第六話 ロ◯コンは森羅万象において紳士である
異世界ノアにおけるステータス。
エージがゲームのようだと例えた世界において、個人の身体に関わる能力は七つの項目で示される。
体力……文字通りに体力を表す。持久力や生命力に関係し、免疫力もここに含まれる。
攻撃力……言わずもがな。瞬間的な力の強さを示す。筋力が主な要素として関わるが、見た目が伴うとは限らない。
防御力……これまた言わずもがな。外的なダメージに対する抵抗力や耐久力を示す。病気や精神ダメージは範囲外。
魔量……体内に保有できる魔素の最大量。
知力……魔法を扱う際の威力の大小を示す。知能指数なども少し影響するが、バカでも値が高い場合がある。
精神……その人の心の強さを示す。数値として表れはするが、必ずしもその値が高いほどメンタルが強いとは限らない。不確かな項目。
敏捷性……再々度の言わずもがな。瞬発力や動体視力、反射神経にも関わる項目。
各々をゲーム的に表記するのならば、
体力→VIT
攻撃力→STRまたはATK
防御力→DEF
魔力→MP
知力→INT
精神→MIN
敏捷性→AGI
といったところだ。細かい違いはあるかもしれないが、大雑把にはこう区別される。
各項目には相関性があるものもあり、例を挙げれば攻撃力と敏捷性は「最高速度」の点で結びつく。いくら敏捷性が高くとも、攻撃力、すなわち筋力が低くては速度が出ない。
ここで、アンジェリカ・ロックソードのステータスを見てみることにしよう。
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名前 アンジェリカ・ロックソード
種族 人間
年齢 24
性別 女性
体力 2840
攻撃力 510
防御力 420
魔力 1600
知力 370
精神 200
敏捷性 440
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意外と筋肉系……もとい攻撃力や防御力が高めなステータスである。
エージのものと比較すると体力と魔力、敏捷性で劣るものの、彼女のステータスは軒並みノアの人間の平均よりは数段高いものとなっている。
これを見て分かるように、実はエージのステータスは結構いい線いっているのである。知力と精神は置いといて……。
話を変えよう。
ここで『アビリティ』と【称号】、《スキル》についての話をしよう。
アビリティとは、万人が修行次第で会得できる技能などのことだ。
例えばアンジェリカはアビリティとして『剣術』や『護身術』を習得している。これらは剣を振るう時や身を守る時の動きに補正をかけてくれる。騎士団の修練で会得していたものだ。
また、魔法もアビリティの範疇である。対象となる魔法の名前と効果、性質をある程度理解できれば使えるようになるのだ。多少の得手不得手はあるらしいが。
次に称号の話をしよう。
称号とは、生き様や才能、性格といった個人が持つ様々な要素を鑑みた結果として、神が与えたもの……だと言われている。あくまで憶測でしかなく、それが真実かどうかは神のみぞ知るところなのだろう、多分。
そして、その称号によって齎される特殊な能力がスキルである。
スキルはアビリティとは違い、万人が得られるものではない。個々人によって、称号によって異なるものだ。
これに対しても一例を挙げるなら、エージが使用した《鑑定眼》のスキル。これは「な◯でも鑑定団」にでてくる爺さんたちのような【鑑定士】が持つ特殊な能力であり、その他に物事を追究したいという欲求が表れた【探求者】などが持ち得るものである。
《鑑定眼》のように、異なる称号でも同じスキルを持ち得るのが奇妙なところであるが……殆どのスキルが優秀な能力を発揮する。
それこそ、倍以上の攻撃力の差をいとも容易くひっくり返すことさえあり得るのだ。
エージの称号【スキルマスター】は、称号の如何を問わず数多のスキルを身につけた者に与えられる特異な称号……という設定でロキが作ったチートである。
《スキルマスタリー》はその象徴。つまりはロキがちょちょいと選んだ相当数のスキルのセットである。
強力なスキルを節操無く幾つも持ち合わせるエージは、間違い無く異世界ファンタジーにおけるチートだ。
しかし、彼は忘れている。
称号の欄にあるもう一つの存在を。
彼が偶然に手に入れてしまった、厄介かつ無敵に近いスキルを。
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勢い込んでカイザーウルフの前に飛び出したエージ。
勇敢な少年は、一先ず敵対する者のステータスを見ることにした。
「あの狼のステータスは……」
急に割り込んできたエージに戸惑っている様子のカイザーウルフをジッと見据える。少しして、半透明のスクリーンが現れる。
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種族 カイザーウルフ
性別 ♂
体力 54900
攻撃力 3200
防御力 620
魔力 300
知力 280
精神 1400
敏捷性 4900
………………………………………
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「………………はい?」
梟も吃驚な首の傾げ方をするエージ。身体能力を表すステータスが完全に自分を超えていることに気がついてしまったのだ。
「お、おい、どうしたんだ? いや、それよりも危ないから早く逃げろ!」
後ろから投げかけられたアンジェリカの声にハッと我に返ったエージは、できる限り大きな声で言い張る。
「だ、だだだっだだ、だだダイジョービュ! ぼぼぼ僕にまま任しぇなサーイ!!」
噛み噛みだった。更に片言だ。
「あ、アンジェリカしゃんはお姫様を守ってて! ぼ、僕がこの狼様のご機嫌をとるから!」
「威勢の割には腰の低いことを言うんだな!?」
謙り始めたエージを奇異の目で見るアンジェリカだが、彼がイメンサスオーガを気絶させたことを思い出す。
「……時間を稼いでくれ!」
エージに実力があると踏んだアンジェリカは、そう言い残してシンクの元へ走っていく。
残されたエージはというと、
「あ、あばばばばばば……どうすればいいのコレ……!」
慌てまくりだった。
「いやいやいや! そうだよ、チートを使えばいいんだ!」
徐々に剣呑な雰囲気を漂わせ始めたカイザーウルフにビビりながらも、エージは自分のスキルを確認する。
《スキルマスタリー》に《鑑定眼》を使うと、見る気力を無くすほどのスキルが現れた。
「えとえと、戦闘に使えそうなのは……」
忙しなく目を動かしてスキルを探す。
《アルマゲドン》……自身の半径百キロ圏内に無数の極大流星雨を降らせるスキル。五秒で惑星一つを粉々にできる。主に【破壊神】や【天体神】が覚える。
《完全無菌》……あらゆる雑菌やウイルスを完璧に滅殺するスキル。食事前に使うといい。主に【重度の潔癖症】や【浄化師】が覚える。
《呪》……ぐちゅぐちゅ、ぱーん。
「訳が分からないよ!!!」
エントロピーを凌駕するくらいの盛大なツッコミに、飛びかかろうとしていたカイザーウルフが怯んだ。
「何これ! 規模が大きすぎるし、便利だけど戦闘用じゃないし、最後の《呪》ってどういうこと!? 怖すぎるよ!」
「ぐ、グゥ……?」
錯乱したように叫ぶエージに、獲物には一切の慈悲をかけないと言われるカイザーウルフも困惑を隠し切れないようだ。
「戦闘系、戦闘系……!」
冷や汗をダラダラ流して戦いに役立つスキルを探していたエージ。
そんな彼の目に、二つのスキルが映り込んだ。
《念話》……音ではなく思念で意思疎通を行うスキル。念話の対象は自分が意識を向けるものに限る。主に【超能力者】などが覚える。
《獣の心》……獣の心を理解することができるようになるスキル。主に【動物愛護家】や【調教師】が覚える。
「くっ、これも違う『……いいなぁ』……ん?」
その二つのスキルを視界の端に追いやった時、ふとエージの耳に何者かの声が聞こえた。
否、それは耳にではなく、頭にであった。
『……わいいなぁ。おもいっ……』
「な、何? 誰の声……?」
『ペロペロしたい……いや! 違うではないか! それでは紳士としての誇りが……』
「ぺ、ペロペロ? 紳士? 一体何の話をして……!」
エージは気づいた。
自身が直前に見たスキルは何だったか。今、この場にいるのは誰なのか。自分が意識を向けているのは、一体誰なのかを。
考えついたが故に、気づいた。
「まさかっ……!」
視線を向けた先には、鋭い牙を剥き出しにした一匹の巨狼。
そして流れ込んでくる声。
『ああ、なんと愛らしいことか! クリッとした丸い瞳、ふっくらとした頬、癖がありながらも艶やかな髪、未だ発展途上の肢体……どこまでも素晴らしい! 幼女、愛でずにはいられない! 年増の金髪ババアや頭狂った感じの小僧が邪魔してくるが、そんなもの跳ね除けてみせよう。そして思う存分愛でてやろう! 不安に涙する幼女がいるならば、紳士はいつでも現れる! 我が道に敵は無し! あるのは救いを求めし幼女のみぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!』
「……うわーお」
エージは獰猛さの権化ともとれるカイザーウルフの「心の声」を聞き、何とも言えない表情になった。
そのまま見ていると、ステータスが現れた。カイザーウルフのものだ。
エージはゆっくりと下へ下へと目を動かす。
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種族 カイザーウルフ
性別 ♂
体力 54900
攻撃力 3200
防御力 620
魔力 300
知力 280
精神 1400
敏捷性 4900
称号
【幼女の守り手】
《紳士の心得》
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「……うわーお」
変態だ、とエージは心の中で呟いた。
「ガゥ! グルゥアアアアア!!」
『否! 断じて否だ!!』
「うひぃっ!? すみません、すみません!」
『うひぃっ!? すみません、すみません!』
「ガルル! グウゥア! ……グルゥ?」
『私は変態ではない! 幼き命を守る、誇り高き紳士である! ……む?』
「へ?」
『へ?』
少年と狼が揃って首を捻った瞬間だった。
『……小僧、先ほど私のことを変態と罵りはしなかったか?』
「えっ!? い、いえいえ、まさかそんなことは……」
『……なるほど。貴様、私の言葉を解するというのか』
「? あっ、そうか!」
ふと口の端を吊り上げたカイザーウルフに思考を停止したエージだが、スキル《念話》のことに思い至った。
『あの〜、聞こえてます?』
『聞こえておるぞ、小僧。これはまた奇怪な者に出逢ったなぁ』
側から見れば不敵に嗤う巨狼と相対して怯える少年だ。
しかし、両者の間では次々と思念の会話が続けられていた。
『話が通じるのなら早い。私は貴様らと敵対するつもりは微塵も無いのだ』
『そ、そうなんですか?』
『私は理性無き獣とは違うのでな。目的はただ一つ、そこな幼女を愛でることのみよ』
『よ、幼女って……あの姫様?』
『それ以外に何がいるというのだ。小僧には分からぬか? あの娘の放つ神々しきまでのオーラが』
『お、オーラ……?』
エージは視線を切って、シンクを見つめる。
アンジェリカの元にいる幼女は、目の端に涙を溜めながらも一生懸命に何事かを呟いている。
未だ幼き身ながらに一心不乱に何かに打ち込む。
その様はエージの心に一つの「欲」を生み出した。
それは、庇護欲。
『……分かったよ、君の言っていることが。あそこまで守ってあげたいと思える存在はいない』
『ほう。小僧、貴様は見所のある奴だ。可愛いというだけでなくそう思える点に、潜在的な紳士性を窺わせる』
『そうか、これが紳士……これが一つの世界の真理なんだ』
『! ククク、面白い小僧よ。僅かこれだけの時間でそこまでの境地に至れるとはな!』
少年と狼、いや、二人の紳士が微笑みあう。それはそれは優しい笑みであった。
ジェントルマンなスマイルで、紳士は守るべき者へと振り返る。
大宇宙の神秘を幼女に見出した変態二人は、そこで目にする。
「クスノキ! すぐに魔物から離れるんだ!」
大きな声で指示を出すババ……アンジェリカと。
「ーー宿せ、炎精の焔!」
声変わりしていない子ども特有のハイトーンで言の葉を紡ぐシンクと。
フィィィィィン……。
彼女の背後に構築されていく幾重にも重なった幾何学模様……すなわち、魔法陣を。
作者は思う。
コメディーにとって重要なのは、勢いと吹っ切れ具合、そしてテンポであると。
勢いがあればちょっとした無理も道理……もとい笑いの下に沈められる。
吹っ切れ具合の如何によって読者の腹筋を痛めつける度合いが変わってくる。
テンポの早さによって飽きを感じさせずに笑いの渦へと巻き込むことができる。
この三者が絶妙にマッチした時、コメディーというものは完成されるのであり、どれか一つでも欠けていると
Q.何が言いたいの?
A.話の流れ悪くてごめんなさい!!!
次回の更新は11月1日の18時です。