、どうかお健やかにお過ごしくださいませ」
そう言って王女はクレハと兵士たちに守られ、落ち込んだまま広間を出て行った。
まだ明日も投稿できると思います。
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