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第二話 強き女騎士はたんこぶの少年に助けられる

 風が吹き抜けた。


 気がつけば、エージはどことも知れぬ平原に突っ立っていた。


「転生した……のかな?」


 身の回りを確認したエージは、いつの間にか腰に下げられていた布袋を見つけた。


「これがロキの言ってたやつか」


 ゴソゴソと布袋の中に手を突っ込む。見た目は両手に乗る程度のサイズだが、容量は相当なようだ。肘の近くまで入ったところで、エージは目当ての物を取り出す。


 それは一冊の本だった。表紙には「役に立つ異世界マニュアル」と書いてある。


 パラパラとページを捲っていく。主な内容は、異世界についての情報だ。


「この世界の名前は『ノア』って言うんだ。妙に格好良いなぁ……」


 変な所に感心しつつ適当に目を走らせる。


『この世界は“ノア”。魔法や魔物が存在する世界で、他にもエルフや魔族など、様々な種族が暮らしている』


「エルフ、魔族……ファンタジーだ!」


 まるでゲームのような世界だと、エージは興奮しながら更にページを捲る。


 しかし。


『これ以上の情報は現地人とかに聞いてね♪』


 そこに書いてあったのは、それだけの文言だった。


「えっ……えっ?」


 思わず言い直してしまうくらいには衝撃的だったらしい。今までに読んだページを見直して、再度件のいい加減さに直面する。


「……えええ!? これだけ!? ほ、他にノアについての説明とか……」


 勢いよく次に進んだエージであるが、彼が目にしたのは……




『あれ、もしかして他の情報が無いか期待しちゃった? 残念、ボクだよっ!』




「本っ当に残念だよぉぉぉぉ!!!


 ……満面の笑みでVサインを掲げる悪戯の神、ロキの写真だった。ご丁寧に直筆で煽ってきているあたり、神の名に恥じないと言えるだろう。


 膝をついて崩れ落ちたエージだが、何とか前を向く。自分の死を割りと簡単に流したように、彼はポジティブだったのだ。ただ単に馬鹿なだけかもしれないが。


「くそぅ、これじゃあ何も分かってないのと一緒じゃないか……」


 文句を言いながらもページを繰る指を止めない。


 一ページ、また一ページと捲るたびに、多彩なポージングで笑顔を振り撒くロキが増えていく。


「これ写真集なのかなぁ……っと、これは…?」


 永遠に続くかと思われたロキの写真攻撃が遂に終わりを迎えた時、エージの目に止まったのは一枚の地図だった。地図には親切にも「現在地」と書かれた点と「一番近い街」が示されている。


「ここ……平原のど真ん中なんだ。それで、街は……あれ?」


 首を捻るエージ。


「……どこにあるんだろう?」


 現れた疑問符は、彼の頭の中で踊り始める。


 キョロキョロと周囲を見回すが、どこにも街らしきものは見つからない。それどころか、少し離れたところに森が広がっている以外には、何の障害物もありはしない。


「どういうこと……ん?」


 もう一度地図に目を向けたエージは、あることに気づく。具体的には、現在地から近くの街を結ぶ直線上に色の濃さが変わる部分があるということに。


「分かった! この薄緑の部分が平原で、濃い緑の部分が森を指してるんだ。だから……うん、あの森を真っ直ぐ突き抜ければいいんだね」


 地図と実際の森の位置を見比べて、大体の見当をつける。これからの期待に浮ついた足取りは軽く、今にもスキップを始めそうなほどだ。


「ふんふふーん。楽しみだなぁ」


 鼻歌混じりに進むエージは、まだ知らない。


 自身に与えられた能力が、どのようなものであるのかを。


 そして、ロキに授けられたもの(・・)が、これから先どう影響してくるのかを……。






 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜






 深い森の中にガシャガシャという音が伝播する。木の根元で木の実を食べていたリスのような生物が、その音に怯えて逃げ去っていく。


 ガシャガシャ。


 金属同士がぶつかり合って鳴る音の発生源は、森を歩く数人の騎士たちが着ている鎧だった。


「クッ、一体どこにいるというんだ……!」


 先頭を歩く騎士が、焦りの感じられる声で呟いた。額を流れる汗も拭わずに、頻りに視線を動かして何かを探している。


 その騎士の名はアンジェリカ・ロックソード。


 異世界ノアにおける人間国家の一つである「ローゼニア王国」の第四騎士団長だ。


 女性でありながらにしてそこまでの地位を掴み取った彼女だが、しかし現在は焦燥に駆られて冷静さを欠いている。第四騎士団の部下たちもその雰囲気に飲まれてしまっていた。


 これは仕方のないことであると、ローゼニア王国の人々ならば……いや、ノアの人々ならば、思うだろう。


 何故ならば……彼女たちが足を踏み入れている森は、ノアでも悪名高い「イメンサス大森林」なのだから。


 パキリ、と枯れ枝を踏み折る音がした。それが騎士たちの鳴らしたものではないと悟るや否や、アンジェリカは即座に抜剣して戦闘態勢に移った。数瞬遅れて、部下たちも同様の構えを取る。


 ピリピリとした空気が周囲を占めた。木のざわめきを残して、一切の雑音が消え去る。


 ガササッ!


 互いに背を預け合うようにして立っていたアンジェリカたちを囲うように、辺りの草むらから何匹もの猿のような魔物が姿を現した。


「チッ! “クルーモンキー”の群れか……全員、決して離れるなよ!」


 自分たちの三倍はいるだろうクルーモンキーの群れに対しても、アンジェリカは怯むことなく指示を飛ばす。


「キキーーーッ!!」


 その場を動こうとしない騎士たちを焦れったく思ったのか、一体のクルーモンキーがアンジェリカに飛びかかった。普通の猿ではあり得ないほどに鋭い爪が、彼女の青い瞳に映る。


「猿風情が……舐めるなよ!」


 アンジェリカが剣を斬り上げるように振るう。すると、宙に浮いていたクルーモンキーの胴体が真っ二つになって地に落ちた。


 そのまま、彼女はクルーモンキーの群れに手招きする。


「……どうした、かかってこい」


 その挑発の数分後。


 騎士たちの周りには、幾つもの死骸の山ができあがっていた。


 アンジェリカは乱れてしまった金の長髪を軽く整えると、再度舌打ちする。


「この場所はもう使えないな……移動するぞ」


 ここにはクルーモンキーの血の匂いが充満している。それが意味するのは、他の魔物を呼び寄せる可能性が高くなったということだった。


 素早く行動し始めた騎士たち。


 またしても、アンジェリカは舌打ちする。今度の対象は別のものだ。


「姫様、どうかご無事で……」


 アンジェリカの脳裏には、一人の少女の姿が浮かび上がっていた。


 癖のある赤い髪が特徴的な、彼女たちが仕えるべき存在。未だ幼く、自らの好奇心には勝てない、そんな少女。


 湧き上がる不安を押し殺しながら進むアンジェリカたちの元に、遂にイメンサス大森林は牙を向けた。


 ズシン、ズシン、ズシン……。


 巨大な何かが大地を踏みしめる音。アンジェリカたちは足元に激しい揺れを感じ、反射的に臨戦態勢に移行する。


 その判断は正しかった。


 もしも、後一瞬でも反応が遅れていたとしたら。


「……! 上から来るぞッ!!!」


 自分たちを覆った影が何であるのかを理解し、避けることはできなかっただろうから。


 ドォォォォォォン……!


 間一髪で影から脱することはできたものの、衝撃によって数メートル吹き飛ばされてしまう騎士たち。アンジェリカはギリギリで踏みとどまりながら、巨影の正体を見て歯噛みする。


「イメンサスオーガ……なんて運が悪い」


 立ち上がった鬼は、獲物を見つけた喜びで大きくその口を裂いた。


 直後、アンジェリカは行動を開始する。


「切り裂け! 『エアロカッター』!!」


 突き出した左手に魔力が凝縮し、そこから鋭い風の刃が発射される。


 イメンサスオーガはその脅威を感じ取ったのか、身を低くして風の刃を躱した。巨体に見合わぬ素早い動きのおかげで、頸部を狙う風のギロチンはそのまま上空へと消えていった。


「ウゴオオオオオオオオオオ!!」


 獲物に反抗されたことに怒ったのか、イメンサスオーガが咆哮した。ビリビリと響く大音声に顔を顰める騎士たちだが、その隙が仇となる。


「ガアアアアアアッ!!」


 驚異的な速度で振るわれた剛腕が騎士たちを襲った。直前で後方に飛び退いたために直撃こそしなかったが、風圧で飛ばされた彼らは木々に体を打ち据えてしまう。


 彼らの様子を見たアンジェリカは、すぐさま動くことは不可能だと判断した。


 つまり……なんとかして一人でイメンサスオーガの攻撃を凌がねばならないと判断したのだ。




 ここで、先ほどのクルーモンキーについて簡単な説明をしよう。


 クルーモンキーはイメンサス大森林に生息する猿型の魔物だ。特徴は知能が比較的高いことと、必ず群れで行動すること。


 個々のクルーモンキーの力は弱い。一般人が敵う相手ではないものの、アンジェリカなどからすればそれほど苦になる敵ではない。


 そんなクルーモンキーの強みは、群れで行動することと直結する。即ち、数による暴力だ。


 先ほどのアンジェリカたちの対応が、クルーモンキーに対する最善に近い策だったのである。


 攻撃される方向を絞ることによって、多対一の状況を作らせない。


 これは鉄則とも言えるものであった。


 しかしながら、このイメンサス大森林には鉄則を守らないものもいる。


 というよりも、守る必要が無いのだ。


 そんな存在の一つが、アンジェリカの対峙するイメンサスオーガである。


 その理由は、今アンジェリカが息を切らしてイメンサスオーガを睨みつけている理由と、全く一緒であった。




 ヒュッ、キンッ!!


 甲高い音ともに、アンジェリカの振るった剣が弾かれた。


「ッ! 何度も思ったことだが、本当に硬いな……!」


 繰り出される蹴りを寸前で躱しつつ、悪態をつく。


 イメンサスオーガが鉄則を守らない理由。そしてアンジェリカが攻めあぐねている理由。


 それが、イメンサスオーガの皮膚の尋常ではない硬さにある。


 先の攻防で分かるように、イメンサスオーガの皮膚には並大抵の攻撃が通用しないのだ。剣技には自信のあるアンジェリカの斬撃も、悉くが跳ね返されている。


「このままじゃジリ貧だな……やはり、使うしかないか」


 苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てたアンジェリカは、己の持つ《スキル》を使うことを決めた。


 ただ、その際に一瞬の隙が生じた。それは自身の《スキル》を好まない彼女の心が生んだ、ほんの少しの躊躇いだった。


 それをイメンサスオーガは逃がさない。


「ゴオアッ!!」


「なっ、ぐうううっ!?」


 アンジェリカが《スキル》の発動を躊躇した隙に、イメンサスオーガの強大な拳が振り抜かれた。


 咄嗟に反応したアンジェリカだったが……


 パキィン……!!


 盾代わりに使った剣を折られてしまった。白銀の剣の切っ先が地面に突き刺さる。


 更に悪いことに、今の一撃はアンジェリカにも少なくないダメージを与えていた。


「痛っ!? 腕をやられたか……!」


 外からでは分からないが、手甲に覆われた彼女の左腕は骨折している。剣をへし折るほどの衝撃を受けてそれで済んだのだから、幸運ではあっただろう。


 それが、今の状況でなければ。


「グルオオオオオオオオ!!!」


 相手が手負いだと察したイメンサスオーガは、容赦無く攻撃を加える。


 必死で回避を続けるアンジェリカだったが、猛攻の末に追い詰められてしまう。これが平原であれば、話は違ったのだろうけれども。


「グオアアアアッ!!!」


 それは歓喜によるものだったのだろうか。


 イメンサスオーガが雄叫びとともに拳を振り上げるのを見て、アンジェリカは自らの非力を呪った。私情から判断を誤ったことを悔いた。


「すみません、姫様っ……!」


 最後に、心の底からの謝罪を口にした時だった。






「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」






 そんな絶叫が聞こえて。




 ゴチィンッ!!!!!!!




 冗談のような音を響かせて、イメンサスオーガが崩れ落ちた。


「…………………………は?」


 呆然とするしかないアンジェリカの目の前にあるのは、倒れ伏すイメンサスオーガの巨体と。


 頭に非現実的な大きさのたんこぶを作った、一人の少年の姿だった。




一つ、アンジェリカは普段ならイメンサスオーガには負けません。何やら事情があって心が乱れていたのが仇となっています。

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