第五話 深き森の中でアホな少年は己の力を知る
シンク・F・ローゼニアは、ノアに存在する人間国家の一つ「ローゼニア王国」の第二王女である。
少し癖のある真っ赤な髪が特徴的な少……幼女だ。
生まれた時から蝶よ花よと愛でられて育ったシンクは、実際にはそんな形容では足りないほどに愛らしい存在だった。
そのことを示す一つの例を挙げよう。
ローゼニア王国には堅物な宰相がいた。融通が全く効かず、厳格な老人だった彼は、影では「鋼鉄宰相」と呼ばれていた。
更に情け容赦の無い性格から、国王からさえも「冷鉄宰相」などと渾名される始末であった。
そんな彼の評価は、シンク・F・ローゼニアの誕生によって大きく変わった。
シンクがこの世に生を受けてから数ヶ月経ったある日、王国に仕えるメイドは見てしまった。
……つかまり立ちするシンクをハラハラした様子で見守る「鋼鉄宰相」の姿を。
メイドから発された噂は瞬く間に王国全土に広がった。何故そこまで広がったのかは知らないが、奥様方の噂ネットワークの強さが原因なのだろう。
ともあれ、「冷鉄宰相」がオタオタしながらシンクを見ている様子はそれだけ衝撃的だったのだ。
その後も宰相がシンクのあんよ成功に涙を浮かべる場面が目撃されるなど、彼の印象はどんどん変わっていった。
シンクが七歳となった今、その宰相はこう呼ばれている。
「ツンデレじじい」と。
その名が定着したのはちょっと解せないが、ここで大事なのは宰相のことではない。
鉄とまで言われた宰相さえも絆されるシンクの愛らしさが、何よりも重要なのである。
その他にも、凶悪な犯罪者がシンクを見た途端に改心して世界平和を説き始めたり、普段は歩こうともしない駄馬がシンクの前でだけサラブレッド気取ったり……彼女の魅力が人間の範囲を逸脱するほどのものだと分かる出来事は数多い。
シンク姫まじ天使。
彼女を知る者全てがそう言った。
……と、ここまでならばただの可愛い女の子で済んだのだが、シンクはそれだけに留まるような器ではなかった。
彼女は、誰もが目を見張るほどの魔力量を誇っていた。どうやら神様も心を打ち抜かれてしまったようだ。
恵まれたお姫様であるシンク。
そんな彼女は、今、暗い暗い森の中にいた……。
「もうやだよぉ……帰りたいよぉ……」
泣きながらとぼとぼと歩く幼女なシンクは、自分が進んでいる方向も分からない。太陽や星がまともに見えないから方角の見当をつけることも難しいし、何よりも彼女は幼いためにそんな方策を思いつけはしない。
「! な、何の音……?」
不意にガサガサと音が鳴った。森の木々がざわめく音だったが、孤独に怯えるシンクには酷く恐ろしいものに思えた。
「アンジェ、どこぉ? もう、勝手に動いたりしないからぁ……」
幼美姫は後悔する。
森に迷い込む前は、数人の騎士と一緒に国の近くのお花畑で散歩をしていたのだ。
腕利きの騎士たちに守られていたことと自身の能力のおかげで、害をなそうとする者はいなかった。まあ、そもそもシンクに手を出せる者がいるかは不明だが。
ともあれ、平和な時間だったはずなのだ。
この場合はその平和が仇となったのかもしれない。
花畑には数匹の蝶がいた。どれも綺麗な蝶で、優雅にヒラヒラと舞っていた。
その内の一匹にシンクは心惹かれた。フワリと漂うように飛ぶ蝶の後を追うシンクは、気づかなかった。
お付きの騎士に「入ってはならない」と言われていた森に踏み込んでいたことに。
実はその騎士たちも惚けていて気づかなかったのだが、シンクが知る由もない。
自分がしっかりと言いつけを守っていれば。
涙を流しながら、シンクは強く反省した。
もしもここに誰かがいたとすれば、迷い無く手を差し伸べただろう。べそをかくシンクの姿は庇護欲をそそるに余りある。
だがしかし、それが魔物にまで通じるとは限らなかった。
ガサガサ。
「ま、また……? やめてよぉ……」
ざわめきにビクッとしたシンクは、何もいないことに安堵した。
よかった、魔物じゃなかった……。
お分かりの通り、フラグだ。
「ガアゥ!!!」
「きゃあっ!?」
突然飛び出してきた何かに驚いて尻餅をつく。幸運にも、頭上を通過していく謎の襲撃者。もしも呆然と突っ立っていたら……シンクの命はそこで途絶えていただろう。
「グルルルル……!」
攻撃を避けられたことに憤慨したらしき襲撃者が、苛立たしげにシンクを睨んだ。
その襲撃者は、巨大な狼だった。黒々とした毛を纏う巨狼は、これまた大きな口から鋭い牙を覗かせる。
「カイザーウルフ」
広大なイメンサス大森林において、獰猛さでは一、二位を争う魔物である。
凶暴さを体現したようなカイザーウルフに相対したシンクは、とって当然の行動を示す。
「い、いやああああああああああ!」
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「……妙に魔物が少ないな」
「そうなんですか? さっき僕が来た時もこんなんでしたけど」
「ふむ、何か異変が起きていると考えるべきか……そうなると姫様のことが心配だな」
エージとアンジェリカは小声で会話しつつ周囲を捜索する。辺りに人影は見当たらず、それどころか生き物すら見当たらない。
首を傾げるアンジェリカだが、ここは魔物の跋扈する魔境だ。何が起きてもおかしくないと割り切ったように、少しだけペースを上げる。
「『エコーサーチ』」
部下の騎士の一人が小さく指を鳴らすと、極小の音が反響した。しばらくして、その騎士が首を横に振る。
「いませんでした」
「そうか。目視での確認もできなかった、移動しよう」
「はい」
そのやりとりはエージにとって不可解でしかなかった。指パッチンで何が分かるというのか。
分からなければ聞く、を実践する。
「アンジェリカさん、今のって何をしたんですか?」
「ん? 魔法を知らないのか」
「地球……異世界にはありませんでしたから」
「なるほどな。今は状況が状況だから、掻い摘んで簡単に説明してやる」
そこでアンジェリカが話したのは、こんなことだった。
異世界ノアには「魔力」と呼ばれる不思議な力がある。魔力は大気中や生物の体内に存在する「魔素」が生み出すもので、それを用いて「魔法」という現象を起こす。
「たった今使った『エコーサーチ』の魔法は、指定した音を増幅して反響により周囲を調べることができるんだ」
「な、なるほど……」
ロキに魂魄調整の説明を受けた時と同じ反応をしているエージは、曖昧にしか理解が及んでいない。
一応、魔法という概念があるというのはハッキリと理解している。それ以上は殆どちんぷんかんぷんだ。
「他にも『アビリティ』や【称号】、《スキル》といったものがあるんだが……ステータスオープンと言ってみろ。自分がどんな能力を持っているか分かるはずだ」
それだけ言うと、アンジェリカは周囲の捜索に専念し出した。
ロキに貰ったマニュアルには書いてないことを教えてもらったエージは、早速こっそりと試してみる。
「えっと、ステータスオープン」
声に応じて、エージの眼前に半透明のスクリーンが浮かび上がった。
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名前 楠エージ
種族 人間
年齢 16
性別 ♂
体力 3400
攻撃力 300
防御力 270
魔力 2000
知力 年齢に見合わない
精神 6(歳児くらい)
敏捷性 590
アビリティ
なし
称号
【スキルマスター】
《スキルマスタリー》
【悪戯神のお気に入り】
《冗談だってば》
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「……うん、反応し辛い」
当然と言えば当然。周りの人がどんなステータスなのかを知らないエージには、自分の能力がどのようなものかを判断することは難しい。
ただ、それでも分かることはある。
「知力と精神の表記おかしくない!? 年齢に見合わないとか、六歳児とか、どういうことなの!?」
流石に突っ込まずにはいられなかったようだ。他の項目と比べても異質なのが丸分かりである。
「性別は♂だし。僕が獣か何かだって言いたいのかな?」
実際学校の先生から「野生の獣」と称されたので、間違ってはいない。
「ん? この称号って……」
エージが目をつけるのとほぼ同時に。
『い、いやああああああああああ!』
甲高い悲鳴が響いた。
「この声は、姫様!? あっちからか!」
アンジェリカが一早く反応し駆け出す。騎士たちも合わせて走り出し、ステータスを見ていたエージは遅れて追いかけて行く。
「姫様っ!!」
木々の合間を走り抜けた先にアンジェリカが見たのは、巨躯の狼カイザーウルフに睨まれてへたりこむ姫様……シンクの姿だった。
「あ、アンジェ!」
「怪我はありませんか? ご無事ならば、手をお貸しください。私一人でこいつを倒せるとは……」
自らを守る騎士の登場に目を輝かせるシンクだったが、切羽詰まった様子のアンジェリカを見て事態が好転していないことを察する。
そんな中。
「おわっ、デカイ!?」
エージは暢気なことにカイザーウルフの大きさに驚いていた。
「ガアゥッ!!」
「護れ、『エアウォール』!」
そんなアホ一人はそっちのけで戦闘が始まる。飛びかかるカイザーウルフに対し、アンジェリカは空気を圧縮して盾を生み出す魔法で応戦する。
しかし、カイザーウルフの巨体を止めるには弱かった。空気の壁は崩されてしまう。
それでも勢いを弱めることはできたようで、アンジェリカはシンクの手を引いて突進を躱す。
「疾いな……! 『バインドロープ』!」
アンジェリカが地面に手をつくと、周囲の木に絡んでいた蔦がカイザーウルフへと伸びて四肢を締めつける。
「グゥ?」
それを気にした風もなく引きちぎるカイザーウルフに、アンジェリカは冷や汗を流す。
「守りがダメなら、攻める他ないか。こいつから逃げるのは……容易ではないだろうしな!」
事前に部下から借り受けていた剣を引き抜き、カイザーウルフに肉薄する。
懐に入ってきたアンジェリカに鋭い爪を振り下ろすカイザーウルフだったが、空を切るだけに終わる。
止まらずに走り抜けていたアンジェリカは、振り向きざまに剣を一閃。
「くそっ、浅いか!」
ダメージにはならなかったようだ。剣先は強靭な後脚を襲うも、危機を察知したカイザーウルフがギリギリで避けたのだ。
そこで巨狼は大きく雰囲気を変える。それはそう……まるで、油断を捨てたかのようなオーラを見せ始めたのだ。
ジリジリと緊張が高まっていき、女騎士と魔獣の両者が再度激突する。
「グワアアアア!!!」
「はあああああ!!!」
その攻防を間近で見ていたエージは焦っていた。
「こ、このままだとやばいんじゃ……そうだ、さっきの!」
徐にステータスを開くエージ。現れた半透明のスクリーンに映し出された【スキルマスター】の称号に注目する。
「多分、響き的にこれがロキの言ってたチートのはず……!」
今までに読んできたファンタジー系のラノベではよくある「万能系能力」っぽい名前である。
己の勘に従ってその称号と、付随する《スキルマスタリー》というスキルを注視するエージ。
「……な、何も書いてないの!? どんな能力か分からないんじゃ使いようが……!」
説明欄などが無いことに不満を漏らした瞬間だった。
《スキルマスタリー》の文字が小さく光り、
スキル。
スキルスキル。
スキルスキルスキル。
スキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキルスキル。
「……おえっ」
吐き気を催すほどのスキルの羅列が目の前に広がった。
剣と爪牙がぶつかり合う音を聞きながら、圧倒的な文字の波の中に点滅する部分を見つけた。
「これは……《鑑定眼》?」
エージが見つけたのは《鑑定眼》というスキルだった。ジッと目を凝らすと、頭の中に情報が浮かぶ。
《鑑定眼》……識りたいという意識を向けて視たモノの情報を得るスキル。主に【鑑定士】や【探求者】などが覚える。
「! 最初の字が読めないけど、もしかして……」
素早く視線を【スキルマスター】に向ける。目を凝らすと、またしても頭の中に入り込んでくる情報。
【スキルマスター】……世界に存在する様々なスキルを持ちし者。
「ビンゴ! これならアンジェリカさんたちを助けられる!」
エージは相当なチートに拳を握った。
「やいデカ狼! 僕が相手になってやる!」
テンポの悪い切り方で申し訳ないです……
やっと主人公の能力を明かせました。これがどのくらいチートなのかというのは次回に回すとして……あれ? なんか忘れてる?
次回は27日の18時に更新します。




