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「ワレ、機銃筒内爆発ス、ワレ、菅野一番」
くそ、くそ、くそっ!
調子悪りぃなと思ってたら爆発しやがった!
敵機強襲部隊発見で整備中だった343―A-15じゃあなく整備完了まじかの奴で出るんじゃぁなかったぜ!
高度5000弱の空の真っ只中
紫電改と呼ばれる戦闘機のコクピットに鎮座する青年は内心焦りながら適格に機体を操作しダメージコントロールに勤めていく。
いつ他の個所に誘爆し機体事火の玉になるか、はてまた空中分解してパラシュートなしで空に投げ出されるか‥‥
はてまた手負いの得物だと敵機が舌なめずりながら機銃を向け発砲し撃墜してくるか?
選択肢が極端に悪い方向へ傾いているのを嫌が応に感じながら自身の直感を証明するかのよう目視でダメ―ジ個所の確信を探り、仲間に打電を終えた彼は揺らぎ始めた心を鎮めるため深く息を吐いた。
爆発の衝撃で飛んできた破片がキャノピーガラスの一部を砕き、貫通。
速度が減衰したとはいえレンチで思いっきりぶん殴られたような衝撃が側頭部を襲い流血。血が傷口から頬を伝い流れた頃に遅れ湧き上がる鈍痛に歯を食いしばりながら必死に機体制御に努め、バランスを保たせてく。
いかな並の熟練パイロットでも最初の衝撃で動揺し、緊張が緩ゆんでしまったところに破片の強打を浴びれば気を失うか大きくバランスを崩し“死”の文字へ真っ逆さまに墜ちる──だが、彼は尋常でない精神力と肉体で耐え抜き、あまつさえどこに敵機がいるのか‥‥
蚤のように小白い雲と青空しかない空に映る敵機を目視で捉え、即座に仲間に位置を知らせる打電を打ち終え、数mだけ高度を下げた程度で減速せず水平歩行に保たせる離れ業を成し遂げていた。
「ああん?堀、きさま俺の機体に右わきに穴が開いているから護衛しますだと!!ふざけるな、仲間を援護か敵を打ち落とせ!」
「隊長は無茶するから一人になんかさせませんし、俺ら菅野さんを失うわけにはだと‥‥」
ふぜけるな!一人でも多く仲間を戦場から生きて返すのが俺の役割だ、だから俺が手負いになっても無視して俺の代わりに一人でも多く連れて帰ってこいっと俺の部下になった時から口酸っぱく言い聞かせてきただろう!!
ガンっ!!
今も体を蝕む痛みなんかよりも勝る怒りが込上げ、感情任せに正面の計器類映る画面をぶん殴り、自分と同じ高度になるよう水平飛行しながらこっちをみる同型機を睨んだ。
キャノピー越しから目ん玉品剥き動揺した顔で見つめる副官に さっさと敵を打ち落としてこい とこぶしを突き上げそのまま同型機がいる方向のひび割れたガラスをぶん殴った!
唇を震わし心から悔しそうに険しい表情をする副官 堀の顔が見え──彼は無理矢理自身の心を押し殺したまま後ろ髪を引かれる形で前を見据え機体を増速‥‥前線へと戻っていく
あ~ あいつゴーグル越しでも見えちまったな‥‥泣きながらいかせたの‥‥なーんかわるかったな‥‥
悪いことしちまったと、もくもくと黒煙を上げる自機の状況を気に留めず、進行方向前方──
弾丸飛び交う死のダンスの空を見つめる
流石に視力が良いと言われる俺でも数キロ先の空戦中の機体がどっちだがわかんねえ…か…
生き残れよとひとりでに口から出た言葉に気付かないまま、やることも少ないので自力で出来る限りの機体のリカバリーに努めることにした。
それが幸をしたのか 徒労に終えたのか‥‥
脱出装置なんて今の国力じゃあ積む資材が足りないのは明白だが、僅かに墜落及び爆発するまでの時間を伸ばせた菅野は一つ──深い深呼吸をした。
さて、遺言は既に済ませてるが、姉貴と坊くらいだな心残り、は‥‥
と、3,4機か来た道を逆方向へトンボ帰りする機体がちらりと見え、激しく飛び回っていた日の丸の戦闘機群体が落ち着きを取り戻したかのよう編隊を組み直し此方へ戻ろうとするのが菅野の眼にとまった。
何機かはやられちまったか‥‥くそ、俺が前に出れれば連れ帰れたのに!!
くつくつと湧き上がるふがいない己に憤り、思わず握りしめる操縦桿レバーごと握り潰してしまった‥‥レバーが折れれば操縦が極めて困難なのだが──彼はそんなことはどうでもよかったらしく荒ぶる心を鎮めようと深く…ふかく息を吐いた。
俺の勘が告げている。
持ってあと14秒くらいだな、墜落まで。
獣じみた勘だな‥‥菅野、お前空戦隊に入らないか?
入隊したころ、上級に陰湿な暴行を受けていた仲間を勘で探し当て、上級を病院送りにし救出した時の取り調べを思い出し自嘲する菅野は‥‥すっきりした面持で通信機のコンソールを触れる
「空戦ヤメ、全機アツマレ」
即座に打電し、仲間に通信を送る菅野。
残り10秒を切ったその顔は──まるで初めて青空を眺める少年のようなとても穏やかな顔で打電していく
‥‥あいつらは大丈夫だろうが堀は、あいつ厳つい顔しながらも涙もろいからな……
「ワレ、機銃筒内爆発ス。諸君ノ協力ニ感謝ス、ワレ、菅野一番」
いよいよ損傷個所の翼事吹き飛びそうな幻視が見え速めに打電終えた菅野は──まるで自分以外の時が急激に遅くなったかのよう。
爆発の光と飛び散る破片と共に襲い掛かる衝撃に呑まれ意識がそこでぶつりと──途絶えた。
どれ程の時間が立ったのだろう……
気が付いた彼がゆっくり目を見開くと……周りが白一色しかない見たことがない空間が彼の視界に映っていった。