第4話 デパートセールと謎の店員
『魔術師』の少女との邂逅。それにより、予想外にも有益な情報を手に入れ、そして一人の少女に暴力を使わせずに済んだ。
それだけでも充分な成果があったと言えるだろう。涼太は此度の件を、そのように解釈した。
彼女が立ち去った後には彼女の香水、というよりはシャンプーの匂いだろうか、その匂いが涼太の鼻腔を微かにくすぐった。桃のような匂いである。
明日香以外の女子とは余り交流の無い涼太にとっては、それは少し新鮮な香りであった。
「――涼太様。何故あのような行動を?」
「ぬわっ!?」
涼太の気付かぬ間にカードから現れていた美鳩がいきなり後ろから尋ねたので少し驚いたが、涼太は心を落ち着かせて後ろへと振り向いた。
涼太の意志で美鳩をカードの中へ戻すことも出現させることも出来るが、涼太にその意志がない場合では、涼太の魔力が尽きない限りは美鳩は自由に行動出来るようだ。
「……いきなり後ろに現れるのは止めてくれ。驚くから。何故、と言われても、彼女が困ってたから助けただけだろ」
「確かに先程も涼太様はそうおっしゃっていましたが……それだけの理由でアルカナ所持者を助けるというのは、浅はか過ぎます。もしかしたら何かの罠の危険性もあったのです。戦っている間に彼女が後ろから攻撃を仕掛けてくる可能性もあったのですよ?」
美鳩はそう主張するが、だが涼太としては少し納得がいかない。アルカナ所持者だといって、明日香以外の所持者の人間をそこまで疑ってかかるのは、余り良い気がしなかった。
「確かに、美鳩が言ってることは正しいかもしれない。アルカナ所持者としてはそうするべきなんだろう。でもだからといって、そこまで人を疑ってたら人間不信になっちまうよ。もう少し柔らかい考えでいこうぜ」
「その甘さが貴方の命を奪うのです。人は自分の都合の為なら、他者の命など簡単に切り捨てます。今回は彼女が隙を突いてくるような輩で無かったから何も起こらずに済みましたが、これからはもっと緊張感を持って行動をするようにしてください」
有無を言わせぬ強い口調で涼太をさとす美鳩だが、それは涼太の為を思うからこその発言であり、先程の行動を考えてみれば全く弁解の余地もない。
場合によっては、確かにあの場で命を落とす可能性もあったかもしれない。
元来、主従関係で結ばれている間柄で従者が主君物申すことの出来る場合は主君は長生きするものである。
真剣な美鳩の眼差しと声色に、涼太の少しながらの反骨心は既に折れていた。
「……わかった。これからは気をつけるようにするよ。美鳩に要らない心配かけさせたく無いしな」
涼太が素直にそう答えると、美鳩は嬉しそうな顔を見せた。
若干仏頂面であった彼女の顔が、初めてそこで綻んだのである。
ギャップから来るものもあるが、元々美鳩は可愛らしい顔立ちをしているので、その様子に涼太はドキッとしてしまった。
背中程まである黒髪に、つぶらな青い瞳。眼もとはパッチリとしているが、それでいて愁いを感じさせる知的な眼差し。
それに加えて綺麗に整った顔であるので、涼太で無くても、大半の男が今の美鳩の朗らかで嬉しそうな表情には見とれてしまうかもしれない。
「わかってくだされば良いのです。アルカナなんてものには極力関わらない方が安全に暮らせるというのは、明白の理ですからね。……あの、涼太様? 私の顔に、何か付いているのですか?」
言われてハッと気がついた涼太だが、知らない間に美鳩の顔を凝視していたらしい。
美鳩の表情が可愛くてみとれていました、何てことは流石に言えるはずがないので、少し慌てつつも涼太は適当に相槌を返し、その話題を流すことにした。
「い、いや、何でもない。少し呆けてただけだ」
「そうですか。なら良いのですが……。では気を取り直して、今から服を買いに行きましょう。思わぬ脱線がありましたが、本来の目的は私の服を買うことでしたから」
「ああ、そうだったな。じゃあ行くとするか」
そう言って二人は裏路地を出ることにした。格安デパートまでの道のりはこの場から歩いて五分程。先程と同じように二人並んで歩くことにした。
呼吸をする度に白い息が出てくるのはやはり冬ならではだが、この時期は人肌が恋しくなるものである。
恋人がいる奴らが羨ましいと思うこそすれ妬ましいと思うようなことはしない涼太だが、今まで一度も異性と付き合ったことの無い涼太の隣りを歩いたのは、専ら妹の明日香であった。
しかし、今隣りにいるのはいつもとは違う、明日香ではない女性である。端から見れば恋人のようにも見えるだろう。
(もしかして、俺、今かなりおいしい状況にいるんじゃないだろうか……)
そう考え始めると、隣りを歩く美鳩を意識せずには居られなくなっていた。
涼太の隣りを黙々と歩く美鳩。彼女の首筋から見える肌は透き通る雪のように白く、そして青い瞳がこの街中の景色に映えている。
綺麗だな、と涼太は思った。
彼女がどんな人物なのかはまだよく解らないが、決して悪い人間、というかアルカナではないのは確かである。
考えてもみれば、涼太が死ぬまで美鳩は涼太と居続けることになるのだ。死ぬまで一蓮托生。それは何よりも大切な人生のパートナーとなることを意味しているのだ。
これから涼太にとって、美鳩は本当に大切な存在になるだろう。
そう思うと、自分の隣りにいる少女が、自分にとって尊いものだと感じた。
そんなことを考えながら歩いていると、不意に涼太の方を向いた美鳩、一つの質問をしてきた。
「涼太様。先程も仰っていましたが、涼太様は本当に他のアルカナを手に入れようとは思ってはいないのですか?」
真剣な眼差しで聞いてきた美鳩に少し戸惑いつつも、涼太は今自分の考えを正直に答えることにした。
「ああ。他のアルカナを手に入れようだなんてことは思ってない。確かに人間の域を超えた力が使えるようになるのは魅力的だが、それを手に入れるには人を殺さなきゃならない。……そんなことをするつもりは、俺には無いから」
「そうですか……。では、私達はその方向性で行くことにしましょう。私としてもその方が好ましいと思えます。明日香様も、恐らくは涼太様と同じ考え方でしょうから」
確かに、あの明日香がアルカナを手に入れるために人を殺そうとするとは思えない。大体それは犯罪であるわけで、一般常識から言うのならば単なる殺人犯である。
誰が好き好んでそのような存在に成り果てようか。何にせよ、理由も無しに涼太や明日香がそのような行動にでることはないだろう。
そんな会話をしている内に、涼太達はデパートの前に着いていた。
五階建てのデパート。一応は都会であるので、周りにはビルが多々屹立としている。
その格安デパートのドアは自動ドアではなく、主動の扉なので、扉ガラスに張り付けられた広告が目に付く。書いてある内容は『本日11時から12時までの一時間全品半額セール』であった。
涼太が携帯を取り出し時刻を確認してみると現在10時10時分であった。
何故休日でもない普通の平日の11時からというこの時間にセールを行うのか涼太は疑問に思ったが、そういう商業の仕方もあるのだろうと一人納得した。
「なぁ、美鳩。11時から半額セールらしいから今の内に買うもの確保しとこうぜ」
「ええ。言われずともそうするつもりです。涼太様、私の服にかけるつもりだった予算は幾らですか?」
中々ストレートに聞く奴だな、と涼太は思うが、自分の経済的余裕の度合い考えれば先にいっておいた方が悪い方向に進むことは有り得ないので素直に教えることにした。
「現在の俺の所持金は三万円。美鳩の服に掛けるつもりだった予算は、一万五千円」
女の子の服一式に掛けるお金であるというのに我ながらケチではあると思う涼太だが、この格安デパートならそれだけかければ余裕で買えるのでそれ程悪い金額ではない。
それを聞いた美鳩は、入り口の扉を横にあるデパートの内部案内の地図を見渡した後涼太の方を向くと、
「わかりました。ではその予算内で必要最低限の下着と服を探して参ります。10時50分頃に、二階の……本屋の前辺りで待っていて下さい。それでは」
と言い残したあと、扉を開けて颯爽とデパートの中へと入っていく。
いきなり一人残された涼太は唖然としつつも、まあたまには自分の好きなものでも探しにいくかな、と思い直し、扉を開けてデパートの中に入った。
恐らくは服を選ぶという面倒な作業を美鳩は自発的に省いてくれたのだろうが、実は涼太はそういうのも嫌いでは無かったりもする。
明日香と一緒にこのようなデパートに来ると、明日香が色んな服を着て涼太にその良し悪しを尋ねるのだが、明日香が着る服はどれも似合っていてそれでいて新鮮なので涼太にとっては、それはそれで案外と楽しいのである。
(美鳩のやつも色々と見てみたかったんだけどな……。まあいいや。取り敢えず、本屋にでも寄ってみるかな。新刊でてるかもしれないし)
そう考えた涼太は直ぐに二階の本屋に行くことを決めた。この一週間の間に、もしかしたら好きな作家の小説が発売していたかもしれない。涼太の胸は躍った。
エスカレーターを使い、二階へ出て直ぐ右隣に本屋はある。
いつもならここに来るときは大抵友達と一緒か明日香と二人で来るものだから、一人でその本屋に入るというのが、それまた少し新鮮でもあった。
新刊のコーナーを回るが目当ての作家の作品はまだ出ておらず、少し涼太は落胆したが直ぐに切り直して雑誌系のコーナーへと向かった。
今週発売の週刊誌等が並んでいるが、涼太はそういうものは全て立ち読みで済ませる人間なので大体の場合は雑誌にお金をかけることはない。
漫画の週刊誌を軽く読んだ後、涼太はスポーツ系や趣味系の新刊雑誌の方へと目を滑らせると、涼太は一つの興味深い雑誌を発見した。
その雑誌のタイトルは、『占いをするならここから!誰にでも出来るタロット入門!』であった。
その雑誌を手に取り、涼太はその雑誌の表紙で内容を確認した。タロットに使われる22枚の大アルカナの解説を掲載し、付録として22枚の、タロットカードが付いている本で、値段は1500円というものだった。
若干高めなような気もするが、カードも付録されているなら妥当な値段なのかもしれない。
(……今後のことを考えると、他のアルカナについて多少なりとも把握しておいた方が良いよな)
幸いにも本日はタイムサービスで全品半額になるので、その時間帯ならば格安で買えるのだ。後でまた一応来てみることにしよう、と涼太は思った。
取り敢えず涼太は雑誌棚に戻して置く前に中身はどんな内容なのかと見てみることにした。
よほど上手いイラストレーターが描いているのか、どのアルカナの絵も綺麗に描かれている。漫画的な上手さではなく、芸術的な綺麗さを醸し出していた。
その中で涼太が気になったのは、『隠者』『力』『魔術師』『死』の、4つのアルカナである。
『隠者』は涼太。『力』は明日香。
『魔術師』は先程の高校生辺りの少女。
『死』はその先程の少女が探していたアルカナであるからだ。
その雑誌によると、やはりアルカナには正位置と逆位置があり、一枚のタロットが二つ以上の意味を所持しているらしい。
正位置の向きとは、記載されているアルカナの名前通常の向きであり、
逆位置の向きとは、カードが反転して絵柄が逆さまになり、アルカナの名前が読み辛い状態のことを言うらしい。
書かれていた内容をかなり簡略化してここに表記すると
【隠者】
正位置――思慮深く、分別がある。洞察力がある。
逆位置――孤独、用心深い
【力】
正位置――野性的、勝負強い
逆位置――忍耐力なし、本能に負ける
【魔術師】
正位置――機敏な立ち回り、決断力がある
逆位置――ペテン師、臆病
【死】
正位置――死亡、不幸
逆位置――再生
と、なっていた。涼太達が所持するアルカナの能力に直接繋がることはないかもしれないが、能力の予測に役立つことは間違いないだろう。
先程の少女が探していた『死』のアルカナ。今朝も美鳩が説明したように、死のアルカナの正位置は死を表しているが、逆位置は再生を表していることに涼太は改めて驚いた。
死や不幸を表す不吉なアルカナも、逆位置になるとその意味が反転する場合があるということが意外であった。
タロットのアルカナについて詳しい知識があるわけでは無かったが、『死』というカードが悪い意味を持っているという印象があったためである。
パラパラとページを捲り、軽く他のアルカナにも目を通し、涼太は本も閉じて元の場所に置いた。
本屋のカウンター近くに掛けられた時計を見てみると、時刻は10時20分であった。
(10時50分までにこの本屋に戻ってくればいいんだったな。他の店にも行ってみるか)
本屋を出て適当に行った先は三階。
三階は雑貨屋といった感じで、様々な商品が売っていた。その中で涼太が目を向けたのは、アクセサリー等を販売している店だった。
(美鳩に物を買うのに、明日香に買って置かないのはマズいよな……。日頃の感謝も込めて、何か買っていってやるか)
そう思いたった涼太は、その店に立ち寄ることにした。
平日だからなのか、その店に余り人影は無い。
明日香にどんなものを買ってやるのがいいかな、と悩みながら、指輪やブレスレットなどの商品を暫く眺めていると、涼太は店員らしき人に声を掛けられた。
「いらっしゃいませ。本日はどのような商品をお探しですか?」
中性的な、高くも低くも無い声。
しかし微妙な声のトーンの低さから、恐らくは男性かなと思い涼太は振り向き、そして驚いた。
「……え? あ、明日香? ……え?」
そこに居たのは、明日香の顔に瓜二つな店員だった。
いや、容姿から見るにもしかしたら少女なのかもしれないが、とにかくその店員は、涼太の妹である明日香と顔立ちがよく似ていた。
「――はい?……ええっと、お客様?」
「あ……えっと、すいません。妹の顔に凄く似てたんで、びっくりして……」
目をそらし、顔を若干赤くしながら涼太は小さな声で言った。
勘違いでいきなり声をあげてしまったのは、失敗であったと涼太は思う。もう少し落ち着けばそんな間違いはしなかったのに、と恥ずかしく思うのだった。
「――。そうだったんですか。いえ、僕自身今まで何度も女の子に間違えられてますから、余り気にしなくても良いですよ。それで、今日は何をお求めですか?」
流石は接客業の店員。切り替えが早かった。表情を見るに、確かに余り気にしていないようである。
「ああ、えっと、今日は妹に何かプレゼントしようと思ったんだけど、何を買うかすら決めて無い状態で……」
涼太がそう伝えると、秋仁という名の店員は顎に手を当て、考えるような仕草をして答えた。
「なる程、妹にプレゼントですか……。でしたら、ネックレスや腕輪等は如何でしょうか。休日等で身に付けやすいですし、兄妹に贈るものとしては妥当な物だと僕は思います」
その意見に涼太も頷く。確かにその辺りが妥当だろう。指輪系統は何となく、兄が贈るべき物では無いような気がした。
「それじゃあ腕輪を買ってみることにしようかな。オススメとか、ありますか?」
そう涼太が言うと、店員は笑顔を見せ、「はい。ありますよ」と返答をした。
それはやはり営業スマイルなのだろうが、どこかその表情には本当の嬉しさが込められているようにも感じられた。
(まあ、平日のこの時間帯で実質仕事が少ないから、客への対応があるのが嬉しいのかもしれないな)
と、涼太は秋仁という店員の嬉しそうな様子に、適用な当たりをつけた。
「僕のおすすめは、この三つですね。値段的にも手頃ですし、デザインもさほど飾らない感じですので」
そう言って店員が持ってきたのは、英語で文字が刻まれたシンプルな銀のブレスレットと花の模様の付いた革製のブレスレット、そしてペンギンの絵柄の付いた安物っぽいブレスレットだった。
「あ、因みに値段はどれも6800円ですけれど、今日は11時から半額ですので、実質3400円です」
「まあ、それなら買える値段です。……どれにしようかな……」
しばらく悩んだ後にイメージ的に花の柄をした革製のブレスレットが一番明日香には合いそうだな、と思い、結局それを選ぶことにした。
「それにしますか? ありがとうございます。では、包装をしておきますので、11時のセールが始まってからこちらにいらして下さい」
そう言って笑顔で対応する店員だが、やはりどうにも明日香の面影が見えてしまう。
(世の中に似ている人間は三人はいるとは言われているけど、ここまで似ていると、まるで双子の兄妹のようだな……)
と涼太は密かに思った。
「……ところで、妹にプレゼントだなんて、仲が良いんですね。妹さんとは」
考えている最中にふいに話しかけられたので少し涼太は驚いた。が、直ぐに対応。
「ああ。喧嘩位はたまにしますけど、なんというか、俺、あいつが居なきゃ生きてられないようなものなんで」
完全なるシスコン発言だが、涼太はそれを恥ずかしいとは微塵も思っているようには見えない。寧ろ誇らしげである。
その余りにも大胆な発言を堂々と言い放つ涼太の様子を見て、秋仁という店員は若干引き気味ではあったが、流石に表面には出さなかった。
それから涼太は、美鳩に指定されていた時間よりも少し早めに待ち合わせ場所である本屋の前で美鳩と合流した。
美鳩は買う衣服を入れた買い物カゴを持ったまま待ち合わせの場所に来ていたので、涼太が待ち合わせ場所でお金を渡した後、場所安売りセールが始まると共に直ぐ様レジに並べたようである。
その間に涼太は先程のタロットの雑誌と、明日香に渡す用の腕輪を購入していた。
またのご来店をお待ちしておりますとの、秋仁の嬉しそうな声を受け、涼太はデパートの外で美鳩の荷物を受け持ち、帰路へとつくのであった。
▽
涼太達がデパートを出てから10分程経った後、ぬいぐるみを腕に下げ持ち歩く、一人の少女がそのデパートへと入っていく。
先程の『魔術師』のアルカナを所持していた少女であった。
(色々まわったけれど、結局今日も収穫は無し、か……。まぁ、一人のアルカナ所持者を確認出来たのは良かったけれど、あんな風に言っておいて、まさかその直後に報告なんて出来ないし……)
彼女は、人との間に生じた約束には律儀な性格のようである。
(大体、こんな調査続けて意味あるのかしら?ネット調べた方が圧倒的に速い上に情報量も多いし。……この近くで『死』の所持者が動いたという情報もあったから、確かに蔑ろには出来ないけれど)
少し不満を胸に秘めつつ、デパートに入った彼女は、いつものある場所へと向かう。
『あの人』が働いている、余り商売としては上手くいっていないらしいアクセサリーショップへと。
店に入ると、「いらっしゃいませー」の一言がかかった後、彼女の姿を認めた店員は、溜め息をついた。
「……なんだ。椿ちゃんか……。今日は珍しく人が来るものだなと思ったんだけどな」
「だからって溜め息はつかないで。不愉快だわ。秋仁さんの店が儲かろうと儲からなかろうと、正直言えば私には直接関係ないから」
彼女が会いに来たのは、先程の店員の山内秋仁であった。中性的な声に女子のような顔付き、そして自分とさほど変わらない身長。それが毎度気になってしまうのが、椿の心の内である。
「連れないこと言わないでくれよ、椿ちゃん。僕の今後のモチベーションに繋がる訳だし、関係ないわけじゃないからさぁ……。まぁそれはいいや。どう? 今日の収穫は」
ニヤリと不適な笑みを浮かべて椿に問う秋仁。その様子からは何かを期待している雰囲気が出ていた。
(一週間前から近辺調査が私の仕事になっていたけれど、こんなにいつもとは違う表情を秋仁さんがとるのは初めて見る……。もしかして、さっきのことは既にバレてる……? いや、流石にそれは、無いか)
そう不安に思いつつ、椿は首を横に降って答えた。
「いえ、今日も特に収穫は無かったわ」
先程自分を助けてくれた少年の情報は、そう簡単に漏らすわけにはいかない。そう思った椿は、秋仁に嘘をつくことにした。
だが、直ぐさま秋仁にそれは一蹴される。
「――嘘だね、それは。今日君は、新たな所持者に会った。違うかい? 嘘をつくのを生業として君が生活していたのは知っているけれど、こればかりは僕には隠せない。君は今日、『隠者』の所持者に出会った。これが真実だ」
何故そこまでその情報が筒抜けなのか。椿は焦りを感じていた。ここまで内容を突いているのなら、嘘を通すことなんて出来るはずがない。
「……そう。その通りよ。……何故、そこまで解るの? 私の行動を見ていたの? それとも盗聴器でも仕掛けてたのかしら」
「いや、そんなことはしてないさ。わざわざ椿ちゃんの信頼を損なうような真似はしない。ただ、隠者の所持者がさっき僕の店に商品を買いに来たから、それで解ったんだよ。あ、因みに彼が君のことを話した訳ではないよ。単に僕がそれに気付いただけの話さ」
余計にわけが解らない。彼が自分のことを喋っていないのなら、何を以て気付いたなどと言うのだろうか。
秋仁の所持するアルカナには、そんな能力があるというのだろうか。
「まぁ何にせよ、君が僕に嘘をついたことには変わりない。アルカナに関する情報は、与えられた仕事中には逐一報告の義務があるのは知っての通りの筈だしね。では、君に罰を与えるとしようか」
そう言って秋仁は嫌みたらしくニコリと笑う。
仕方がない、どんな処分であれ受けるしかないだろう。
秋仁が率いる組織内では、正確な情報の提示が優先される。
その前提を守らない者には、秋仁によって処分が下されることになっているからだ。
「……どうぞ。処分は何なりと」
「それじゃあ処分を下す。『死』のアルカナの調査の仕事は暫く中止。君には今から、『隠者』の所持者を僕たちの組織に勧誘、そしてその隠者の所持者の護衛を優先的に行うことを命じる。大変だけど、頑張ってね」
「……了解、したわ」
勧誘に護衛。一番やりにくい仕事をまわされることになってしまったが、処分としては甘い方だろう。
面倒ではあるが、やるしかない。
藤野椿十六才。
涼太達の知らぬ間に、彼女の運命が、ここでまた一つ動いていたのであった。