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第3話 『死』を求める魔術の少女




「……あれは痛かったな……。人生の中でもベスト3に入る位の痛みだった」


「先程のは単なる自業自得だと思いますが。涼太様」


 今現在、涼太と美鳩は街中を二人で徘徊している。久々に外へ出られるようになったので何かと行動したい気分にかられたからである。


 因みに明日香は現在進行形で学校で授業中である。


 先程涼太を殴った後、痛みに苦しむ涼太の介抱は美鳩に丸投げして、明日香は学校へと行ってしまっていたのだった。


 涼太の学年は本日学級閉鎖が解けたばかりのようなので、未だに涼太は一応は公欠扱いだが、涼太自身が病気にかかっていたことになっているため、外へ出たのがバレれば当然叱責されることだろう。


 しかし、そんなことは大したことでない、と本日の涼太は判断。


 とにかく体を動かすことを優先としたのだ。隣には美鳩を連れて歩いている。


 最初に現れた時の古めいたフードの服では流石に人目に付くため、美鳩は現在、明日香の服を着て外へ出ている。


 今月はまだまだ肌寒い真冬の2月であるので、涼太も美鳩もかなり厚着をしている。二人並んで歩くその姿は、周りから見れば恋人のように見えるかもしれない。


「いや、確かにそうだけどさ……。兄としては触って確かめてみたいものなんだよ。どの位成長したのかさ」


「……そういうものなんですか? 私にはよく解りませんが……。まあ兎にも角にも、先程殴られて身にしみたはずですから、逆位置の能力を発動中に肌に触れられることは絶対に無いようにしてください。アルカナ所持者に捕まった場合は、最悪瞬殺される可能性がありますから」


 つい耳を塞ぎたくなるような現実を聞いた涼太は、一瞬顔をしかめる。


 しかしその数秒後、何かを思い出したようにその顔は明るさが戻った。


「わかってるさ。でも、この存在の希薄化の能力がある限り相手は俺の存在を認知出来ないんだろ? だったら俺自身が捕まることも有り得ないはずだ。だから、きっと大丈夫だろ」


「確かに、一般人では存在を認識することは無理です。ですが特殊な能力を持つアルカナ所持者が相手では、どのようなことが起こるかは解りません。ですから、絶対に気を抜かないようにして下さい」


 確かに楽観視は出来ないだろう。自分が持つアルカナ自体も強力な力を持っているのだ。


 他の所持者のアルカナにも隠者の能力を突破出来る能力があっておかしくないはずだ。


「……ですが、明日香様が普通に生活しているのですから、そういった襲撃を受けることも無いのかも知れませんね」


「そうであってくれると嬉しいんだけどな……。なぁ、美鳩。話は変わるけど、服でも買いに行かないか? このまま明日香の服を借り続けるのも気が引けるし、自分の服くらい欲しいだろ?」


「……そう、ですね。買っていただけるならば有り難いですが、よろしいのですか?」


「ああ。これから服ぐらい必要になるだろうしな。それに俺の小遣いから出すから問題ないさ。家の金は全部明日香が管理してるから、俺自身は今それほど金は持ってないけど。まあ、服一式買う位の金はある。だから気にせず好きな服を買ってくれ」


 涼太がそう答えると、美鳩は少し悩む様子を見せたが、自分の中で納得したかのように頷いた。


「それでは、御好意に預からせてもらいます。この借りは、働きをもって返しますから」


「うん。そうしてくれ。それじゃあデパートにでも向かうとするか」


 今まで行く先も無いまま適当に歩いていたが、目的地が定まったので涼太はくるりと後ろ側の道に方向転換することにした。


 一番近くて商品が安めのデパートがそちらにあるためである。


 先程は威勢良く代金は自分で全部払うと言い切った涼太だが、高い服屋に行ってしまえば服一式を買うことなど予算的に出来ないため、やはり格安で服が手に入る場所に行きたいのである。


 歩き始めて五分後、デパートへ行く際に通り過ぎる小さな狭い路地を通り過ぎようとしたところ、突然大きな音が鳴り響いた。


 何か積み上げてあった物が倒れたような音である。


 その中には貴金属も入っていたのか、金属音も混じっていた。


 しかし今日は平日。周りにそれ程人は居ないので、今の音に気付いたのは涼太と美鳩位だろう。アルカナの能力への慢心と好奇心から、涼太はその物音がした路地を見に行きたいと考えた。


(……ケンカか何かでもやっているのか?)


 涼太は周りに人が居ないを確認すると、上着のパーカーのポケット内のカードに手を触れ、小さく呟いた。


「……隠者、逆位置。美鳩と俺に能力を付加」


 涼太と美鳩には感覚的には一切変わったような感じはしないのだが、能力使用の宣言をすれば確かに能力が発動することは今朝の明日香で確認してある。


 そのため、それほど恐れの感情を持つこともなく、そのまま涼太は物音がした路地へと入ることにした。


 そこにいたのは男性が三人と、ぬいぐるみのような物を抱えている高校生辺りの茶髪のセミロングの髪型で毛先が少しカールしている感じの女子が一人。


 男性三人がその女性を囲むような形になっていて、何やら言い争いをしているようだった。


 状況からして危うい立場にいるのは少女の方だと推察される。


 辺りには先程の物音の原因であろう金属製のゴミ箱と、その上に乗せてあったらしい段ボールが三箱ほど散らばっていた。


 そしてその少女は、怒りに顔を歪めながら男共に文句の言葉を言い放った。


「……ねぇ。あなた達、女の子一人を三人で囲むなんて、そんなことして恥ずかしいと思わないの? もし、私に手を出すつもりなら……あなた達、大怪我じゃ済まさないから」


 高校生辺りの体格に似合わずない、ぬいぐるみを持ったまま気丈な発言をする彼女の姿は若干異質なものだったが、強気な発言は逆に、よく見るとその彼女の体は震えているように見えた。


 その言葉を聞いた男の中の一番身長の高い一人が、笑い声をあげながら答えていた。


「この状況下でよくそんな啖呵を切れるね、君。何がどう大怪我が済まさないのかしらないが、今から俺達がたっぷり可愛がってやるから、安心しな」


 そう言い放ち、彼らは気味の悪い笑みを浮かべた。この言葉と今の状況から、これからあの少女の身に何が起きようとしているのかは、容易に推察される。


 その彼らの様子を見て、怖くなったのかそれとも気味が悪くなったのか、彼女は二、三歩と引き下がった。


 しかしその後ろは壁。


 逃げることも出来ない上に恐らく彼女一人でこの三人の男共から逃れる術は無いだろう。


(……最低な野郎共だな)


 その様子を見てしまった涼太は、怒り心頭に発した。


 あの少女を助けてあげたいというよりも奴らを殴りたいという感情の方が大きいが、冷静になってみれば人生の中で人を殴ったことなのど今の一度も無いので喧嘩など出来ないだろう。


 先程の様子を涼太の横で見ていた美鳩は涼太の考えを汲み取り、涼太に自分の考えを進言することにした。


「涼太様。こういった場合は警察というものを呼べば楽にこの場は収まります。……ですが、ああいった輩の存在は私も許せません。もし、涼太様が彼らを殴り倒したいとお考えならば、手袋を嵌めてこのまま殴るか、隠者のもう一つの能力をお使い下さい」


「もう一つの能力って……正位置の、『集中力の増加』ってやつか? 正直それを使ったところで喧嘩経験0の俺には効果はないんじゃ……」


「いえ、大丈夫です。確かに身体能力自体は上がりませんが、その能力を使えば胴体視力や判断力も上昇しますから。……それに、あのような腐った輩も倒せないようでは、アルカナ所持者に狙われた時には殺されてしまいます」


 そう言われてみれば確かにそうである。


 今までの平穏な暮らしとはかけ離れた力に関わっていくのだ。一般の理論から逸脱した力の持ち主が、この程度のことにビビるわけにはいかないだろう。


 涼太が存在の希薄化を解いて正位置の能力に切り替えて、初の喧嘩に挑もうと決意したとき。


 男共に囲まれている少女は彼らに出来る限りの睨みをきかせ、唇を震わせながら呟いた。


「これが、最後の忠告よ。さっさとどこかに行きなさい。そうしなければ……私は貴方達を殺してしまうかもしれない」


 抱いていた、道化師をかたどっているようなぬいぐるみを片手に持ち、もう片方の手をスカートのポケットの中に入れ、そして『ある物』を取り出した。


 それを彼らに見せつけるようにして彼女はそれを持った方の腕を伸ばした。だが、言葉とは裏腹にその腕はとても震えていた。


 その彼女の取り出した物を見て三人の男共は大爆笑を始める。


 確かに、何も知らない奴がそれを見たところでその怖さは全く解らないだろう。しかし『それ』は実際は使い方によってはナイフや拳銃を凌駕する力を持つものだ。


 だが彼らにとっては寧ろこの状況下でそれを取り出した彼女の姿が滑稽に見えたことだろう。


 先程の背の高い男が笑いを抑えながら声を絞り出した。


「自信満々に言うから何かと思えば、取り出したのは占いに使うような変なカードか? そんなものがどうしたっていうんだ」


 そう言って彼らはまた笑い出した。


 その様子を見ていた涼太は表情を青くし、そして今から自分が助けるべき対象が違ったことに気がついた。


 今自分が守るべきなのは彼女の身体ではなく、彼女の精神的な面の方にあるのだと。


 今本当に危険な立場にいるのはその少女ではなく、男共の方だったのだ。


 何故なら彼女が今手にしているのは、タロットカード。しかも、涼太や明日香が持っているものに酷似してるのだ。


 目を凝らして彼女の持つカードの表記が見たが、書いてあった文字は『Magician』。要するに『魔術師』のアルカナだ。


 あれが本物ならば、彼らは涼太に殴られるのと比べものにならない程の被害を受けることになるだろう。


「……なぁ、美鳩。あれって本物だと思うか?」


「私が見る限り、恐らくあれは本物のカードです。まさか、こんなにも早く所持者に遭遇するとは予想もしてませんでしたが……」


「様子を見るに、彼女は人にアルカナの力を見られることを怖がっている……というよりも使うことを嫌がってるに見えるんだが」


「そうですね。どうやらそのようです。ですが、彼女が魔術師のアルカナの所持者なら、わざわざ涼太様が助ける必要は有りません。彼女を殺すつもりも殺されるつもりもないのなら、この際、接触は避けた方が良いかと思われます」


 美鳩の言う通り、それが最善の手だろう。涼太は彼女を殺してアルカナを奪うなどとは微塵も思ってはいないし、自分が殺されたいとも思わない。


 このまま涼太がこの場を去れば、彼女が魔術師のアルカナの力で彼らを処理するだけなのだ。


 わざわざそれに干渉する必要はない。


 だが――――。


 涼太はその場で存在の希薄化の能力を解き、美鳩を強制的にカードの中へと戻した。


 霧がかかった様に消えゆく最中。いきなり涼太が自分をカードに戻したことに美鳩は驚き拗ねたような表情をしていたが、


 後で謝れば良かれと思い涼太はそれを黙殺した。


 そしてはっきりとした意志を込めて呟いた。


「……隠者。正位置」


 涼太が隠者の能力を解いた瞬間に、丁度彼の方を向いていた彼女は驚きに目を見開いていた。


 いきなり人が現れたように見えたら、驚くのも無理は無いだろう。普通は腰が抜けても良い位の光景である。


 彼女を囲んでいた三人の男達は涼太のいる方を見ていなかったので、まだ涼太の存在には気付いていない。


 彼らの一人が彼女に手を伸ばし、その肌に今にも触れようとした瞬間、涼太は思い切って叫んだ。


「おい、お前ら! その人に触れるな! ぶっ飛ばすぞ!」


 自分で言って驚く程の啖呵を切ってしまった涼太だが、悪い気は全くしていない。寧ろ高揚感を感じていた。半分は恐怖、半分は挑戦することの楽しみからである。


 涼太の存在に全く気付いていなかった男共はいきなりの大声にビクッと肩を奮わせた後、涼太の方へと体を向けた。


「何だおま――――」


 男の一人が言いかけた瞬間、その顔に衝撃が走った。余りの不意打ちに対応すら取れず、その意識は吹き飛ぶ。


 待ち受けていた涼太の拳がその顔面を打ち抜いていたのだ。


 よほど当たり所が悪かったのか、その男はその一撃で気を失い、突然のことに茫然としていた彼女の方面へと倒れた。


 彼女は全力でその男との衝突をかわし、そしてその男はそのまま顔面から地面へ体を打ち付ける。気を失っている状態だろうから、男はコンクリートの痛みは感じずに済んだ。


「……不意打ちとはいえ、まさか一撃で不良が沈むとは……。俺ってもしかして実は強かったりして」


 自らの拳の痛みの余韻に涼太がそう呟くと、先程まで彼女につっかかっていた背の高い男が怒りに吠えた。


「なんだてめぇは! いつからそこにいた!?」


「結構前からいたんだが……どうやらお前らは、俺の存在にすら気付いてなかったみたいだな」


 その場のテンションとその高揚感から、口調までもが中二化してしまっている涼太だが、今の彼にはそれが丁度良いようで。


 大体、アルカナを使っていたのだから彼らが涼太の存在に気付く筈がないのは涼太自身わかりきっているのだが、それでも優越感から上目線な発言が飛び出すのを抑えられなかったようだった。


「はっ。気付かなかったのはお前の存在感が薄すぎたからだろうよ! お前は何かのヒーロー気取りか? 一人倒した位で調子に乗んな!」


 背の高い男がそう言った瞬間、二人の男は一斉に涼太にかかっていった。


 通常の状態の涼太なら目を瞑って縮こまってしまいそうな拳だが、正位置の隠者の能力を使っている涼太にとっては、何てことのないただの握り拳のように見えていた。


(集中力が高まればここまで見えるものなのか……。すげぇ!)


 どの位置に拳が来るのかが、最大まで高められた集中力によって今の涼太には的確にわかるのである。


 左側から来た拳を、頭を少し右に動かすことによってかわし、そのままその男の開いたボディに涼太は思いっきり蹴りを放った。


 狙ったのは、みぞおちピンポイント。


 涼太の足が男のみぞおちの位置にジャストでめり込み、その男は悶絶する。男は苦痛に顔を歪めながら腹を押さえ、前屈みに地面に倒れていった。


 その男が倒れている間に迫り来ていた、背の高い男の鋭い蹴りを、涼太は少しだけしゃがんでかわす。


 頭上で空を切るような音がヒュンと鳴ったが、一度避けてしまえば脅威ではない。


 そしてその男の足が通り過ぎて地面につく前に涼太はその男のもう片方の足を掴み、引っ張って倒れさせた。


 背の高い男は手を地面に付け、後頭部と地面との衝突を避けたのだが、その瞬間ノーガードの顔に涼太の蹴りが入ったために腕にも力が入らなくなり、仰向けの状態で気絶したのだった。


「よっし、楽勝!」


 人外な能力を発揮出来たことと、初の喧嘩での勝利から、涼太のテンションは相当に上がっていた。


 つい口から出た言葉にあわせて自分の手を握りしめ、彼は勝利を実感する。


 集中力の増加という名のアルカナ能力がもたらした惨状ではあるが、それを知らない少女は、涼太の余りの手際の良さに驚いていた。


(いきなり何も無いところから現れたと思ったら、この人、何故か私を助けてくれたけど……何かの達人なのかしら……)


 しかし外見からして彼がそれほど体を鍛えているようには見えない。


 考えてみれば、どんな達人であっても気配を無くすことは出来こそすれ、『存在自体』を消すことなど出来ない筈である。


 あるとするなら――――。


「なぁ君、大丈夫だったか? 怪我とかしてないか?」


 いつの間にか近くに来ていた彼の声にはっと気づき、その少女は少し逡巡した後、静かな声で答えた。


「怪我なんて、してないわ。大丈夫よ。……本当は私一人の力でも何とかなったのだけれど……でも、一応助かったわ」


 彼女は、言葉不器用な自分にしては思ったよりもまだ素直に言葉を言えたことに少し安堵しつつも、


 自分の『一人でも何とかなった』発言に目の前にいる涼太がどう反応するかが気になったが、彼が至って普通の表情のままでいたことに少女は驚いた。


 誰が聞いたって単なる強がりにしか聞こえない言葉であるはずだが、馬鹿にしている様子は彼からは一切感じ取れない。


「ああ、わかってる。君のアルカナなら、奴らを倒すことなんて簡単なことだっただろうからな。ただ、君はアルカナを人に使うのが嫌なんじゃないかと思って俺が行動に出ちまった」


 その言葉を聞いて、即座に少女は気付いた。


 彼はアルカナ関連者だということを。一気に彼女は警戒心を高める。助けた理由に、疑いをかける。


「へぇ……。私が、アルカナ所持者だとわかってながらも私を助けたってわけね。それにはどんな意味があるのかしら?」


 一般人ならまだしも、アルカナ所持者相手でそれを助けるのなら、何かと意図があるはずだろう。いや、無ければおかしい。


 少女は警戒してそう考えたが、実際には涼太には意図も考えも何もないわけで、答えに詰まった。


「いや……、特に何も考えずに君を助けようと思ってあいつらに殴りにかかってみたから、意味とか特に無いんだけど……」


 その様子をみた少女は、疑いの念を緩めた。彼が嘘を言っているようには見えないと感じたからだ。


 ただの善良な人間らしい。いわば、お人よし。そう考えた少女は、彼に一つの質問をすることにした。


「貴方、さっき私のアルカナを見たわね?なら、ギブアンドテイク。貴方のアルカナを教えてくれないかしら」


 相当に理不尽な質問。大体ギブアンドテイクですらない上に、答えた時点で自分はアルカナ所持者なのだと教えてしまう意味合いを持っている。


 当然涼太が嘘をつく可能性もあるが、彼女はアルカナ能力を使わずとも相手の嘘を見極める力を持っている為にそれは通用しない。


 若干迷った素振りを見せながらも、結局は涼太はその質問に答えた。


「俺は『隠者』のアルカナ所持者だ。で、さっき君が言ったとおり、俺は君のアルカナを見た。君のアルカナは『魔術師』だろ?」


「ええ……。そうよ。私は魔術師のアルカナの所持者。……貴方、本当に嘘をついてないみたいね。そんな簡単に自分のアルカナを教えて大丈夫なの?」


 何だか彼は素直過ぎて、逆にこちらが心配してしまう程である。


 だがそれ程簡単にアルカナを教えるのは、彼は自分のアルカナに絶対の自信があるのかもしれない。


「大丈夫か、というのは君の行動次第で決まるから何とも言えないけど、君は多分俺の情報を利用することはないだろうとは思ってるよ。だから、俺のアルカナを教えた」


 それは単なる過信。人を勝手に信じるという押し付け。裏切る可能性だってある。


 それでも彼は素直に自分に伝えてくれた。


 そして彼は、自分が悪い人間ではないと考えてくれている。


 そう考えたら、涼太への警戒感は殆ど無くなっていた。


「……そう。まあ、確かに私は無闇やたらに情報を渡したりなんてする気はないわ。でも、気をつけて。私が所持者に捕まって情報を聞き出された時には貴方のことを話してしまうかもしれない」


「それはお互い様だな。俺もそういう場合には君のことを喋ってしまうかもしれない」


 確かにそうだ。だが、今彼が先ほどの質問に答えなければ、彼の方は不利な状況にならずに済んだのだ。


 それを考慮するならば、自分が先程提示したギブアンドテイクを採用した際、今彼に何かしらの情報を与えるべきは少女の方である。


 だが、その前に彼女は聞きたいことが一つだけあった。


「その時は、私はそれで構わないわ。私の情報は知られても良いの。寧ろ好都合よ。でも、私は極力貴方の情報は漏らさないようにするわ。ただ、あと一つだけ聞きたいのだけれど……貴方、『死』のアルカナ所持者についての情報を知らない?」


「死の、アルカナ? いや、残念だが俺は知らない。そういうことに関しての情報は何も持ってない」


 その様子から、彼女は涼太が嘘をついていないことが解った。


「そう、残念。まあいいわ。じゃあ、貴方が私に聞きたいことはあるかしら?」


 そう聞かれて涼太は悩む。恐らく、というより確信だが、彼女は嘘をつかずに涼太の質問に答えてくれるだろう。


 しかし聞きたいことはあるかと聞かれると、意外と思いつかないのであった。


 少し悩んでから、涼太は二つの質問をすることにした。


「じゃあ、何でさっき奴らに絡まれたか、ということと、他のアルカナ所持者についての情報を聞きたいんだが」


「ええ、いいわ。答えましょう。さっき私が奴らに絡まれたのは単純に私がこの近くをふらついていたから。ただそれだけよ。私を襲おうとするなんて、余程奴ら飢えていたのかしら?気持ち悪い」


 吐き捨てるように言葉を紡ぐ彼女。その言葉からは先ほどの男共に対する苛立ちと怒りが感じ取れた。


「アルカナ所持者については……、一人分の情報だけでいいかしら?」


「ああ、それで構わない」


 例え一人の情報が知れるだけでも、今後の対策には繋がるだろう。


「じゃあ教えるわね。正確にはよくわからないけれど、『思考を読み取る力』みたいな能力を持っている人に前に会ったわ」


 思考、心を読み取る力。一体どれ程のものなのかは分からないが、少し考えるだけでも、その能力が強力である事は伺える。


「彼女の名前は春野明歌はるのめいか、新野山高校の二年だそうよ。彼女からは貴方並みにお人好しな印象を受けたわ」


 新野山高校。それは県下の有名進学校である。距離は涼太の通う学校の最寄りの駅から電車で五分といった所に位置する学校である。


 その『春野明歌』という少女に出会う可能性が高い涼太にとっては、かなり重要な情報であるだろう。


「彼女に交戦の意志は無いわ。だから、もし出会っても彼女から攻めてくることは、まず無い。それに私を殺そうとしないのだから、貴方も戦う気は無いんでしょう?」


「ああ、無い。別に他人を殺してまで他のアルカナが欲しいとも思わない。俺が欲しいのは安全と安心、ただそれだけだ」


 その涼太の答えを聞いた少女は、苦笑を漏らした。しかしその顔には楽しそうな面も垣間見える。


「……安心と、安全、ね。それを求めているのに、今貴方は危険極まりない行動を取ったわけか。……本当に馬鹿なのね」


 言葉こそ誉めたたえてはいないが、その口調は存外嬉しそうである。


 彼は都合が悪くなると解ってた上でも行動を起こしてくれたのだと思うと、少女は悪い気分にはならなかった。


 自分の頭に人差し指を当て、少し考えるような素振りを見せた後、彼女は口を開いた。


「今から私はこの場を去るけれど、もしも今後また貴方と私が会うことがあれば、……その時には、私の名前でも教えてあげるわ。それじゃあ」


 その言葉を言うのが彼女にとっては何か恥ずかしかったのか、彼女の顔は少し赤くなっていた。


 そして彼女は軽く手を振り彼女は涼太の横を通り過ぎて去っていく。そのもう片方の手にはやはりぬいぐるみが握られたままに。


 涼太はそれを呼び止めることはしなかった。


 ――それが、彼らの今後を左右する、『魔術師』の彼女との最初の出会いだった。



 


 メインヒロインさん(暫定)の登場回でした。


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