第十一話 少年は巨躯のピュアガールに出逢う
扉を潜ると、そこには巨漢の乙女がいた。
「んもぅ。数ある王都の宿屋でここを選ぶなんて、見る目あるわよ?」
「は、はあ……」
バチコーンとウインクをかます筋骨隆々の乙女は、酷く毒々しい極彩色のおかっぱに二メートルを越す巨躯の持ち主であり……エージが何となくで選んだ宿屋のオーナーだった。
王都の中央部に位置する宿屋「子猫の鳴き声亭」は、王都にあるにしては格安で設備も充実しており、加えて併設された食堂は宿泊客以外も訪れて連日列ができるほど美味いと評判なのだ。
もちろんそれをエージが知っているということはなく、店の名前に惹かれただけだったのだが。
「今日は偶然一室だけ空いてたのよねぇ。君、幸運よぉ?」
クネクネする巨体に少し引きながらも、エージはホッと安堵の息を漏らした。それもそのはず、これまで彼はまともな睡眠を取れていなかったので、実のところ歩くのも億劫だったのだ。
「それにしても君、おしゃれな髪型ねぇ。どうやってセットしたの?」
「いや、爆風に曝されてこうなっただけですけど……」
「そうなのん? 今度私もやってみようかしらん」
エージは思った。変な人だなぁ、と。彼にそう思われるとは相当な人物である。
「料金は前払いよ。一泊朝夕のご飯付きで銀貨三枚になるわ」
「銀貨三枚……あの、これで足りますか?」
自信なさげにエージは一枚の貨幣を取り出す。カウンターの上に置かれた綺麗な白銀色を見て、オーナーの目が丸くなる。
「坊や、これ、足りるどころじゃないわよ。白金貨じゃない! 余裕でお釣りが来るわよ」
「? すいません、僕、最近異世界から来たのであんまりそういうの詳しくなくて……」
「サラッとすごいこと言うわね!?」
巨漢も吃驚である。当の本人はそのリアクションにビクッとしただけで特に反応しない。
「でも、そう。異世界から……」
「?」
「いえ、何でもないわ。お金のことを知らないのはアレだし、私が教えてアゲル」
一瞬だけ神妙な顔をしたオーナーにエージは首を傾げるも、バチコーンと決められたウインクにすぐ引きつり笑いが浮かんだ。
「この世界には安い方から順に鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、紅金貨の六つの貨幣があるわ。十枚毎に上の貨幣一枚と等価になるのよん」
「十枚毎に、ですか。じゃあこれは相当な金額なんですね」
チャリン、と軽い音を立てて現れたのは赤みがかった金貨だった。
「そうよぉ、それは一番高いお金えええええええ! 何でそんなもの持ってるのよ!?」
「え、宝石を売ったらこうなったんですけど」
「反応薄っ!? 本当に大物なのね、この子……」
「?」
オーナー、驚きっぱなしだ。原因たるエージは紅金貨を弄りながら「お前ってすごいんだなぁ」とか言っていた。
「もう……とにかく、それはすごい高価なの。それ一枚で三年間は余裕で暮らせるわよ?」
「へぇ、三年間ですか……えっ、それすごくないですかっ!?」
「さっきから言ってるじゃない……」
やっとまともな反応をしたエージにオーナーはがっくりと肩を落として溜息を吐いた。
「はへぇ……それじゃ、とりあえず一週間くらい滞在します」
「了解よん。部屋の鍵を渡すわね。鍵に番号が書いてあるから、その部屋に行ってねん」
「分かりました。お金のこと教えてくれてありがとうございます」
「いいわよぉ、そんなの。可愛い坊やが騙されたりしないようにっていう、ちょっとした老婆心よ」
鍵とお釣りを受け取ったエージは、最後までクネクネバチコーンなオーナーに感謝の言葉を告げて部屋に向かった。
「……おお! 豪華だ!」
部屋に入ったエージは大仰に驚いてみせる。事実、ベッドはダブルサイズだし、調度品も質の良い物ばかりだった。それでも王都の宿屋の中では平均レベルなのだが。
「とりゃあ、むふっ!」
ホテルに着いた子どもが真っ先にやること第三位に輝くだろう「ベッドにダイブ」を敢行したエージは、ボフッと己を受け止めたシーツに感動する。
「すごい、すごいよ……やっぱりベッドって気持ちいいよ……」
しばらくシーツに顔をスリスリしていたエージだったが。
「……ぐぅ」
溜まっていた疲れが押し寄せてきて、結局そのまま眠ってしまったのだった。
「さあ、何をしようか」
翌日の朝。部屋に備えられた風呂に入ってサッパリしたエージは、やっと元に戻った髪の毛を拭きながらそう呟いた。
「お金はある、三年分は。ここを拠点にすれば家に困ることはないと思う。稼ぎ口はゆっくり探していけばいいし、となるとまずは……」
きゅるるるるる……。
珍しく真面目に考え込んでいるエージのお腹から、そんな音が響いた。それを合図にキリッとした顔でエージは言う。
「まずは朝ご飯だね!」
異世界四日目。今まで硬いパンを噛み砕いてきただけのエージは、やっとまともな料理を口にする機会を得たのだった。
食堂に入ったエージは、近くの席に着いて備えつけのメニューに目を通す。
「お決まりかしらん?」
「うーんと、このおすすめ定食っていうやつで、ってオーナーさん!?」
「オーナーさんじゃなくてイザベラよ……あら、もしかして昨日のおしゃれな坊や?」
宿屋のオーナー、イザベラの問いにエージは頷く。先日はアフロのイメージが強かったため、普通の髪型になったエージに気づくのが遅れたのだ。
「何をしてるんですか?」
「見て分からないのん?」
クルリと回ってみせるイザベラにエージは苦笑いとともに理解を得た。
イザベラは現在、フリルが沢山ついたピンク色の可愛らしいエプロンを着けていた。まあ、はち切れんばかりの筋肉のせいで、ともすれば一種の戦闘服のようにも見えるのだが。
「ちょっと待っててねん。すぐに作っちゃうから」
イザベラはお盆片手に厨房に消えていった。宿屋の管理と同時、食堂で調理も担当しているとは驚きである。
「はぁい、お待ちどうさま」
「お、おおお……!」
しばらくしてイザベラが運んできた料理に、エージは感嘆の念を禁じ得なかった。
お盆に載せられているのは鯖のような魚の塩焼きに漬物、卵焼きと葉野菜のおひたしに……味噌汁と白米。スタンダードな和食だったのだ。
「いただきます!」
即座にお盆から箸を取り、食事を進めるエージ。味わいながら、それでいて休むことなく。どこまでも一心不乱に食べ……ものの数分で全てを胃袋に収めた。
「ごちそうさまでした!」
合掌してそう言った彼の目には、輝くものがあったという……。
「すごい食べっぷりねぇ。作った甲斐があったってものだわ」
「美味しかったです。イザベラさんは料理上手なんですね」
「うふ、当然よ。いい女の条件は『強い、優しい、美味しい』だもの」
そんな条件がいつできたのか。
ごゆっくり〜、と言い残してイザベラは厨房に戻っていった。他の客からの注文にも応じなければならないため、忙しいのだろう。
食事を終えたエージは、一度部屋に戻って今後の方針を再度考える。
「ご飯も食べた、お風呂も入った……ということは歯磨きが必須。別に寝るわけじゃないけど」
お利口さんの思考である。
洗面所に向かったエージは、しかし歯ブラシやその類の物を見つけられなかった。流石にアメニティまで完備とはいかなかったようだ。
「無いのか……買いに行くかな」
子どもの時分に虫歯で痛い思いをしたエージ。それ以来の習慣で歯磨きをしないと落ち着かないのだ。
先日捕まった原因の一つであるボロボロの学生服はそのままに、エージは王都の街へと繰り出す。昨日はじっくりと見ることのなかった王都の街並みを眺めつつ、ぶらぶらと生活用品などが売っている店を探す。
「……無いなぁ。ノアでは歯磨きの習慣って無いのかな? もしかしたら魔法とかで何とかなっているのかも……ん?」
歯磨き魔法という新たな可能性を感じているところで、エージはふと足を止めた。見つめる先には、ガヤガヤと喧騒が聞こえてくる大きな建物。
その建物が掲げる看板にはこう書いてあった。
「ぎ、ギルド……!」
それは、ファンタジーではありふれた存在。
テンプレートな組織。
そして……数々のお約束が待ち受ける場所であった。
「……歯ブラシを探している場合じゃない。それよりも大事なものが今、ここにある!」
エージは行く。
少年たちの心を魅了してやまないロマンが待つ戦場へと……!
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異世界の少年が無駄に壮大な雰囲気を醸し出しながらギルドに足を進めていた頃、宿屋「子猫の鳴き声亭」のオーナーであるイザベラは従業員に仕事を任せて通信を行っていた。
「はぁい、もしもし?」
『……相変わらず気色の悪い声だなジェイコブ』
「あら、元帥じゃないの。あとジェイコブじゃなくてイザベラよん……それで、何の用?」
フリフリのエプロンを破らんばかりに発達した筋肉をピクピク動かしながら、イザベラは元帥と呼ばれた人物に問う。
『ったく、本当なら通信機なんざ使わなくてもいいのによ』
「何よぉ、文句を言いたいだけなの? それに、私は何よりも先にこの店のオーナーなのよ。それこそ……騎士団よりも先にね」
『はいはい、分かってるって。本題は例の英雄様のことだよ。ほら、異世界から来たっつー……』
「エージ・クスノキのことねん。ついさっき会ったわよん。というか、ウチに泊まってるわ」
『そうそう、エージエージ……はっ!? 何で連絡しねえんだよ!』
「だってお客様だもの。お客様には店主として接するのは当然でしょ」
『……はぁ、今さら何言っても仕方ねーか。じゃあ元帥からの命令だ。連れて来いとは言わねー、こっちの方が落ち着くまでエージ・クスノキを逃がすな』
「そんなの余裕よぉ。彼も私の料理を気に入ってくれたみたいだし」
悪い意味で艶のあるバリトンボイスで自信満々に言ってのけるイザベラ。
『……最早溜息すらでねーよ。とにかく任せたぞ、ジェイコブ第一騎士団長』
「だからイザベラだって言ってるじゃない……任されたわよん、オルドス王国軍元帥」
その言葉を区切りに通信機を切ったイザベラは、肩を竦めて呟く。
「あの子、今日戻って来るのかしらねぇ?」
つい先日に交わされたやり取りを思い出し、元帥の命令は守れないかもしれないわねぇ、とフラグっぽいことを思うイザベラだった。
これから沢山のキャラクターが出る予定ですが……その中でもイザベラはトップクラスで大好きなキャラです。
次回の更新は17日の18時です。




