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遅くなりました。
さてと、これでとりあえずは“お話”が出来るな。
漸く鎮圧出来たと軽いため息こぼし、目の前に集めさせた緑の肌をした変わった子供達に目配せる。
一人一人の顔を見れば、この先どうなるのか不安がる、知人や親の死を嘆き悲しむ、この人は何者なんだと探るなど、誰もが落ち込んでおり一向に口を開こうとしない。
チラリと奥に目線を向ければ、中~重傷を負う古風な西洋風騎士が地べたに転がり、憎悪に満ちた眼を菅野に向けている。
最低限の応急手当し、ゴムモドキの紐で器用な拘束結びを手足に施した為、その強力な伸縮性に対応出来ぬのだろう。地に座る事すら出来ぬ彼等はうじ虫の如く蠢くしか出来ず歯痒そうに顔をしかめていった。
先ずは情報をと、欲した菅野だったが……
気絶した奴も含め、訪ねようものならやれどこどこの間者やら何故モンスターに手を貸すなど……此方が訊きたい項目を喋る気が皆無であり空振りに終わり彼等の評価を大きく下げるだけで無駄足になった。
言葉を重ねる回数に連れやたらの口が悪く自己的な語り口しかしない彼等は緑の肌をした変わった子供に悪影響しかなく、やたらと権力を振りかざし傘にする姦しい奴等は五月蝿くて堪らんと──ゴムモドキで無理矢理猿ぐつわにし取れ難いようふんじばっておいた。
序に鎧に隠し持っていた短剣など武器になりそうなものは全部ぶんどっておき適当に菅野の背後に転がして置き不満混じりの息をこぼす。
せめてもの情けと服だけは着させておいたので、風邪を引くことは少ないだろうと鼻を鳴らしていると…
「あの、た、旅人さん!」
「ん?お前は…おお、その外簑みたいな被り物の!、無事だったか~、蛮族どもから仲間を守ろうと死に物狂いで戦ってたから覚えてるよ」
手放しで誉めると外簑被った少年、ゴブリンメイジは怯え混じった顔付きで菅野を見返す。
何か言いたげなのか、まごまごまごつく様子に菅野は真剣な表情へと変え、腕を組むと静かにその時を待った。
自分の行動で仲間の運命が決まる。
早計の判断で間違える訳には絶対にいけないと菅野を伺うような眼差しを一旦閉ざし深呼吸するゴブリンメイジは腹をくくり、恐る恐る…だがはっきりとした声量で問い掛けた。
「た、旅人さんに3つ質問があります」
「なんだ?」
「1つは何故私達を救援したのでしょう?」
ん?と首を傾げ訝しげる菅野の様子にゴブリンメイジは拠り一層緊張した面持ちで続ける。
「し、失礼ですがあなた様は人間族のように、み、見受けられます!」
「よく解らんがお前らも人間だろ?肌色とか珍しいが」
「…いえ、私達はその、“そちらが”言うところの邪人種 モンスターにあります」
だから貴方達が言うところの敵を何故救援をと言い掛けたゴブリンメイジだったが、すぐにその言葉を引っ込めた。
「なんだそんなことか。お前らは心がある、そして他人と対話できるし理解しようとしていた、無論武力で無理矢理ってのはないしあっても行使しないように自制し努めていたのも評価できる」
つまる所人であるに値するから助けたまでだ、お前らが何と呼ばれようがとりあえずは人であるには違いないと……静かに頷きながら答える菅野。
この答に大いに驚いたのか、互いに顔を見合せザワザワとどよめくゴブリン達。
一応の納得を得たのか、リーダーであるゴブリンメイジが片手で静粛を促すとざわめきが波を引いたように収まり、無数の奇異な瞳が若干弱まり変わりに興味を示した目付きになっているのを菅野の知覚しもう一度少年へ目線を合わせた。
「ふ、二つ目は助けて頂き本当に感謝します、ありがとうございました。で、ですがその、い、今の私達にはとてもお礼を返す事が」
「あーそんなもんはいらん、俺がやりたかったからやったまでだ。子供が気にする事じゃあない♪」
「それにお前らここに住むとこがかなり難しいんだろ?先ずは状況確かめてっと、その前にとりあえずお前さんの質問が終わったら墓を作らねえとな」
「は、墓を……ですか?!」
「ん?なんでそんな驚く?お前さんの話だと追撃してくる気配がないんだろ?だったらさっさと質問終えてお前さんらの仲間の亡骸を埋めてやらんとな」
「衛生もあるが何より野晒しにさせておくのは忍びな……おいおい、泣くのは全部終わってからにしな。まだ完全には安全じゃあないんだから(苦笑)」
死者を弔う習慣がないのかと最初はそう思えていた菅野だったが……彼らの様子から察し口を閉じ周囲を警戒しながら彼らが落ち着くのを暫し待った。
漸く落ち着いたのだろう、はりつめていた気が禊おち清々しい面持ちになったゴブリンメイジを始めゴブリンたちは真っ直ぐと……菅野を見つめていた。
「3つめは何故その大きな卵を背負っているのですか? とても大事なものみたいなのは戦闘中何度も見掛けたので何となく判るのですが……」
「ああこれか? 置くところがなかった」
「お、置くところですか?!」
意外な言葉に面食らうゴブリンメイジににかっと笑う菅野は言葉を続ける。
「乱戦時ってのは何かと目が回るが同時に目が回らないこともあるだ♪」
「たとえばだ、俺がそこの木にこれを置いたとする。そんで其処らに転がる奴と戦闘だ。矢は飛んでくるは待ち伏せするは共闘して攻めてくるは……そんでお前らの退路を切り開かないと目まぐるしく状況は変わっていく」
「そんなときこれに流れ弾が飛んでこない可能性が0な訳がない、破壊もしくは奪おうとする第3者的なやからが現れるなら更に可能性が上がる」
「事が起きた際全体を逐一把握出来る奴は少ない。お前さんが守っていた時仲間は何処にいた?何処に逃げていた?」
「……」
「そう難しい顔するな(苦笑)。お前を責めている訳じゃあない、状況に応じて臨機応変に動く事が大事だ。今回は置かないで蹴散らせると確信したからそうしたまでだ♪」
「か、確信を……ですか?よく解らないのですが、どうやって解ったのですか」
「勘だ」
腕を組みながらキッパリ言いきる菅野の姿に皆ポカーンと口を開いていた。
自分の言動に微塵もブレがない所か一紙の隙もない傲り無き誇りを持った姿に呆れ返るを通り越し感心しているように菅野の容姿を眺めているゴブリン達。
と、突然悲鳴が上がった。
「っち、警戒を一寸弛めたらこそ泥が来やがったか」
先程ゴブリンメイジ達と対話していた時の気さくな態度がすぐに失せ、般若のような顔付きで座るゴブリン達のもとへ歩み寄る。
慌てて振り替えるゴブリン達は目の前の光景に引きつった顔で尻餅を付くもの、腰が抜けて動けなくなるなど恐慌状態に陥って行く。
間近でも見分けるのが極めて難しい密林に溶け込むような毛皮
蛇のように碧色の瞳孔が細く、光を吸い込むような黒い目玉
そして三メートル程の巨体なわりにその動きは速く、菅野の険しい顔など風に流し次々と獲物へと動き回るそれら……10匹
各々手堅く頂くかのよう、猿轡事噛みきられた騎士もどきが激痛と恐怖が入り交じった叫びを上げ別の個体がその首に鋭利な牙を突き立ていくなど、拘束した騎士を噛みつき連れ去っている。
獰猛な牙はまるで弄ぶかのよう、死へ急降下していく同僚の姿に恐慌状態に陥り、必死に拘束とこの場から逸早く逃げようともがく騎士の鎧事噛み刺さり、白い犬歯が刺さった左胸辺りの鎧がその貫通力を示すかの如く砕かれていた。
「ぐ、グリーンウルフ?!」
「そんな、クレスト森林奥地の大魔獣がなんでこんな」
「こ、殺される……!いやだ、せっかく生き残れたのに」
「あんなモンスターさっきの騎士が300人いてやっと1匹倒せるのに、どうやって逃げればいいんだって、旅人さん!?」
絶望し動けなくなったゴブリン達をまるで掻き分けるよう駆け抜け、迷うことなく突撃していった菅野
獲物を大方持ち帰り、残りは遊ぼうとする1匹が菅野へと飛び掛かって行った。