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第十三話 初めての護衛依頼はV字開脚で始まる

「アタシの名前はクーリンよ。覚えときなさい!」


「俺はジャクソンだ。はぁ……受けるんじゃなかった、こんな依頼……」


「……テオドリッヒ」


「わた、わたしの名前はニーナって言います! よろしくお願いししましゅ!」


「僕はエージ。よろしくね、皆」


複数ある中の一台の馬車に揺られながら、今回の護衛依頼を受けた五人が互いに自己紹介をしていく。


栗色の髪をツインテールにしたクーリンが胸を張る。残念なことに全く強調される部分が無いが、そこには無限の可能性があるので残念とは言えない。どっちだ。


ジャクソンは大きな溜息を漏らす。割と整った顔の真ん中に貼られた絆創膏は、先ほどエージに蹴られた時の産物である。岩に突っ込んでそれだけの傷で済んでいるのはエージの《冗談だってば(シリアスブレイク)》が一つの要因である。


褐色肌の大男、テオドリッヒは名だけを告げて目を瞑ったまま微動だにしない。スキンヘッドとガタイの良さが相まって凄味を感じさせる。


噛み噛みな挨拶をしてしまったニーナは顔を真っ赤にしながら俯いている。


そして最後の一人であるエージは。


「な、何でしょう……?」


「……ニーナちゃん、ソレ(・・)って本物?」


小柄なニーナの頭の上でピクピクと動いているモフモフのウサ耳に釘づけになっていた。


「はい。ほ、本物ですけど……」


あるいは舐めるような、あるいは刺すような。


どうとでも形容できる眼差しでウサ耳を凝視するエージに、ニーナは若干怯えた風に答える。同時、ウサ耳がピクンと動く。


「ほへぇ。初めて見たよ」


「そ、そうなんですか」


「……ちょっとだけ触っていい?」


「えっ!? ダメです!」


「うぐっ。そ、そうだよね……」


全力の拒否である。その必死な様子にエージは心を抉られるような気持ちになっている。


因みに、エージは猫を愛でるのと変わらない感じで聞いていた。下心皆無な辺り、彼はやはり紳士と言えるだろう。


エージたち五人は今、宝石・魔石商であるクークの依頼を受けて護衛の仕事に就いている。とはいってもまだ魔物が出現するエリアには入ってないので馬車に引っ込んでいるのだが。


クークの商隊はローゼニア王国からクィッセン帝国への道を進んでいる。


クィッセン帝国というのはローゼニア王国と同じ人族の国家だ。ローゼニアからずっと西に行った先にある大陸一の領土を誇るクィッセンは、魔導器の開発・製造に特化しているという特徴を持つ。国としての力はローゼニアに劣るものの、その賑やかさや活気は勝るとも劣らないものだと言われている。


今回、クークはとっておき(・・・・・)の品物を仕入れたのでクィッセンに売りつけに行くつもりなのだ。魔導器で有名なクィッセンに売りに行くというのだから、恐らくはそれに関する物なのだろう。


「……ところでエージくん。幾つか聞きたいことがあるのだけれど」


「? 何ですか、ジャクソ(・・)ンさん?」


「ちょっと待った、なんでクとソの所だけ強調したのかな!?」


「いや、本質を表しているなぁ、と思ったので」


「それは俺がクソだって言いたいのかなぁ!」


「そんなことないですよ! 勝手なことを言うのはやめてくださいクソさん!」


「言ってんじゃねぇかあああああ!」


全身全霊のツッコミを入れたジャクソンがゼェハァと息を切らしてエージを睨む。


「……一先ず俺の名前は置いといてだな。どうしてお前は手ぶらなんだ?」


尤もな疑問であった。傭兵ギルドに所属するものは任務の中で戦闘を行うことが少なくない。それ故、誰しも何かしらの武器や防具を持っているのが普通なのだ。


そこでエージを見てみよう。


着ているのはボロボロでどうやって原形を留めているのか分からないような学生服。強いて言えば腰に下げた布袋があるというだけで、それ以外には何も持っていない。テオドリッヒのようなガタイの良さがあるわけでもないので、どうにも傭兵らしさが欠けているのだ。


そのことについて、エージは一言。


「あ、剣とか買うの忘れてた!」


「アホかっ!」


ジャクソンの痛快なツッコミ!


しかしエージには避けられてしまった!


「急にチョップしてくるとか、ジャクソンさんは危ない人だったんだね……」


「ちげーよ!? てか、それを言うならハイキックかましてきたお前の方が危ないわ!」


エージのブーメラン発言にジャクソンが追加でツッコミを入れるが、当のエージはどこ吹く風と受け流してしまった。


すると、クーリンが口を開く。


「エージは武器無しでもそこそこ闘えるんじゃない? ほら、大ギルドでやってたじゃない」


クーリンのその言葉に、その場にいなかったニーナは首を傾げ、対してジャクソンは苦い顔をして頬をさすった。


「確かに……アレ、かなりのダメージだったからなぁ」


恨みがましい視線を向けるジャクソンだが、その先にいるエージはどこか遠くを見つめる瞳で呟く。


「うん、そうだね。そうだよね。アレ結構効くよね。僕も何回喰らったか覚えてないな……あれ、何でだろ。目から汗が出てくる……」


「お、おい、エージくん?」


「正拳突きとかもっとキツかったな……ハッ! 僕は今、何を……」


「とにかく、エージは武術の心得があるらしいし、きっと徒手空拳でも何とかなるんじゃないの?」


アタシみたいにさ、と言って握り拳を作ってみせるクーリンに、ジャクソンだけが冷や汗を流した。


「そういえば僕、剣の使い方とか知らないや」


「それはそれで不安な発言だな……」


あっさりとしたエージに酷く疲れた表情のジャクソン。


護衛とは思えないほどに緩んだ空気は、しかしながら数刻後に壊されることとなる。


「……! 何かいます」


頭頂部に生える耳をピクピクと動かしながら、真剣な声音でニーナが呟く。


現在、クークの商隊は王都近辺の浅い森の中を進行中であった。イメンサス大森林とは比べものにならないとはいえ、多少は見通しの悪い馬車道だ。まだ魔物がいない場所であることを鑑みると……


「盗賊、か」


今の今まで一言も話さなかったテオドリッヒが目を薄く開いて言う。


直後、ガサガサと茂みを掻き分ける音とともに下卑た笑い声が響いた。


「ヒャッハハハハァ! おうおう、随分と大仰な物引いてんじゃねーの兄ちゃんよぉ!」


恐らく前方の御者にかけたのだろう言葉は、これぞ小悪党というような悪者感が満載であった。


「アタシが護衛についてる馬車を狙うなんて、いい度胸してるじゃない!」


ニヤリと笑ったクーリンがいち早く馬車を飛び出す。続いてジャクソンとニーナが各人の得物を手に参戦し、遅れてエージとテオドリッヒが出て行く。


「アァ、なんだテメェラ? もしかしてこの馬車の護衛か?」


クーリンたちを見て盗賊が剣を引き抜く。どうやら先頭の男が盗賊の頭のようで、その男の合図で周りにいた十数人の盗賊たちも剣を手に取った。


「この数相手にたったの五人だぁ? 勝てっと思ってんのか……」


パキィィン!


キラリと舞ったのは、盗賊たちの持つ剣。


「……アンタ、アタシを前にしてベラベラと喋ってる暇があると思ってるの?」


正確には、半ばから折れた剣の切っ先だった。


「え……は?」


ポカンとする盗賊たち。クーリンは如何にもつまらなさそうに嘆息し、馬車へと引っ込んでいく。


「自由人すぎるでしょ……この数を俺たちだけで相手するのって結構キツイと思うんだけど」


「……クソが、舐めてんのか! もういい、とりあえずやっちまえお前ら!」


クーリンの後ろ姿を見送ったジャクソンが諦め半分で零すのと同時、盗賊の頭が憤怒の表情で指示を出す。


一気に迫ってくる盗賊たちを前に、ジャクソンは腰の辺りに構えた得物に手をかけるが……


「捕らえろ、『クレイロック』」


テオドリッヒが地面に手を置き、魔法を発動させる。


地面が小さく揺れたかと思うと、盗賊たちの足下が急に底なし沼のように変化する。


「くっ、魔法かよ!」

「えっ、ちょっ、何コレ!?」

「動けねぇ!」


泥状になった地面を踏んだ盗賊たちは、まるで引きずり込まれるかのように沈んでいき、そのまま首だけ出した状態で拘束された。


残ったのは頭ただ一人。


「……チッ! 逃げるしかねー!」


一度に十何人も戦闘不能にしてのけたテオドリッヒの実力を見た頭は撤退しようと背を向けた。


しかし。


「逃がしません!」


「ぐあっ!?」


ニーナが手を振ると、頭はその場で横倒しになった。見ると、ニーナは鎖鎌のような武器を持っており、頭はその鎖でぐるぐる巻きにされていた。


「……俺、出番無かったな」


臨戦態勢をキープしていたジャクソンが悲しげに呟いた。


「まぁ、怪我人もいないみたいだし、よかったかな」


得物から手を離しつつホッとするジャクソンは、同じく安堵したようなニーナと変わらず仏頂面を見せるテオドリッヒを順に見て、そこで気づく。


「あれ、そういえばエージくんは?」


キョロキョロと辺りを見回すが、特徴的な学生服姿の少年の影はどこにも無い。


「もしかして先に馬車に帰ったのかな……?」


クーリンのことを思い出してそう当たりをつけたジャクソンの耳に、くぐもった声が届いた。


そう、まるで地面の中から聞こえるような。


ジャクソンはゆっくりと後ろを振り返る。


そこにあったのは……


「はへははふへへ〜……」


「うぎょあああああああああ!?」


……地面から逆さまに生える二本の足だった。






「死ぬかと思った……」


「いや、アレで生きてるのがすごいと思いますけど……」


犬の神様の家系では誰もができるという有名なポーズを思わぬところで披露したエージは、泥まみれになった顔を拭きつつ言った。小さくニーナが突っ込んでいるのだが、その言葉はクーリンの笑い声で掻き消される。


「あっははははは! み、味方の魔法に引っかかって、しかも頭から……どうやったらそうなるのよ!」


腹を抱えるクーリンにエージはムッとするも、事実故に何も言い返せない。当事者の一人であるテオドリッヒは我関せずと瞑目している。


「んふふふ……あー、面白かったわ。暇があったらもう一回見せて」


「いやだよ……」


「あの、そろそろ魔物が出てくると思うんですけど」


「もうそんな場所まで来たんだね。いや、やっと、って言うべきかな、この疲労感は……」


「……」


ケラケラと笑うクーリンにがっくりと肩を落としたエージ。気の抜けた二人にニーナが声をかけ、ジャクソンだけがまともに反応を返した。テオドリッヒは相変わらずである。


クィッセン帝国に着くまで、残り十日。






〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜






一方その頃、王都の中ではちょっとした動きがあった。


「さてと、件の異世界人はどこにいんだ?」


「知らないわよ。私もこっちの仕事があって忙しいんだからん」


無精髭を撫でつけながら尋ねるのは、頬に大きな傷跡を持つ、荒々しい印象を与える男……ローゼニア王国軍元帥のオルドス・ラネルファだ。


極彩色の髪を三角巾で覆ったイザベラは、いっそ分身してるんじゃないかと思うほどに高速で十以上の調理作業をほぼ同時にこなしつつ、オルドスの問いかけを素っ気なく流す。


「……その能力を騎士団で発揮してくれると助かるんだがよ」


「もう、何回も言ってるでしょ。私の本業はこっち。騎士団はあくまでも副業なの」


「分かった分かった。お願いしたのはこっちだから強くは言えねーが……あんまり疎かにしてくれるなよ」


「了解よーん。はいっ、焼肉定食一丁あがり!」


ある調理台で魚を捌いていたはずのイザベラがいつの間にかその魚を別の台の皿に盛りつけ、気がつけばお盆に料理を載せて客に自ら振舞っていた。


「ったく、なんで有能な奴ほど変わり者なのかねー!」


ガシガシと頭を掻きながらオルドスは「子猫の鳴き声亭」を後にする。その発言が自身にも当てはまることであると、本人は気づいていない。


「どっから探していくか」


身分が割れないように質素な服で街中を歩くオルドス。もちろん特徴的な頬の傷が原因で正体はバレバレなのだが、そこを指摘する市民はいない。全員が生暖かい視線で見守ってすらいる。


「ギルドに捜索依頼でも出しに行くか」


それ、王国軍に任せればいいんじゃね?


もしこの場にジャクソンがいたらそんなツッコミを入れただろう。一応、オルドスなりに考えがあって軍部を動かさないのではあるが。


大ギルドに着いたオルドスは人の良さそうな笑顔で受付嬢に声をかける。


「よっ、ご苦労さん」


「これはオルドス元帥。本日はどのようなご用ですか?」


「な、なんでバレたんだ! ……まぁ、別にいいか。ちょっと人捜しをお願いしたくてよ」


こんなやり取りは月に一度くらいで行われている。すっかり慣れている受付嬢はサラッとした態度だ。


「はい、傭兵ギルドへのご依頼ですね。捜している人の名前や特徴などをお願いします」


オルドスはアンジェリカから聞いた情報を思い出す。


「んっと、黒い服を着てて、髪の毛が丸いモジャモジャで、なんか平べったい顔してて……」


「はぁ……」


受付嬢は依頼書に情報を書き込んでいく。これだけでは何も掴めないが、その後のオルドスの言葉でピンとくる。


「そうそう、名前はエージとか言ったな」


「エージ? もしかして、エージ・クスノキ様ですか?」


「お、それだよ!」


ポンと手を打ったオルドス。クスノキという姓はノアでは非常に珍しいため、そこが一致すれば確信を持てるのだ。


意外とアッサリ見つかったな、と笑むオルドスとは違い、渋い表情になる受付嬢。


「どうしたんだ?」


「いえ、まことに申し訳ないのですが……」


そこでわざわざタメを作って雰囲気を演出する受付嬢。オルドスの顔つきも真剣になるが、実のところ受付嬢がオルドスで遊んでいるだけだった。毎度のことである。


腹の黒さが見え隠れする受付嬢が、遂にその口を開く。


「つい数時間前、エージ様は商隊の護衛依頼を受けてクィッセンへと向かいました!」


「な、なんだとおおおおお!?」


オルドスに雷が如き衝撃が奔る。


フラフラと覚束ない足取りで大ギルドを出て行くオルドスを、受付嬢やその他ギルド員たちがにこやかに見守っていた。


実際、クィッセン帝国とローゼニア王国は馬車で十日と少しかければ余裕で着ける。帝国製の魔導馬車を使えば三日に短縮することも可能だ。普通の商隊が使っている馬車に追いつくのはそう難しくはない。


結局。


「って、そこまで深刻な問題でもないじゃねーか!!」


その事実にオルドスが気づいたのは、翌日の朝食を摂っている時のことだった。




一体何神家なんだ……


登場人物が増えてきました。名前つきの人は何かしらで絡めていく予定です。


次回の更新は23日の18時です。

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