第十七話 寡黙な男も魅了の力には抗えない
「ほほへほへぇ……」
「それは感心してるのかい……?」
アホみたいに、いや、実際にアホ丸出しで口をポカンと開けたエージ。ほへほへという謎言語にジャクソンが疑問を呈すが、相手にされもしなかった。
エージたちは今、クィッセン帝国の中心地である帝都の入り口に来ていた。彼がほへほへしてるのは、その外観に圧倒されているからだ。
外観、とは言っても入り口の門に驚いているわけではない。エージの視線はさらにその先、門から覗く帝都の街並みに向けられていた。
「ほへへほへほへっほほー!」
「それで通すの!?」
「うっさいわよジャクソン」
「俺っ!?」
「……黙れジャクソン」
「テオドリッヒさんにまで怒られる始末!」
「ジャクソンさん、しーっですよ」
「ニーナちゃんに至っては最早子どもの躾レベル……!」
「まあまあ、そう落ち込まないで。僕はそれほど気にしてないから」
「少しは気にして……いや、お前のせいでこうなってるんだよおおおお!」
「あの、本当に静かにしてもらえませんかね」
「あ、すいませんでした……」
散々に弄られたジャクソン。遂にはクークの商業ギルドカードを確認していた門兵に注意されてしまった。哀れな男である。
項垂れるジャクソンを華麗にスルーして、それにしても、とエージは再度帝都を見る。
「これはすごいや……!」
偶然と言うべきか、ドラゴンを打ち倒してしまったエージたち。さっぱり事態を把握できてないアホはさて置いて、一行はドラゴンが目覚めない内に先に進むことにしたのだった。
何とか脅威を逃れた商隊を迎えたのは平穏な時間だった。魔物も盗賊も出てこない旅路の中で、復活したジャクソンは自分の称号とスキルについて説明したのだが。
「へー、嫌なスキルだね。困ったことがあったら何でも言ってね。僕たちが力になるから!」
最近の面倒事の主因たるエージに満面の笑みでそう言われ、ジャクソンは表情筋を引き攣らせることになった。唯一ニーナだけは同情的だったが、クーリンとテオドリッヒは「ふーん」程度の反応しか見せず彼の心に深い傷を負わせていた。
そんなこんなで辿り着いたクィッセン帝国の帝都。
エージがほへっていた理由は。
「さあ、許可が下りました。そろでは参りましょう!」
ポヨンとお腹を揺らすクークに従って帝都に入ることで、もっと明確なものとなる。
目に映るのは、まるで地球の都会にあるような高層建築物。その合間を縫って走るのは馬のいない馬車。見れば空中には水路が巡らされており、様々な建物に水を運んでいた。
それは魔法と魔導具という技術によって形成された、ある種近未来的な風景だった。
「ほへほほほへほへぇ……」
「まだ続いてたの!?」
……それだけ驚きの光景だったということである。
「それでは皆様、護衛のお仕事ご苦労様でした。こちらが報酬の金貨七枚……にちょっとした色をつけて金貨十枚です!」
ポンポンポン、とエージたちの手に乗せられていく結構な大金。常識的な考えを持つジャクソンとニーナは目を丸くしていたが、残りの三人は特に感慨も無い様子だ。
「あの、クークさん。これはどうして……」
「ここまでの道程が面白かったから、ですかな」
おずおずと尋ねるニーナが言い切る前にクークは理由を述べる。
「旅の途中、あなた方が起こす寸劇のような会話には何度も笑わされました。退屈を吹き飛ばしてくれたお礼だと思ってください」
ドラゴンに襲われたというのも、商談で使えそうな話のネタですしな!
そう冗談めかして笑うクーク。割と笑いごとではないのだが、それを商売に繋げていこうとするその強かさに、ジャクソンとニーナは苦笑しながら報酬を受け取ることにしたのだった。
「では、またいつかお会いしましょう」
言い残して「クーク魔石店」と書かれた看板をデカデカと掲げる店に消えていったクーク。ローゼニアの王都にも店舗を構えていることを考えると、彼は相当な大手の経営主なのかもしれない。
魔石店の前に佇むエージたち五人。
「さてと、これからどうしようか……って、忘れてた!」
ここに来てようやくエージは自分が今いる場所を認識し、同時にローゼニアの門兵ジョージに言われたことを思い出す。
『礼がしたいとも言ってたし、後で王城に出向いてみるのもいいかもな』
礼を言われるほどじゃない、などと格好つけてはみたものの、エージは異世界人。頼れる者も少ない現状、少しでも自分の益になることを逃せはしない。
「人の好意を無下にするのは紳士的じゃないしね!」
と、それっぽい言い訳も思いついたところで追加で気づく。
「そうだ、宿代が無駄になってる!」
本来は歯ブラシを探しに出かけたはずのエージは、興味に流されるままにクィッセンまで来てしまった。まだ一日しか泊まってない宿に一週間分のお金を払っているのだ、全く以って何も堪能できていない。
それでも。
「まあ、そっちはいいや」
流してしまうのがエージである。
とにかく、エージにはやるべきことができた。一先ずの目標は、ローゼニア王国に帰ること。
「でも、どうやって帰ろう?」
エージは帰り道を覚えていない。そもそもが馬車で片道十日もかかる道のりなのだから、徒歩という選択肢は取れないだろう。
「あら、エージは王国に戻る気なの? ならアタシと一緒に行きましょう。こっちで護衛依頼を捕まえればタダで帰れるわよ」
「え、本当に? それなら、よろしくお願いするよ」
悩むエージに助け舟を出したのはクーリンだった。彼女はこの依頼を受ける時からローゼニアまで別の商隊について帰るつもりだったのだ。
「あ、あの、わたしもご一緒していいですか?」
「……」
「うん、問題無いよ。寧ろ大歓迎だ!」
ニーナは躊躇いがちに、テオドリッヒは何も言わずに一歩近づいて。二人ともがエージたちの計画に乗る意思を示す。もちろん、断る理由などありはしない。
「皆帰るのか。じゃあ俺も……」
「さ、そうと決まればギルドに行くわよ。ピッタリの依頼を取られる前に!」
「「おー!」」
「あれ、ねえ、俺は!?」
「……あ、ジャクソンさんもご一緒しますか?」
「待ってクーリンさん! あなた、敬語使うほどお淑やかなキャラじゃブベラッ!!」
「誰がチビで女らしくない貧乳娘よ!」
「一つも合ってない!?」
割と自業自得でクーリンに蹴られたジャクソンだったが、理由は完全な言いがかりであった。
「……とにかく、俺も行くってことでお願いするよ」
「最初から素直にそう言えばいいのよ」
「言わせなかったのは誰だよおおおお!!」
依頼を終えても平常運転。ジャクソンはどこまでも弄られツッコミ役がハマる男だった。
行く間にも数度のジャクソン弄りを交えながら、エージたちは帝都の大ギルド支部にやって来た。
「……すぐに、っていう依頼は無いわね。少なくとも数日はこっちに滞在することになるかも」
傭兵ギルド掲示板の依頼書を確認していたクーリンがそう告げる。
「丁度いいんじゃないかな。依頼明けに休み無くじゃ疲れが溜まるだけだし、ちょっと休息を摂るのも大事だからね」
「そうですね。わたしも帝都に来たのは初めてですから、色々と観て回りたいです」
「あ、僕も観光したい! あの水路って泳げるのかな?」
「アホねエージ。そこに水があるなら泳がなきゃ失礼というものよ」
「ダメですよ。あれは多分、帝都の皆さんが飲むお水だったりするんですから」
「あ、そっか。じゃあ仕方ないね」
「何だろう、この反応の仕方に釈然としない俺がいるよ」
ニーナに窘められて一つ常識を学んだエージとクーリン。納得いかない顔をしているジャクソンだが、誰も相手にはしてくれない。
「観光するにしても、先ずは宿ね」
尤もな案に全員が頷く。近場にあった少し高めの宿にチェックインし、各々が一つずつの部屋をとる。先ほどの報酬があるからこその贅沢だ。
「ふぃ〜、結構疲れてたんだなぁ」
ベッドに腰を下ろしたエージは、そこでやっと旅の疲れが出たのかそのままゴロンと横になった。ただし、観光気分で浮かれているために眠りはしない。
そんな時。
コンコン。
「ん? どうぞ〜」
気の抜けたエージが気の抜けた返事をして来客を招き入れる。誰とも知れない相手に不用心極まるところだが、そこは杞憂だ。
「……失礼する」
「あ、テオさんだったんだ。どうしたの?」
何故なら、来客はテオドリッヒだったからだ。
「……実は、エージに頼みがあってな」
「ん〜、なになに〜?」
真剣な面持ちのテオドリッヒに、エージはのんびりと応じる。ただ空気が読めていないだけだというのは言うに及ばないだろう。
そんなエージにとって、テオドリッヒがとった行動……ジャポニカスタイルの土下座はあまりにも不意打ちだった。
「ちょっ、本当にどうしたのテオさん?」
「エージよ!」
クワッと見開かれたテオドリッヒの、いっそ血走った目に流石のエージも引き気味になる。
だが、次に彼の鼓膜を叩いたのは、全く予想もしなかった言葉だった。
「エージの猫を、俺にも触らせて欲しいっ!」
十数分経った後。
「む。こう、か……?」
「そうじゃないよ。相手がどこを撫でて欲しいかを見極めるのが大事なんだ。よく猫を見て、そして自分の撫でる手で感じて……」
「……分かったぞ、ここだな!」
「なー……」
「おお、一発で見つけられるなんてすごいよ! テオさんは才能があるね!」
「……君たちは一体、何をしてるんだい?」
準備を終えてエージを呼びに来たジャクソンが見たのは、ぬこ様の前で悪戦苦闘するテオドリッヒと、対面で撫術の指導をする師範エージの姿だった。
更新が遅れてしまい申し訳ありませんでした。
次回の更新は5日の18時です。




