第十二話 不幸な青年は異世界の蹴りに昇天する
開けっ放しのドアからは賑やかな声が聞こえてくる。
エージは意気揚々とドアを潜り、ロマン集まるギルドへと足を踏み入れた。
「お、おお、おおお! 何かで見たことある感じだ!」
ギルドに入ったエージは感動していた。何故ならば、その光景は全くもって地球で想像されたものと同じだったからだ。
「武器を持ったむさ苦しい男たちに美人な受付嬢、加えて渋いマスターまで……完璧だ!」
見慣れない服装の少年が急に訳の分からないことを言い出したので近くにいた人たちは白い目を向けているのだが、その少年に気づいた様子は無い。
「……ねえ」
「すごいや! 冒険者とかもいるのかな?」
「ねえったら」
「そうだなぁ、冒険者でもしてお金を稼ぐのがいいかなぁ。ロマンたっぷりだ……」
「ねえって言ってんでしょうが!」
「ほげらっぷばぁっ!?」
「ああっ、俺の飯がっ!?」
完全に自分の世界に没入していたエージが残像すら見える速度で飛んで行き、壁にめりこんだ。その際、壁際のテーブルで食事中だった男の料理が宙に舞った。
「入り口で突っ立ってんじゃないわよ!」
何かを蹴り終えたようなポーズで怒鳴るのは、一人の少女だった。
ふんと鼻を鳴らして不機嫌さを隠そうともしない少女。見た目は華奢だが、日本人としては平均的な体型の男子高校生を蹴飛ばすくらいの力を持っているらしい。
「くおおお……鼻ぶった……!」
「うわ、生きてた!?」
壁から顔を引っこ抜いたエージは真っ赤になった鼻を抑えて少女に抗議の目を向ける。飯を床に落とした男が驚いてるのも気にせず、エージは勢いよく突っかかる。
「いきなり蹴るなんて酷いじゃないか!」
「いきなりじゃないわよ。アタシ、何回も声かけたんだから」
「え、そうなの?」
「いや、俺に聞かれても……」
どうして無関係な人に聞いたのか。唐突に話を振られた男は困惑するが、少女はそんな彼には見向きもせずに話を進める。
「そうなの! アンタ、何度呼びかけても反応すらしなかったじゃない」
「そ、そうだったんだ、ごめん……でも蹴るのはやりすぎじゃない?」
「やりすぎじゃないわ、常識よ。邪魔なものがあったら蹴るのは基本でしょ?」
「そうなの? えいっ!」
「痛えっ! 何で俺のこと蹴ったんだよ! 邪魔だってこと!?」
「もっと強くよ、もっと!」
「分かった、おりゃあっ!!」
「だから何でぐぼあああああっ!?」
世界を狙えるハイキックが炸裂し、不幸にもエージに絡まれていた男性は床に転がることとなった。
「……いい蹴りじゃない、見直したわ」
「小さい頃お父さんに習ったんだ」
「へえ、素晴らしいお父様じゃない。是非ともお会いしたいわね」
少女はスッと手を差し出す。エージはその手を見て少し驚くが、すぐに意図を汲んでその手を握る。
「アタシの名前はクーリンよ」
「僕の名前はエージだ」
二人の少年少女が握手を交わす。一部始終を見ていた周囲の人たちは、青春の一ページのような瞬間に思わず拍手をしていた。
「……ふっ、若いってのはいいものだね」
ギルド内の酒場のマスターは、己の過去を思い出して小さく呟いた。
「な、なんなの、この空気……がくっ」
色々と災難だった男は誰に気づかれることもなく気絶したのだった。
「冒険者……ですか?」
クーリンと謎の絆を結んだ後、エージはギルドの受付嬢に冒険者になりたいという旨を伝えた。その反応がこれである。
「それはもしかして、傭兵ギルドに入りたいということでしょうか?」
「……ん? どういうことですか?」
ロキに与えられた大雑把にすぎる異世界マニュアルのせいでほとんど知識の無いエージ。そんな彼の姿を見て受付嬢は訝しみつつもギルドについて簡単な説明を行った。
異世界ノアにおいて、ギルドとは幾つかの組織の複合体のことを指す。
商人たちが集まる商業ギルド。鍛治師が集まる鍛治ギルド。傭兵たちの集まる傭兵ギルドなど、各々の職種ごとに人々が立ち上げた組織を総称してギルドと言う。こうした各ギルドを纏めるのがエージのいる王都のギルド本部であり、他と区別するために大ギルドなどと呼称される。
「傭兵ギルドは主に商隊や要人の護衛を任務としています。そちらの掲示板に依頼書が貼り出され、各人が好みの依頼を選択することになります。他にもちょっとした用事を手伝って欲しいといった市民からの依頼に応えたりと、所謂『便利屋』のような働きもしますね」
「な、なるほど……」
ふむふむと頷くエージ。実は一辺に色々と教えられて混乱しているが、要点だけは把握できたらしい。
「じゃあ、その傭兵ギルドに入ります」
「かしこまりました。では、こちらの用紙に必要な情報を記入してください」
渡された用紙を埋めていく。書いている文字は人族の公用語だが、これもスキルの力である。それを意にも介さないのはエージならではだといえよう。
「……はい、確認しました。それではギルドカードを発行してきますので、少々お待ちください」
用紙を持ってカウンター奥に行った受付嬢が、数分して青いカードを手に戻ってくる。
「お待たせしました。こちらが傭兵ギルドのカードになります。傭兵ギルドには『依頼ランク』というものがあって、最初は受けられる依頼が少しだけ制限されます。ランクは下から順に青、赤、黒、白となっていて、高ランクになると指名依頼を受けることなどもあります。その場合、報酬額は結構高くなりますね」
「な、なるほど……」
ふむふむと頷くエージ。例によって理解度は微妙であるが、とりあえず頑張って高ランクを目指そうと考えてはいる。
「ま、まぁ、何かしら依頼を受けてみよう。時間はあるし、最初は簡単なのから行こうかな」
受付嬢に会釈をして離れたエージは、数枚の依頼書が貼られた掲示板へと向かう。
「簡単で、お金が少しは入るやつ……」
一枚一枚の依頼内容を確認していくエージ。
『逃げた猫を探して欲しい』
『ウチの犬がどっかに行ってしまった。見つけ出してくれ!』
『ペットとしてバレットラビィが欲しいので捕獲して』
「……なんで皆、ペット関連のことばっかり依頼するんだろう」
どうやら王都のペット事情は荒れ気味のようだ。そして最後の依頼は間違い無く受理されないだろう。
そんな依頼書ばかりが並ぶ中、エージは一つだけ趣の異なる紙を見つける。
『クィッセンまで護衛をお願いしたい。人数の上限は五人で報酬は一人につき金貨七枚』
「護衛依頼……やっとまともな仕事だよ。それに金貨七枚だと、意外と割のいい仕事なのかも。制限も無いみたいだし」
イザベラに教えてもらった知識を元に拙い計算をし、そう結論づける。実際のところこの依頼の報酬額は破格と言ってもいいくらいなのだが……それが分かるエージではない。
「すいません、この護衛依頼を受けたいんですけど……」
「はい。こちらの依頼は……ああ、丁度いいタイミングでしたね。あなたがラストの一人ですよ」
「そうだったんですか? よかった、後少し遅かったらペット探しの旅に出るところだった……」
「出発は……今日の昼?」
「えっ」
エージはギルド内部の時計を見やる。地球と何ら変わらない表示方式の時計盤には十二の数字が刻まれており……その短針は、間も無く頂点に差し掛かろうというところであった。
「時間無いじゃないですか!」
「急いだ方がいいですね。集合場所は王都の西門前ですから、ここを出て右に真っ直ぐ進んだところです」
「あ、ありがとうございます!」
エージは走る。王都の街を行く人々の間隙を縫い、持ち前の脚力と反射神経を活かして誰にぶつかることも無くトップスピードで駆け抜ける。
世界レベルのスプリンターも度肝を抜かれるほどの速さで走り続けるエージ。
瞬く間に西門まで辿り着き、門兵など小石同然に跳び越える。
エージの目に数台の馬車と数人の男女の姿が映った。地に足を着いたエージは勢いを殺さずに大地を蹴りつける。
「……そろそろ時間ですね。人数は揃いませんでしたが、出発しましょうか」
「安心しなさい。アタシがいれば何とかなるわ!」
「何で俺はこの依頼を受けちまったんだ……」
小太りな男性が手を打ち、勝気そうな少女が自信満々に無い胸を張る。その様を見て、一人の男が項垂れた。
猛スピードでエージはそこに滑り込む。
だが、考えて欲しい。
高速で動く物体が急にピタッと静止することなどできるだろうか?
答えは否。
それはエージであっても同じことであり。
「うわああああああ! どいてどいてええええええ!」
「え……?」
ブレーキの効かないエージは世界記録を塗り替える秒速十三メートル……時速約四十六キロで突っ込むことになる。目の前には膝に手をつき盛大な溜息を吐いていた男。
下を見ていた男はエージに気づくのが遅れた。このままでは衝突は避けられないだろう。
ここでエージは思い出す。
『邪魔なものがあったら……』
大ギルドで教えられた常識を。
「……蹴るのは基本だっ!!!」
「ぶごっほああああああああ!!?」
ドゴォン!!
側にあった岩に上半身ごと男がめりこんだのを見て、エージはやり遂げた顔で一息吐く。
「あ、エージじゃない」
「この声……クーリン?」
「おや。これはこれは、昨日のお客様ではありませんか!」
「そのお腹……クークさん!」
「ちょっと覚え方が失礼ではありませんかな!?」
思わぬ再会であった。
その脇で。
「なんで俺ばっかりこんな目に……がくっ」
大ギルドでもエージに蹴られていた邪魔な男が、人知れず岩の中で本日二度目の気絶を迎えるのだった。
ネタを入れようとするとどうしても文量が増えてしまう。四千字くらいなら読みやすいですかね?
哀れな男に、追加で不幸を……!
次回の更新は20日の18時です。




