第十四話 セカイを超えし者
御者台に座るエージは一人、暗い気分に包まれていた。頻りにお尻を摩っているのは、馬車に乗るのが初めてで揺れによるダメージに慣れていないからだ。
それとはまた別の問題として、エージは落ち込んでいる。
さて、何故だろうか。
原因は単に。
「あっはははは! よ、傭兵なのに馬に乗れないって……馬に乗れないって!」
「わざわざ二回も言わなくていいよ!」
彼に馬を乗りこなす技術が無かったからである。
魔物が出てくる地帯に入ったことで馬車の外に出たエージたちだが、馬車と併走するには馬に乗らねばならなかった。
クーリンたちは流石と言ったところか、難なく馬に乗れたのだが、現代日本に生まれたエージは違う。乗馬部に入った経験も無いエージにはハードルが高かった。
一応、こっそりとスキルを使って馬と心を通わせてはみたが。
「あの、乗っていいかな?」
『別に構わねーぜ』
「ほ、本当? ならよろしく『ただし!』え?」
『俺のスピードについてこれるなら、な』
「……あ、はい。遠慮しときます」
心なしかキリッとした表情でそう宣った馬に、エージのチャレンジ精神は滑ってどこかに行ってしまったのだった。
なお、悲しいことに《スキルマスタリー》の中には乗馬関連のスキルは無かった。ロキの選考から外れてしまったからである。
というわけで、傭兵としての任務を果たせているのかいないのか。エージは御者台に座って戦闘時だけ動くように言いつけられていたのだった。
ただし。
「あ、魔物……」
「てやぁっ!」
「……うん、ナイスだよクーリン」
障害は全て、現れた瞬間にクーリンによって粉砕されているため、エージに出番は無い。ついでに言うとジャクソンにも無い。
「やることないなぁ」
丁度同じことをジャクソンも思っていたのだが、彼は馬の手綱を握っているので割ける思考は多くない。対するエージは座っているだけなので、臀部の鈍い痛み以外には気にすることもない。
「そうだ、ステータスオープン」
ふと、エージはステータスを開く。《鑑定眼》によって《スキルマスタリー》の詳細を開くと、畳の目かよと思うほどに沢山のスキルが現れた。
「何か役立つスキルは無いかなっと」
そう、エージは自分の能力について調べようと考えたのだ。暇な時間を潰すいいスキルはないかと思っただけであることは秘密である。
《快眠》……どんな条件下にあっても極上の眠りに落ちれるスキル。【夜を徹せし者】などが覚える。
《エアロイーター》……空気を食べるスキル。お腹が膨れた気になる。【修行僧】【飢餓者】が覚える。
《推して参る!》……指の間に挟んだ物を何があろうとも絶対に離さないスキル。【モノアイドラゴン】が覚える。
「……何の役に立つんだろう。いや、結構便利なんだろうけどさ」
視線でスキル一覧をスクロールしていくが、以前に見た《アルマゲドン》並みに危険なスキルや、日常生活だけでは応用が利きそうなスキルばかりが目に入る。
「うーん、何かもっと面白そうなもの……」
ズラッと並ぶスキルを目で追っていく。
「《容量拡大》……《高速自動刺突》……ん? 《超次元召喚》?」
その中でエージは一つのスキルに着目した。《鑑定眼》を発動すると、エージにとっては聞き捨てならない内容が表示された。
《超次元召喚》……次元を超えた先にいる存在を召喚する。何が出るかは不明。【冒涜の死魂使い】が覚える。
「こ、これは半端じゃなさそうなスキルだね……暇だから使ってみようかな」
ゴクリと唾を飲み込んだエージは、仰々しい説明文に厨二心を煽られてしまっていた。好奇心が昂ぶって、気負うことすらなくそのスキルを発動しようとする。
「えっと……《超次元召喚》!」
手を天に翳して高らかに謳う。すると、エージの頭上に小さな、手のひら程度の魔法陣が形成された。
「あれ、何か思ったほどすごいスキルでもない……?」
規模の小ささに期待外れだと思ったエージ。
しかし、彼の認識は他の者とは全くズレていたのだ。
「ッ! 何、この、悍ましい気配……!?」
クーリンは身に降りかかったその……恐怖とでも言うべきものに、思わず震えた。
「ちょっと、何だよ、コレ……こんなの、アリなのかよ……」
ジャクソンは、自身が経験したことの無い圧倒的な存在感に思考することさえ許されなかった。
「ヒッ……ぁ、はぁ……!」
ニーナは顔面を蒼白にし、馬上で縮こまっている。まるで、世界の終わりに直面したかのように。
そしてテオドリッヒは。
「……これは、魔法、なのか? こんな逸脱したものが、この世に存在するというのか……!」
魔法を使う者として。
エージのスキルが生み出した魔法陣が持つ力に、驚愕を禁じ得なかった。そして……心の底で、一種の憧憬さえ感じていた。
「……あのサイズから何が出てこれるんだろう?」
事態を把握できていないエージを中心に、異世界ノアに未曾有の危機が訪れようとしていた。
【冒涜の死魂使い】……世界への反逆者。運命の生み出す理を外れ、生と死の真理に辿り着いた究極の魔導師。
《超次元召喚》以上に大仰な称号。それを知ることなくエージは魔法陣をのんびりと眺めていた。
「……あ、何か落ちてきた」
魔法陣が淡く輝いた時、ポンッとその中心から飛び出てきたものが。
近づいてくるのにつれて、エージはその存在に目を見開く。
「もしかして、あれは……!」
それはエージが異世界に来て、一度も出会わなかった存在。地球では五本の指に入るほどに大好きだったもの。
それこそ……死んでも守ると思ったもの。いや、正確には違うのだが。
ともあれ、それはエージの目の前に現れた。
落下してきたそれは、エージの膝の上に綺麗に収まった。
丸くなって眠っているその存在は。
「ね、猫……!」
愛らしい耳。愛らしい尻尾。愛らしいフォルム。モフモフした毛に包まれた柔らかな肢体が極上の癒しを与える、究極生命体である。
「か、可愛すぎる……!!」
「……な?」
ゾワッッ!!!!!!
猫が眠りから醒める。同時に、エージを除いた商隊の人々が皆、この世のものとは思えない怖気を感じた。
「これは、撫でずにはいられないねっ!」
満面の笑みを浮かべたエージはそのことに気づかない。実は【勇者】が覚える《心》というスキルで恐怖に対する耐性が大幅に跳ね上がっていることが一因なのだが、例えこのスキルが無くてもエージが気づくことは無かっただろう。
「なー」
猫が小さく鳴いた。
この時。
「! 何かマズイことが起きてるわねん……」
「お前も感じたのかジェイコブ……これは、覚悟した方がいいかもな」
「ええ、そうね」
ジェイコブじゃないわよん、と訂正することもなく、イザベラとオルドスが警戒心を高めた。
馬車で数日ほど離れた場所にも伝わる猫の覇気とでも言うべきオーラ。
真近でモロに浴びているエージは……
「可愛いなぁ、お前〜」
緩みきった顔で猫に手を伸ばしていた。
エージの右手が猫の頭に触れる。
刹那、猫はとろんとした表情になって喉を鳴らし始めた。顎の下を擽られて気持ちよさそうに目を細める猫に、エージは優しく微笑む。
「気配が消えた……一体、何だっていうのよ……」
クーリンたちが感じていた圧迫感が霧散した。鳥肌が立つほどの寒気が忽然と消えたことに疑問を抱くも、何が起きるわけでも無かったことに安堵を隠し切れない。
「……エージ、か」
全員が気を逸らす中、テオドリッヒだけがエージを睨むように見つめていた。
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なー。
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種族 ぬこ様
性別 なし
体力 [測定不能]
攻撃力 [測定不能]
防御力 [測定不能]
魔力 [測定不能]
知力 [測定不能]
精神 [測定不能]
敏捷性 [測定不能]
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なー。
ぬこ様かわいい。
次回の更新は26日の18時です。




