第十話 皇族はゆったりと兵士たちを緊張させる
記念すべき十話目ですね。相変わらず各話タイトルがお巫山戯感満載です。
前半の少しがローゼニア王国の説明になっていると思います。
ローゼニア王国は非常に安定した王制国家である。近場には安全な水源があり、領内に肥沃な土壌を持つ上に安定した気候で農作物を育てやすい。
また、政治方面について大きな問題が無いのが長所でもある。王の下に集った貴族たちは腐ることなく仕事をしており、ほぼ全員が国王に忠誠を誓っている。それは王にカリスマがあるというわけではなく、どちらかというとその娘が重要なのだが……。
水や食料に困らず、クーデターなどの心配も無い。異世界ノアで「最も暮らしやすい国」だと言えるのだ。
そんなローゼニア王国だからこそと言うべきか、国民全体の四割近くが「獣人族」である。
獣人族が何かということは後のお楽しみとして……ローゼニア王国はノアで唯一の多民族国家ならぬ多種族国家なのだ。
とは言え文化は人間のものであるし、公用語も人族のものだ。獣人族にとって文化的な意味では少し不便が残るところではあった。それを考慮しても獣人族が移り住んでくるほどに住みよい国家だということなのだが。
素晴らしい国であるローゼニアだが……一つだけ、他の国家からも敬遠される問題点を抱えている。
それこそがイメンサス大森林である。
大森林には多くの危険な魔物が生息している。エージが友情を築いたカイザーウルフも、本当は一体で町一つを落とせるほどに凶悪な魔物なのだ。
深緑の魔境を背にするローゼニアは、常に魔物の脅威に晒されている……なのに王都が魔境のすぐ近くにあるのは、そこにローゼニアの武力の大半が集っているからだ。アンジェリカも所属する騎士団がその代表例である。
騎士団には大森林の魔物にも引けを取らない強者がいるため、今までローゼニアは魔物の被害を受けたことが無かった。これだけで騎士団の実力が推し測れるというものだった。
高い実力を持つ騎士団の下には、規律正しき兵たちが並んでいる。
エージを幼女誘拐の容疑で捕らえたのは、そんな騎士団の傘下である警邏隊の兵士であった……。
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「うぅ、ぐすっ……? どうしたんだろ」
牢屋の中でシクシクとエージが啜り泣いていると、看守たちが俄かに騒がしくなり出した。
「は? おいおい冗談だろ?」
「いや本当だって! 急げ急げ!」
「やべぇよ、やべぇよ……!」
少しして、キョトンとするエージの元に顔面蒼白で汗をダラダラ流した看守が駆け込んでくる。
「え、エージ・クスノキ殿。貴殿を釈放せよとの命令が下りたことをここに表しますです!」
「えっ、いきなり改まってどうしたの……っていうか出られるの?」
「はい! 私たちの思い込みでこのような目に合わせてしまい、申し訳ありませんでしたぁ!」
「ジャパニーズ土下座!?」
ビシィ! と音が聞こえそうなほどにきっちりと手足と頭を揃えて地に伏した看守に、エージは日本の由緒正しき謝罪の極意を見た。
思わぬところで故郷を思い出したエージは、訳が分からぬままに出所することになった。
たかだか数時間ぶりの太陽光に大袈裟にも涙を滲ませるエージ。気分は何十年も冤罪で捕まっていた元死刑囚である。
「あ、おにーちゃん!」
「! この声は、メアリーちゃん!」
晴れやかな気持ちで存分に陽の光を満喫しているエージに、パッと顔を輝かせたメアリーが飛びついた。エージはプロボクサーもかくやという反応速度で振り向くと、両腕でメアリーを抱きとめる。
「だいじょーぶだった? いたいことされなかった?」
「大丈夫だよ、メアリーちゃん。心配してくれてありがと」
「ふにゅ……」
頭を撫でられて目を細めるメアリー。大の猫好きのエージは気持ちの良い撫で方を網羅した撫でマスターだった。さらにこの時【整体師】や【セラピスト】などの称号が持つ、触れた相手をリラックスさせる《掌》というスキルも発動していたため、メアリーはまさに夢心地であった。
その様子を見て、エージの側に歩み寄ってきた人物が一人。
「貴方がエージ・クスノキ様ですか?」
「? はい、そうですが」
「ふふふ、仲睦まじいようで。よかったわねメアリー」
手で口元を隠しながら優雅に笑うのは、ふんわりした山吹色の髪と周囲の視線を否応なく集める爆乳が特徴的なおっとりした雰囲気の美女だった。
「失礼ですが、どなたですか?」
エージが異世界に来たのは二日ほど前だが、まともな人間の暮らす場所に来たのは今日が初めてだ。もちろん知り合いなどいるはずもない。目の前の美女についても全く面識はない。
「分かりませんか?」
もったいぶってそう言う美女は、ウェーブのかかった髪を撫でつける。その仕草を見たエージは一度メアリーに目を向け、気づく。
「もしかして、メアリーちゃんのお母さんですか?」
「正解です、ご褒美によしよししてあげますよ〜」
「えっ、うわ、いいですよ別に!」
「あら、残念」
柔らかく全てを包み込むような、それでいて捉えどころのない笑みをその美貌にたたえるのは、メアリーの母であった。
「わたくし、この子の母親のエリーザと申します。この度はご迷惑をおかけして済みませんでした」
「そんな、礼を言われるほどのことじゃ……」
深々と頭を下げるエリーザに、エージはアフロとともに首を振ってあくまでも紳士に振る舞った。内心では「メアリーちゃんと遊べてラッキーでした」と思っている。
それを好意的に解釈したエリーザはクスクスと笑って一つ頷くと、アフロを見ていたメアリーの手を握った。
「優しい方なんですね? 今回はこちらもあまり時間が無いのでお言葉に甘えさせて頂きますが……今度会った時には是非お礼をさせてください。この子と遊んでくれたお礼です」
「おにーちゃんとはもうおわかれ?」
引き下がりながらも約束を取り付けようとするエリーザに、エージは「律儀な人だなぁ」と苦笑気味に首肯した。エージと離れるのが不満なのかメアリーは頬を膨らませているが、聞き分けはいいらしく駄々をこねたりはしなかった。
「それでは、いつかまた」
「ばいばーい、おにーちゃーん!」
「またねメアリーちゃん。エリーザさんも、お元気で」
手を振り、遠ざかっていく母娘の後ろ姿にエージは想いを馳せる。
脳裏に浮かぶのは両親の顔。
エージはここに来て、ふと元の世界がどうなっているのか気になった。自分が死んでしまったことで悲しむ人がいるのでは、と。
そう考えて初めに両親を思い出し……
「いや、ないな」
バッサリと切って捨てた。その目はどこか遠くを見ているような、哀愁漂うものだったという。
「さて、それじゃ宿屋を探しますか」
どういうことかガチガチに直立した兵士たちの間を抜けて、エージは本来の目的だった本日の宿探しを再開するのだった。
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「メアリー、あの人のことが気に入ったの?」
「うん! やさしくてー、おもしろくてー、へんなの!」
「確かに奇抜な髪型だったわねぇ」
「あと、おかーさまよりあたまなでるのがじょーずだった!」
「あらあら、うふふ。負けちゃったわ」
跳ねるように歩く我が子を優しい眼差しで見つめる母。その足が向かう先には……見上げるほどに大きな城が建っていた。尖塔の頂端ではローゼニア王国の国旗がはためいている。
彼女たちが目指すのは、ローゼニアの王城だった。
「ねーねー、またあえるかな?」
「絶対会えるわよ」
袖を引き尋ねる娘に、母は断言する。
「だってこの国の救世主ですもの。『おにーちゃん』は有名人なのよ?」
「そうなの? おにーちゃんすごい!」
「だから今日は騒がしくしないで落ち着いてるのよ。じゃないと、『おにーちゃん』に嫌われちゃうから」
「えー、やだー! わたしいいこにしてる!」
「うふふ、随分と懐いたみたいねぇ」
当の本人がその場にいたら悶絶するであろう会話。
母親は話題の中心人物のことを思い出し、小さく微笑む。
「シンク姫を救った『英雄』がメアリーと仲良くなってるなんて……彼も奇妙な縁を持ってるのねぇ」
母親……エリーザ・P・クィッセンは奇跡的な邂逅に思わず感心さえしてしまった。娘のメアリー・P・クィッセンが迷子になった短い時間での出来事は、神の悪戯じゃないかと思えるほどだった。
三つある人族の国家の一つ、クィッセン帝国の「皇妃」と「第一皇女」はローゼニア王城へと進む。
「こんどはシンクともいっしょにあそびたいなー」
「うふふふ、その内できるわよ?」
王国の誇る幼美姫シンク・F・ローゼニアの安否と、彼女を救ったという異世界人の少年について尋ねるために……。
説明のはずなのに謎を増やしていく。話の構成力が足りないっすなぁ。
エリーザは警邏隊の詰所に直接出向いてメアリー探ししてました。その爆乳に見覚えがあった兵士が大慌てしてたという流れですかね。なんで皇族が護衛無しに歩いてんだよ、というツッコミは後の帝国の説明で「あ、さいですか」となる予定です。
エージの両親については幕間で。
次回の更新は14日の18時です。




