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第八話 紳士たちは異なる不快感の中で眠りに就く

 太陽が顔を出す頃。


 一匹の獣が森の中から姿を現した。


 その獣の纏う雰囲気は明らかに他を凌駕するもので、例えるならば「帝王」とでも言うべき存在であった。


 だが、見た目ではそう感じられない。


 獣の上に一人の少年が跨っているからだ。


 少年は獣から降りると、知性を感じさせる漆黒の瞳に向けて口を開いた。


「送ってくれてありがとう」


 獣は低い声で小さく唸り、口の端を吊り上げた。あたかも当然だと言わんばかりに。


「ははっ、確かに。それじゃあもう行くよ。君も気をつけて」


 ガウ。


 一つ吠えた獣はゆったりとした足取りで森の中へと去っていった。それを見守っていた少年は、獣が完全に見えなくなるとやっと動き出す。


「さあ、ここからが僕の異世界生活のスタートだ」


 ボロボロの学生服に身を包んだ少年は、そう離れていない位置にある門へと進んでいく。堅固にして巨大な門に向かって。


 少年の名前は楠エージ。


 ぬいぐるみを避けて投身自殺したことで異世界に来て三日、彼はやっとのことで人の生活圏へと入ることができたのだった。






 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜






 紅炎の美ロリ姫ことシンクが放った精霊魔法は、エージのセクハラで超絶強化されたアンジェリカに破壊されて猛威を振り撒いた。


 結果として、深緑の魔境にちょっとした空白地帯が生まれたのだが、それは別の話として。


「ぬうぉぉおぉぉぉぉぉお! ぐべっ!?」


「ルァァァァァァァァァァ! キャイン!?」


 エージとカイザーウルフは、爆発の余波に巻き込まれてアンジェリカたちとは逆方向に吹き飛んでいた。


 つまり……イメンサス大森林の最深部である。


「痛たた……あれ? アンジェリカさんたち……もとい姫様は?」


 紳士としての誇りに目覚めかけているエージが辺りを見回すが、守るべき幼女の影も見当たらないことでがっくりと肩を落とした。隣ではカイザーウルフも項垂れている。今しがた被爆したのに元気なものだ。


『幼女と離れてしまったか……口惜しいことだが、これも運命だと思うことにしよう』


 流石はジェントルマンといった所か、ことの流れに抗うようなことはしない。


 ただ、それは紳士であるからという理由だけではないらしかった。


『時に小僧……いや、友よ。何故我らは生きているのだ? あの魔法、一瞬ではあるがただならぬ力を感じたぞ』


 カイザーウルフは精霊魔法を間近で受けてほぼ無傷であることに疑問を持っていた。力のある生物として、知識は無くとも精霊魔法の危険性を察していたのだ。


 それに対し、エージは不思議そうな顔をしてからハッとする。


「そう言えば何でだろう? よくよく考えれば前にも爆破されてるのに怪我も無かったし……もしかしたら僕のスキルのおかげかも」


 エージの持つスキル《スキルマスタリー》は所謂チートだ。それを踏まえた予想であったが、今度は別の意味でカイザーウルフが首を傾げる。


『スキルとは何だ?』


 これは当然のことである。スキルという概念は人間が発見したものであり、人間と同じ発声器官を持たない魔物がステータスを開くことができるはずもないからだ。


「えっと、特殊能力みたいなもの? 君も持ってるよ。《紳士の心得》っていうの」


『ほう、よく分からんが素晴らしそうなスキルだな』


 紳士という言葉に満足気な笑みを浮かべたカイザーウルフ。


 エージは少し気になってカイザーウルフのスキルに《鑑定眼》を使用した。


 《紳士の心得》……理性と優しさが身につく。精神に大きな補正。


 理性の付与。これが獰猛さに定評のあるカイザーウルフがエージを本能のままに襲わないことの理由だ。優しさを持った魔物など、ノア中を探してもそうはいないだろう。


 実際、この紳士な獣はアンジェリカに対して手加減をしていたし、最初にシンクの前に現れた時も愛でることが目的だったので、襲うことなど微塵も考えてはいなかった。


 まあ、見た目が恐ろしいために理解されはしないのだが。


 エージもぼんやりと目の前のカイザーウルフが変わっていることに気づいていたので、そのスキルを見て納得することになった。


 同時、「幼女が好きなだけで結構なスキルが手に入るんだなぁ」とズレた所で驚きも感じていた。


「あ、そういえば……」


 エージは自分のステータスを開く。相変わらず♂表記の性別に苦い顔をしながら、称号の項目に目を向け、その下にあるスキルを注視する。


【悪戯神のお気に入り】


 その下にあるよく分からないスキルに《鑑定眼》を使う。


 《冗談だってば(シリアスブレイク)》……スキルの保持者が干渉した出来事に限り、一定以上の深刻さを理を無視して無に帰す。


「……りをむししてむにかえす。難しいけど……これもチートっぽいなぁ。てゆうか僕ってロキのお気に入りなんだ」


 エージはスキルの説明を見てもピンと来なかったようで、とりあえず「何かすごそうな能力」だと思うことにしたらしい。


『して友よ。我らはどこまで飛ばされたのだ? (ぬし)も仲間とはぐれてしまったようだが』


「……どこだろ? アンジェリカさんたちも心配だなぁ」


 この時にはもうアンジェリカたちは森の外に出ていたのだが、それをエージが知る由もない。


 また、そこが最深部だというのも分かるはずがない。


「まあ、何とかなるよ。歩いてればその内外に出れるだろうしね」


『楽観的なのだな』


「悩んでても仕方ないからね。とりあえず、今日はもう休みたいよ。散々吹き飛ばされたんだ……」


『人間とは何度も吹き飛ばされても大丈夫な生き物だったのか……』


 そんなことは決してない。


「どこか休めるところを探そう。ここは魔物がいっぱいいるみたいだし」


『そんな場所があるとは思えぬが……いや、あるな。一箇所だけ魔物の寄り付かぬ場所がある』


「本当? じゃあ、そこに行こう!」


『我としてはあまりお勧めしないが……了解だ。背に乗るがよい』


 しゃがんだカイザーウルフにエージが跨ると、カイザーウルフは暗い森の中だというのに迷いなく駆け出した。


「おお、疾い……ところで、現在地も分からないのに休める場所の位置は分かるの?」


 器用にバランスをとりながら尋ねるエージに、カイザーウルフは重苦しく低い唸り声で返す。


『ああ、ハッキリと分かる。もう少しすれば主もこの感覚を理解できよう』


「感覚……?」


 曖昧な表現に疑問符を浮かべるエージだったが、少ししてその意味を理解する。


「これは……」


『我の言ったことが分かったか?』


「うん。確かにハッキリと分かるよ」


 顔を顰めたエージの前にあるのは、小さな(ほこら)だった。黒曜石のような石碑に解読不能な文字が多数刻み込まれたそれは、どこからどう見ても……禍々しかった。それこそ、凶暴な魔物たちが本能で敬遠するだろうと直感できるほどに。


「酷いね」


 エージは眉間に皺を寄せながらも、カイザーウルフから降りて祠の近くに腰を下ろす。


『肝が据わっているのだな』


「結構不快だけど、耐えられないほどじゃない。前にこれに似たものを感じたことがあるから」


『なんと……それはまた嫌な経験だ』


「そうだね。あれは地獄だったよ……それより、君は大丈夫なの?」


『我は己の心を制御する術に長けていてな。快くはないが、だからと言って友と離れることはない。魔物が寄り付かぬとはいえ、全くこないとも限らないのでな』


「ありがとう。僕のためにそこまでしてくれるなんて……」


『当然よ。我は紳士であるからして』


 フッ、と二人の紳士が不敵に微笑み合い、その場に寝転んだ。疲れが溜まっていたせいか、すぐに寝息を立て始める。


 睡魔に誘われて眠りの淵に立ったエージは、ある記憶を思い出してしまう。


 それは彼が中学二年生の頃。


 季節は夏だった。


 彼は数人の友達とともに野球をして遊んでいた。


 運動神経だけは抜群だったエージは、野球部でピッチャーだった友人の豪速球を初手フルスイングでかっ飛ばした。


 野球部としてのプライドをズタボロにされた友人はかわいそうだが、ここではスルーしておく。


 ホームラン級の勢いで飛んで行ったボールは、とある民家へと侵入してしまう。


 エージは友達からの野次を受けつつ一人ボールを取りに向かった。幸いにしてその家に人は住んでいなかったため、すんなりと中に入ることができた。


 見れば、ガラスが割れてしまっていた。エージは家の中にボールが入ってしまったのだろうと考え、心中で謝罪しながらこっそりと屋内に足を踏み入れた。


 途端、彼は想像を絶する地獄を味わうことになった。


 急激な不快感。この世のものとは思えないその状況に、彼は嘔吐しそうになった。


 そう、その家は「ゴミ屋敷」だったのだ。


 前の住人が放置していったのだろうゴミが無残にぶち撒けられたその惨状は、視覚に大きな悪影響を与える。


 そして何より……季節は夏。生ゴミが途轍もない悪臭を放っていたのだ。


 悪臭。それは公害にも認定される。


 エージは過去最大級の悪臭と必死に闘いながら、自分が打ったボールを探したのだった。


 戻ってきたエージが友人たちに「うわっ、くっさ!」と言われたのは仕方のないことであった。


 さて、エージが何故こんなことを思い出したのかというと、それはたった今彼がいる場所に原因がある。


 禍々しい、黒い祠。


 不気味な空気が漂うその場において、カイザーウルフは不快感を覚えている。


 それは即ち、恐怖や怖気といったもの。


 対し、エージはこう感じている。


「なんか臭いなぁ」と……。


 どこまでも変なエージであった。






 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜






 翌朝、目を覚ましたエージはうっすらと射し込む太陽の光で気づいた。


「ん? これは、窪み……?」


 祠には小さな窪みがあった。その奥に、キラリと光る粒。


 そっと“ソレ”を手に取ったエージは、《鑑定眼》で情報を見て驚き、思わず笑い出してしまった。


「あはは、すごいや!」


 その声に耳をピクリと動かし、カイザーウルフが身を起こした。


『……どうしたのだ、友よ。朝から随分と楽しそうだが」


「! な、何でもないよ?」


『? そうか、ならよいのだが』


 一晩眠って体力を回復したエージたちは、早々に移動することに決めた。


 目指すは人間の住まう国。


『ふむ、中々に歯応えがあっていいではないか』


「そうかなぁ……」


 ゴリゴリボリボリガリガリと、ロキが用意した硬いパンを齧りつつ歩みを進める。


 向かう先がローゼニア王国と真逆であると気づくのは、森を抜けて見覚えのある草原に出た夕刻のことだった。











 エージはとても大切なことを二つ、理解できていなかった。


 一つは後々に大きく関わってくること。


 もう一つは、既にエージに深く関わっていること。


 《冗談だってば》……スキルの保持者が干渉した出来事に限り、一定以上の深刻さを理を無視して無に帰す。


 この説明文が示すのは、つまりはこういうことだ。


 エージが関係する物事は、全てシリアスにはなり得ない。


 今までに彼がほぼ無傷だったのは何故か。アンジェリカたちが高所落下して生きていたのは何故か。


 その答えが、このスキルのおかげであるということは……エージには理解できていない。




ちょっと無理矢理感漂ってますね。ゴミ屋敷を放置するなんて自治体は何をしているんだ!(そこじゃない)


次回からまともに人間の国に行きます。


次回の更新は7日の18時です。

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