第七話 戦乙女は恥ずかしさに爆発する
今回はアンジェリカの一人称です。
※予約投稿の日時を間違えてました。本当に申し訳ないです。
「やいデカ狼! 僕が相手になってやる!」
剣と爪が衝突して魔物との距離が開いた時、私、アンジェリカの前に現れたのは少し前に出逢ったばかりの少年、エージ・クスノキだった。
クスノキは私たちとは何の関係も無いというのに姫様の捜索を手伝ってくれている親切な少年だ。
だが、今この場に割り込んでくるのは親切というよりも……考えなしと言った方が正しいのかもしれない。
横合いからいきなり飛び出してきたクスノキに、凶暴なことで有名なカイザーウルフも戸惑っているのか動きを止めている。
かく言う私も動けないでいるのだが……。
「………………はい?」
少しの間カイザーウルフを睨んでいたクスノキが、関節が心配になるほどに首を傾げる。どうにも場にそぐわない仕草で、私もやっと正常な思考を取り戻せた。
「お、おい、どうしたんだ? いや、それよりも危ないから早く逃げろ!」
私は女ではあるが、歴としたローゼニア王国の第四騎士団長だ。“あの”スキル抜きであったとしても、それなりの実力があると自負している。
その私からして、相対する巨狼は凶悪だと言わざるを得ない。悔しいことに、相手は油断こそしていないもののまだまだ本気を出してはいないだろう。
それに対して、クスノキはあまりにも頼りない。動きを見るに筋は良さそうだが……無手ではどうにもしようがない。
その判断があっての忠告、もとい命令に、クスノキは大声でこう返してきた。
「だ、だだだっだだ、だだダイジョービュ! ぼぼぼ僕にまま任しぇなサーイ!!」
……ど、どこをどう聞いたら大丈夫なんだ?
一気に不安になった私に、彼は追い打ちをかけてきた。
「あ、アンジェリカしゃんはお姫様を守ってて! ぼ、僕がこの狼様のご機嫌をとるから!」
「威勢の割には腰の低いことを言うんだな!?」
魔物を相手に様付け……思わずツッコミを入れてしまったのも仕方ないというものだろう。
しかし、私は思い出した。
この少年は、あのイメンサスオーガに頭突きをして打ち勝ったのだ。姫様の魔法で吹き飛ばされたことによる偶然と言っていたが、そもそも姫様の魔法を喰らって無事な時点で十分に驚きだ。
加えて、彼は異世界人だ。確証があるわけではないが、着ている服の質の良さや貴族でもないのに姓を持つことから、本当のことなのだろう。
異世界人は強い。史実として残っている最古の異世界人は、たった一人でノアを滅ぼしかけた「邪神」を封印したと伝えられているほどだ。
なれば、クスノキも相応の力を持っているのだろう。震える足と引きに引いた腰からはとても想像つかないが……。
「……時間を稼いでくれ!」
言い残して私は姫様の元へと走る。クスノキを援護するのに……残念ながら、私では力不足だからだ。
「アンジェ! あの人は……?」
姫様、シンク・F・ローゼニア様が心配と疑問が半々といった目で問いかけてくる。
「彼はクスノキ・エージ、異世界から来た少年です。私たちのために魔物の相手を引き受けてくれていますが……いつまで保つかは分かりません」
「そんな……!」
姫様の顔が青くなる。
なんとお優しい。自分の身が危険に晒されているというのに、見ず知らずの少年を案ずるとは。
その気持ちが今は大事になる。
「ですから、彼を助けねばなりません。情けないことに私ではその役を担うことは叶わない……どうか姫様のお力をお貸しください!」
頭を下げる。娘ほどの年齢の少女にする頼みごとではないが……
「分かった! 何をすればいいの?」
……それでも躊躇いなく首を縦に振ってくださる。どこまでも強いお方だ。
「ありがとうございます。無理のない範囲で、あの魔物を退けるだけの魔法を撃って欲しいのです」
「魔法……やってみる!」
一も二もなく頷いた姫様が小さな掌を突き出して、詠唱を始めた。
「我は祈る、大いなる精霊よーー」
精霊魔法。
この世界に少数ながら存在する「精霊族」に愛された者のみが使役できるスキル。
アビリティである魔法よりも強力なそれを、姫様は使うことができる。
「求めるは仇なす敵を払う猛火。静にして聖なる紅焔」
ぽたり、と汗が滴る。幼い姫様の顔には珠のような汗が浮かんでいた。
……頑張ってください、姫様!
クスノキが何事かを叫んでいるのが聞こえたが、チラと見た感じでは無事のようだった。異世界人の実力は伊達ではないということなのか。何はともあれ時間は稼げている。
姫様はまだスキルに慣れていないため、その力を十全に発揮することができていない。精霊族に「与えられた」とされる精霊魔法のスキルは特にその傾向が顕著だ。
姫様の場合、発動までに時間がかかるという形で不慣れが表れている。冗長な詠唱は戦闘では致命的だ。
……私がスキルを使えれば、姫様の手を煩わせることも、クスノキに助力を求めることもないのに。
歯噛みする。その間に姫様は詠唱も終盤に入ったようだ。見つめる先のクスノキは、カイザーウルフと睨み合ったまま微動だにしない。何をしているのかは分からないが足止めをしてくれているのはありがたい。
姫様の両手に力が集まるのを感じた。もうすぐ精霊魔法が発動されるのだ。
クスノキに向けて魔物から離れるように指示を飛ばす。
「クスノキ! すぐに魔物から離れるんだ!」
同時、クスノキとカイザーウルフが一緒にこちらを振り向いた。その顔には戦闘中とは思えないほどに穏やかな笑みが浮かんでいた気がするが……それは私の気のせいだろう。
「ーー宿せ、炎精の焔!」
少し遅れて姫様の精霊魔法が完成する。掌に収束した魔力とは異なる力が複雑な紋様を描いていき、その中心にとても小さな青い火を灯した。
「『聖焔の蒼』!」
ポッ、と青い火が放たれる。それは真っ直ぐにカイザーウルフへと向かって飛んでいく。
そこに、何を思ったのかクスノキが飛び出してくる。
「ちょ、ちょっと待った! 別にこいつは敵対するつもりはなくて……へぅっ!?」
カイザーウルフを庇うように走り出したクスノキは、木の根っこに足を引っ掛けた。
……奇妙なことに、ゆっくりと移ろう世界。
勢いのついたクスノキは躓いても速度をそのままに、何故か私の方に突っ込んでくる。
受け止めようと腕を広げた私に、クスノキは手を伸ばす。
そして。
むにゅっ!
「なぁっ……!?」
「……へ?」
どんな奇跡か……鎧のちょっとした隙間を縫って忍び込んだクスノキの手が、私の胸を掴んだ。
時間が停滞したような世界の中で、私は急速に顔が熱くなるのを感じた。
む、胸を、触られた……!
未だ誰にも触らせたことがない胸を、触られたのだ。
どこか冷静に事実を捉えつつも、抑えきれない羞恥心が込み上げて。
「き、きゃああああああああああ!!!」
私の持つ唯一のスキル《恥じらう乙女は何より強い》が発動した。
瞬間的に、ステータスが倍以上に跳ね上がった。
称号【戦乙女】に付随するこのスキルの能力は、「羞恥心を感じた際にその度合いによってステータスを上昇させる」こと。
私はわけのわからないままに剣を振り抜く。倍加したステータスで放たれた剣閃は一直線に羞恥心の原因……クスノキへと向かう。
「ごご、ごっ、ごめんなさぁい!?」
幸運にもクスノキが一瞬先に仰け反っていたため、剣が当たることはなかった。
しかし。
目標を失った剣は鋭さを残して振り抜かれていき、別のものへと襲いかかっていった。
私は戦慄する。
何故ならば、剣が向かう先にあったのは……青い青い、小さな炎だったからだ。
常人を遥かに凌駕するステータスが齎す高威力の剣撃が、姫様の『聖焔の蒼』を切り裂く。
知っている。この儚さすら感じる青い炎に秘められた絶大な力を。触れた瞬間に凝縮された炎が猛威を振るうということを。
その炎が、自分の数倍に届く大岩を溶解させたことを……。
ボォォォォォォォォン!!!
「「「うわあああああああああああ!?」」」
周囲一帯を巻き込む大爆発。
死を覚悟した私だったが……、
「ぐえっ」
「ごはっ」
「いたっ」
「きゃっ!?」
「くぅっ!! ……あれ、生きてる?」
姫様の側にいた部下たちが積み重なって落下し、姫様がその上に落っこちる。私はその隣に落ちたようだが……辺りを見回すと、そこは花畑だった。
一体全体、何がどうなって私たちはここに戻ってきたのか。精霊魔法の直撃を喰らって何故生きていられるのか。
サッパリ分からないが、今は無事であることを喜ぶべきだろう。
「姫様、ご無事で何よりです! クスノキも……?」
所々が焦げついてチリチリの頭になってはいるものの無傷らしき姫様を見て安堵し、声をかけようとした人物を探す。
しかし。
「…………クスノキはどこだ?」
異世界人の少年の姿は、どこにも見受けられなかった。
女騎士といったらエッチなハプニングは必須ですよね。オークはいりません。
次話で主人公のスキルを完全公開します。
次回の更新は4日の18時です。