帰り道に歌えば
すっかり暗くなった帰り道。
校門の前で手を振ったあの子と別れると、私はえい、とペダルを踏んだ。
一人の道はいつもより暗くて、寂しくて、なんだか無性に泣きたくなった。
取り留めもないことを考える。
どうして自分はこうなんだろう。
今日も自分はダメだった。
何度も何度も練習したのに、白くなった頭は私に何も考えさせてはくれなかった。
時間は巻戻らない。なのに私は失敗を繰り返す。
一日の記憶がずぶずぶと私の気持ちを沈みこませた。
ああ、頬に当たる風が冷たい。
一歩ペダルを踏む事に、私の頬を切る冷たい風は強くなった。
一度漕ぎ始めたペダルは止まることなんかなくて、沈んだ気持ちとは裏腹にどんどん私の身体を運んでいく。
止まれ
止まれよ
怖いんだ
通い慣れたはずのその道なのに
照らす光など何もなくて
私の不安と寂しさを纏ったように
いつもとは違う顔を私に見せる。
震える足と、震える手。
きっとそれは寒さのせいだけじゃない。
見知らぬ世界に独り、放り込まれたような気分になった。
どうして。どうしてなの。
どうしようもない不安と寂しさが溢れて、塞き止めていたものがこぼれだしそうになった。
その時。
不意に聞こえたのはあのメロディー。
それはなんだかやたらと暖かくて、ひどく冷たい雫がひと粒落ちた。
無意識に口ずさむあのメロディー。
それは歌い慣れたあの歌で、いつもいつも聴いていた。
口に馴染んだその歌は自然と唇から溢れ出し、私の周りをくるりと囲んだ。
道は急に光を取り戻し、世界は見慣れた顔を見せるようになる。
ああ、私って、人間って単純。
だってほら、もう私は笑ってる。
ひとつ音がこぼれるたびに、かつてこの歌を一緒に歌ったみんなを側に感じた。
大丈夫。
私は一人じゃない。なぜかそう素直に思えた。
この歌を聴くたびに、この歌をうたうたびに、私はみんなを思い出す。私はみんなを側に感じる。
だから、ほら、もう怖くない。
一人の道も、怖くない。
震えていた足は強くペダルを踏み、震えていた手は強くハンドルを握った。
勝手に動き出す唇はそのままに、私はいつもの道を駆けぬけた。
暗くてよくは見えないけれど、確かにそれは通い慣れたその道だった。
そして。
ついに私はブレーキをにぎった。
みるみる速度を落とす自転車。
地面に足をつけて、スタンドを立てる。
鍵をかけて、荷物を掴むと、その重さに軽くよろけた。
顔を上げれば、ほら。もう目の前には家がある。
歌を紡ぎだす口を閉じて、大きく息を吸い込んでからまた開く。
ただいま
そう伝えたい人がここにいるから。
そう伝えたい、みんながいるから。