第十六話 不幸な主人公は相棒よりは幸運である
ノアには様々な称号とスキルがある。
例えばローゼニア王国第四騎士団長アンジェリカ・ロックソードならば称号【戦乙女】とスキル《恥じらう乙女は何より強い》を持つ。
また、スキルはその発動の仕方によって分類が可能だ。ステータスには表示されないものの、その特性は分かりやすい。
自らの意思で使うことのできる、任意発動型。
意思とは関係無く常に発動している、常時発動型。
条件を満たすことで発動する、条件発動型。
アンジェリカの《恥じらう乙女は何より強い》は、羞恥心を感じることがキーとなる条件発動型のスキルだと言える。エージの《鑑定眼》は任意発動型、カイザーウルフの《紳士の心得》は常時発動型である。
ゲームでいうアクティブとパッシブ、そして特殊なゲージなどを溜めないと使えないスキルといった感じか。
では、ここで一つの称号とスキルを見てみよう。
【巻き込まれ主人公】……巻き込まれる運命にある者。
《厄介事誘引体質》……厄介事を引き寄せてしまう代わりに体力と防御力を飛躍的に上昇させる。
何と言うか、物語を進める上でかなり都合の良い称号とスキルだ。
こんなことを持ち主に言ったら。
「いや、ただただ面倒なだけだからこれ! さも羨ましいみたいな感じで言わないで!」
とツッコミを入れてくることだろう。
説明文を見ただけでも厄介なこのスキルの、その厄介さの根源となるのは「常時発動型」であるということ。
つまりは、時と場所を選ばずして厄介事に見舞われるということ。
景気づけに奮発して頼んだ昼食を無駄にされるように。
全く無関係な喧嘩に巻き込まれるように。
スピードの出し過ぎで制動の効かなくなった人に蹴飛ばされるように。
そして、魔物が出ないはずの開けた草原で、そこにいるはずもない竜に襲われるように。
月に二回は事件に遭遇する名探偵よりも高い頻度で、厄介事を引き寄せ、巻き込まれてしまうのだ。
何たる不幸であろうか。
面倒事に関わってしまった人が「マジかよ……」とうんざりするのと同じように。
ノアで唯一このスキルを所持してしまった主人公……冒険者のジャクソン・ステュアートは、己の不運を呪うのだった。
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「グアアアアアアアアア!!!!」
黒龍の咆哮が轟く。ビリビリと肌を打つ大気の震えを感じ、ニーナの顔が青ざめる。
「ど、どうしてこんな、ところに……?」
ニーナの疑問は尤も。異世界ノアのドラゴンは「ティリップス大霊峰」にのみ生息しており、滅多に下りてくることはないのだ。しかも人族の生活圏はティリップス大霊峰から最も離れた場所……だというのに姿を現したのは、あまりにも奇怪な話だったのだ。
彼女たちにとって悪いことに、ドラゴンは強い。それこそ、瞬きの内に十数人を無力化できるクーリンや魔法の扱いに長けたテオドリッヒが力を合わせようと、太刀打ちなどできないほどに。
人族よりも大霊峰に近い獣人の国出身であるニーナは、ドラゴンの逸話を幾つも聞いて育った。それ故、格の違いというものを心に刻まれているのだ。
だから、ニーナは怯え、震える。
だがしかし、護衛の中でそういった反応を見せたのは彼女のみだった。
「……面白いじゃない。やってやるわ!」
ダンッ!
大地を踏みしめる音。草原を穿つかのような一歩でドラゴンに接近したクーリンは、ガラ空きの懐に向けて華奢な拳を振りかぶる。
ガチィンッ!
「ッ! 流石に硬いわね……」
クーリンの拳撃は甲高い音を鳴らすだけに終わってしまう。歯噛みするクーリンに対し、ドラゴンの方は気にも留めていない様子だ。
「貫け、『ロックグレイブ』!」
テオドリッヒの詠唱に応えるようにドラゴンの周囲の大地が裂ける。円状の裂け目から勢いよく飛び出したのは鋭い石の槍だった。
息の根を絶とうと迫る岩石の猛威に、しかしドラゴンは全く気にした様子も見せずに直撃を許す。
結果、無傷。
「……ならば、暴れろ『イグニッション』!」
続けざまにもう一つの魔法を放つ。先ほどの「ロックグレイブ」と似た亀裂がドラゴンの真下に生まれるが、今度は赤い閃光が奔る。噴き出したのはマグマのようにドロリとした炎。
粘り着くような業火に包まれたドラゴン。並大抵の魔物……いや、イメンサスオーガですら、この魔法を喰らえば絶命する。
それを。
「グゥゥ……ルルァアアア!」
巨大な翼の羽ばたき一つで消し飛ばすのが、ドラゴンという生物である。
不機嫌そうにテオドリッヒを睨むドラゴン。
まるで人がハエを払うかの如く、ドラゴンは黒鱗に覆われた尻尾を薙ぎ払う。その速度が巨体に似合わず速く、初動も小さかったために反応が遅れてしまうテオドリッヒ。
「危ないっ!!」
そこに無謀にも飛び込んできたのは、ジャクソンだった。彼は自分よりも二回りは大きいテオドリッヒの手を掴むと、力任せに引っ張って尻尾の届く範囲から遠ざける。
代わりに。
バキィ!!!
「ジャクソン!?」
どこか頼り無さげな細身のジャクソンの体が、鞭のようにしなる尻尾に打ちつけられた。
だが、その場にいた人は驚愕に目を見開く。
それはドラゴンも同じ。
「くぅ……これはキツイ、な……」
何故ならば、苦痛に顔を歪めながらも、ジャクソンがドラゴンの尻尾を受け止めていたからだ。
もしも。
この場にエージがいて、ジャクソンに《鑑定眼》を用いたならば。
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名前 ジャクソン・ステュアート
種族 人間
年齢 19
性別 男性
体力 33400
攻撃力 370
防御力 15070
魔力 1200
知力 560
精神 420
敏捷性 310
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一目でアンバランスなステータス構成だと分かったであろう。
そのおかげで彼は、本気でないとはいえドラゴンの一撃を防ぎきることができたのだ。
人にあらざる絶大な体力・防御力であるが……その他のステータスはあまり高いとは言えず、つまりはドラゴンに敵うこともない。
それでも。
「来い、大蜥蜴め。俺に惹かれてきたなら俺と勝負しろ!」
ジャクソンはドラゴンに啖呵を切った。ギロリと爬虫類らしい縦長の瞳孔が彼を射抜くが、彼は少し気圧されたような表情を浮かべたのみで一歩も退かない。
それは、彼が自分のスキルに責任を感じているからのことであり……自らを囮として商隊を逃がそうという覚悟を決めたからでもあった。
「……ニーナちゃん」
「! ジャクソンさん、大丈夫ですか!?」
「心配ありがとう。ここは俺に任せて、君たちは逃げてくれ」
「えっ……そ、それじゃ、ジャクソンさんが……」
「俺は大丈夫、だと思う。コイツがあるからね」
コンコン、とジャクソンは腰に下げられた自身の武器を示す。
口の端から炎をチラつかせるドラゴンに正対したジャクソンは、その武器を抜く。
空気に晒されたのは、対峙する黒竜とは正反対な純白。絶妙に反り返った片刃のそれは、まさしく刀と呼ばれるものだった。
「神威刀『白針』……さあ、行くぞ!」
腰だめに刀を構えて体勢を低くしたジャクソンが声を張り上げる。
「ど、どうなってるの……うわっ、何か大きいのがいる!?」
と、そこで馬車の中からぬこ様を頭に乗せたエージが顔を出す。空気を読まずに一人で吃驚しているが……ここであるスキルが発動する。
圧倒的な力量差のあるドラゴンとの闘い。まずジャクソンに勝ち目は無く、どう足掻いても待つのは死のみ。クーリンたちが加勢したとしてもそれは変わらない結末だろう。
紛うことなき「シリアス」な場面。
そこにエージが干渉してしまった時点で……《冗談だってば》はもう発動していた。
「? ふ、ふぇ……」
ここは草原だったが、先ほどのドラゴンの薙ぎ払いによって緑のカーペットは捲れ、砂埃が舞っていた。
その砂埃が、エージの鼻に言いようもない不快感と異物感を与え、ある行動を引き起こす。
それは、くしゃみ。
「……ふぇっくしょいっ!!」
大きなくしゃみだった。
誰しも分かることだろうが、くしゃみをすると何故か頭を縦に振ってしまう。
エージも例に違わず豪快に頭を振り乱したが……そのせいで彼の頭の上にいたぬこ様が盛大に放り投げられてしまう。
ぬこ様は心地よい眠りから目覚める。その時、ぬこ様の視界に映ったのは刀を構えたジャクソンの後ろ姿。
このままではぶつかってしまう。
だが、ぬこ様はエージの独り言を聞いて学んでいた。
「邪魔なものは蹴る」と。
ぬこ様は刹那の内に身を捩り、猫特有のしなやかさを最大限に利用したキックを繰り出す。
「なー!」
「ゴルファッ!!?」
ジャクソンは友達! とでも言わんばかりの華麗なシュートは、見事にジャクソンの尻にクリーンヒットする。
数時間ぶりに光速の世界へと突入したジャクソンは、真っ直ぐにドラゴンの凶悪な顔面へと飛んでいき……
ガツンッッ!!!!!
「グオゥッ!?」
……その黒々とした巨体を吹き飛ばした。
ズズゥン、と地鳴りを伴って草原に沈んだドラゴンとジャクソン。両者とも、ぶつかった部分にバスケットボール大のたんこぶができていた。
その光景を見ていたクーリンは。
「なるほど。相手の攻撃を耐えるほどに硬い体なら、体当たりでも十分なダメージになる……よく考えられた攻撃ね!」
見当違いな方向に解釈して納得しており。
「……えっと、これは、何なんでしょう?」
訳の分からないニーナはただただ困惑し。
「今、エージの猫を見たような……気のせいか?」
テオドリッヒはかなりいい点を突いていた。
なお、諸悪の根源はというと。
「えっきし! いっきし! ぶあっくし!」
まだくしゃみが止まっていなかった。
こうして、ジャクソンの相棒「白針」が活躍することなくドラゴンは倒されたのだった。
白針は今後も日の目を見ることはありません(断言)
次回の更新は2日の18時です。




