Chapter.2 竜麗
すいませんね、Bullet Author(http://ncode.syosetu.com/n8787bp/)の大幅改変(詳細は活動報告にて)と並行しているので現在執筆速度遅めです。
それでは第2話スタート!
あれからどれだけの時間が経過しただろうか。俺は意識を取り戻し、即座に目を開ける。
空は晴天。先程と変わらず現実では一年に一度くらいだろう素晴らしい空が広がっている。地面は固く、平らで人工感がある。手触りはざらざらしていて、これもさっきと同じアスファルトの地面だろう。顔を仰け反らせ、後ろを見る。窓に反射した日光が目に痛い。そこにはただ高層ビルがあるだけで、ここは恐らく倒れた場所と同じところ。どれだけ倒れていたのかは知らないが、誰かが運んだりした様子はないのだろう。
身体を起こす。辺り一面に人が倒れており、その様はまるで一種の宗教性を感じさせるほどだった。死屍累々と言ってもいい。車などは走っておらず、一つ飛び抜けた高層ビルにあったモニターの映像も止まっている。時が止まったような、ベタなSF小説のような風景だ。自然と景色が灰色に見えてくる。
隣を見る。リアとジョンは変わらず横たわっているが、息はしているし、顔色もさほど悪くない。何というか、ただ睡眠しているようにも見えなくない不思議な光景だ。二人の横には、豪邸の入り口にありそうな一列に並んだ石像が何者かの襲撃により倒されたような感じで倒れている。周りを見ても誰も起き上っていないので、恐らく今目覚めているのは俺だけなのだろう。
俺だけ、というところに若干優越感を感じつつ、俺はその場から立ち上がる。服や手に付いた石ころを払い、人を避けつつ歩いてみる。こつ、こつ、と自分の足音だけが街に響く。異常な違和感に吐き気すらするが、それをどうにか抑え込み、歩き続けていく。宇宙人とか未来人とかが出てきてもおかしくないので何かしら武装したい気分だが、生憎武器は所持していないし、仮にアイテムボックス――ストレージに用意されていたとしても、そもそも窓の出し方が解らない。とんだクソゲーに入ったものだと溜息を吐きながら、更に歩いていくと、ふいに自分の視界が暗くなるのを感じた。日が落ちたにしては早過ぎるし、この一帯だけなので何か飛行する物体が太陽を覆ったような――。
見上げると、そこには竜が飛翔している様なシルエットがあった。
いや、恐らくこれは本物なのだろう。シルエット、というのは陰になっているからそう見えるだけで、本当に竜なのだ。それもそのはず、このゲームはタイトルにもあるように竜なくして存在しないゲームなのだ。竜が全ての中心であり、ただ一つの敵。他のゲームで軽く中ボスくらい張ってそうな奴が雑魚モンスターという、とにかく竜しかいない世界。だから大して驚く必要もないはずなのだが、一つ、不審な点がある。
このゲームは、人間の住む《人間界》と竜の住む《竜界》という二つのエリアで構成されている。だが、この『界』というのは一般的に言うような、空間全てをいうものではない。《人間界》と《竜界》は共に同じ空間に存在しているのだ。この世界は、八つの島で構成されている。一つ、中心に明らかにボス戦用だろうと思われる、あたかも埋立地かのような島があり、その周りに配列は規則正しいが形は歪な島が七つある。そして、その余りにも適当に考えたであろう構造で成り立った世界にある七つの島には、それぞれ一つの大きな街がある。ここは恐らくその一つなのだろう。そして、それぞれの街の端のところには結界が張られており、そこが世界の分かれ目という感じだ。界というよりは県境といった感じだ。そこから分かること、それは竜が街の上を飛翔することはあり得ないということ。結界と言っても穹窿状なので、相当な高度まで達すると竜でも通過できるらしいが、今の高さは明らかにそんな高度ではなかった。飛行機で言うと、離陸後十秒もすれば到達していそうな高さだ。そんな高さを竜が飛んでいるということは有り得ない。
そして遠方へ飛翔していったかと思われたその竜が、燕返しかのようにこちらへ戻ってくる。さっきよりも明らかに速い――何か獲物を見つけたような速度で戻ってきて、そして俺の頭上に来た後、ゆっくりと降下してきた。羽ばたかれる羽から起こる強風で辺りの人が吹き飛ばされ、隅の歩道の方にごみのように人が積み上げられていく。その姿に目を瞑って、竜の方を見ると、竜は俺のすぐ目の前――数メートルの距離に足を付けて着地した。ワイバーン、だろうか。青い翼を持ち、赤い目をしたRPGの典型的なタイプだ。正確な名前は解らないが、その一種であることはまず間違いないだろう。そのワイバーンは俺を凝視する。じろじろと睥睨するように見られるので、その偉躯に畏懼してしまう。そう言えば偉躯と畏懼は同音だ、などと考えていると、ワイバーンは空高く飛翔し、上からこちらを睥睨し続けながら、開口した。
――嘘だろ……?
俺は戦慄した。その口の中には、焔が燻るように小さく燃えていたのだ。牙の隙間からは煙草のように煙が逃げていく。竜は仰け反り、暫くそのまま停止した。そして、深呼吸をしているようなその体勢から、再び顔と身体を起こして――。
焔が放射された。
そして、ここで終わりかと諦めた瞬間、その焔は目の前に立ちはだかった誰かによって防がれた。
焔がどんな形状だったとか、焔がどうやって防がれたかとかは全く解らなかった。ただ目の前にあるその状況を有り体に説明するなら、竜と俺の間に、一人の着物を着た少女が立っていて、竜が軽く、俺は酷く驚いた表情を浮かべているという様子だ。少女の長い黒髪が微かに俺の頬を撫で、仄かに女の子の香りが香る。
その後、その黒髪の少女は人類には不可能な高さまで遥か高く跳び上がった。後ろ姿なのでよく解らないが着物の――恐らく帯辺りだろうところに手を入れた少女は、そこから一つの黒い塊を取り出した。それを右手で持ち、左手を添えるようにして、右手人差し指を手前に引いた瞬間に発砲音のようなもの――いや、恐らくそれそのものが轟く。黒い塊は、恐らくハンドガンだ。少女はそれを立て続けに二発撃つと、竜の方は顔の目の辺りを手で痛そうに押さえた。そこから流れるは、赤い血。恐らく両の眼を撃ち抜いたのだろうが、それにしても非道なやり方だ。その後、そのまま勢いに任せて前方に進みながら降下する少女は、次は右脚を後方に引いた。まさか、と思っていると、見事その予想は的中し、少女は竜の顔面を思い切り蹴り飛ばしたのであった。バランスを崩した竜はふらっと蹌踉めき、脱線した電車のように横転する。そして、活動を停止した。
少女は、竜の死体――いや、死んではいないのだろうか――を空中で跨いで着地すると、ゆっくりと振り返った。一瞬敵意を向けられたような気がして、慌てて引き攣った笑みを浮かべてしまったが、それは杞憂で少女は柔らかく微笑んだ。
「もう大丈夫ですよ」
一瞬、莞爾たるその表情に見惚れてしまう。少女がこちらに向かう一歩を踏み出し、こつ、という足音が響いたところではっと我に返り慌てて取り繕ったように姿勢を正すと、少女はおかしそうにくすくす笑った。
「あ、あの、助けてくれてありがとうございました」
「いえいえ、礼には及びませんよ」
少女が一メートル程にまで接近した。ようやく動悸も治まってきたので、俺はその少女の容姿を確認した。黒を基調にし、疎らに梅の花と思われる花をあしらった着物に、鮮やかな紅色の帯を締めている。髪は先述の通り黒髪で、前髪、サイド、後ろ髪の全てにおいて真っ直ぐに切り揃えている。長さは、前は目にかかる寸前、横は胸の辺りまでで後ろは腰に近いところまでだ。少女から見て右側は梅の花を模した簪で飾られており、耳にかかるはずの髪は後ろでリボンによって括られており、掛からないようになっている。着物を着ているので身体のラインはくっきりしないが、袖から出る腕の華奢さや顔の透き通るような白さが美人であることを象徴している。一言で言うなら、純粋な大和撫子といったところだ。
「……どうされました?」
随分と長い間見惚れていたのか、少女が訝るような視線を向ける。俺は急に恥ずかしさが込み上げてきて、慌てて取り繕う。
「い、いや、何でもないよ」
「そうですか」
幸い詮索をされることはなかったので安堵する。そして、その余りの嫋やかさのせいか忘れてしまっていたことを質問する。
「あ、あの」
「何でしょう?」
「さっきの力は……何なのですか?」
少女につられて、ぎこちない敬語を使い始める俺。そんな自分に心底情けなさを感じながら、俺は少女の、大和撫子にしてはやけにハンター染みた泥臭い戦いぶりの中にあった恐ろしい技量の高さの理由に耳を傾ける。
「……自分でもよく解りません」
絶句。
「どうやら討伐したいと強く願うと一時的に強化されるらしくて……。何というんでしょう、《想いの力》とでも言うべきでしょうか」
そして、驚愕。驚愕したところは、技量の高さではない。今度は説明書もないこのゲーム内で、しかも大半は倒れていた訳だからそれ以前の数十分程の時間でこの少女がそれだけの裏設定的能力を発見していることだ。
「へえ……凄いな」
「まあ、単にあの竜達の力がないだけかも知れませんけどね」
そして、もう一つ。
「あ、あのさ、このゲームって、銃とかあったの?」
「銃も存在するようですよ。普通のゲームでは剣と銃が一緒になったりすることはないそうなのですが……どうやらこのゲームは現実世界に存在する全ての武器と他特殊武器が全て搭載されているようです」
「へ、へえ……」
それはゲームバランスとしてどうなのだろう。剣同士、銃同士ならバトルが成立するのであっても、剣と銃は同じ性能ではない。日本刀は威力としては銃より強いというが、西洋の剣なら銃弾には勝てない訳だし、速度を計算に入れると銃が圧倒的だ。特殊武器、というのは魔法系の武器だろうが、それも銃の前には敵うのやら。まあ、そこには何か裏があるのかも知れないし、それに今はそれどころではないだろう。
「って、それどころじゃない。なあ、えっと……この状況は何なんだ?」
訊くと、少女は控えめに首を傾げ、視線で「解りません」と告げる。
やはり、この不思議な少女にも解らないようだ。一体、これはどういう状況なのか。セレモニーか、ハプニングか。打開策は依然解らない。依然解らないだけに怡然と出来ない。また同音か、この世界には意外と同音異義語が多いものだ。
「とりあえず、皆さんを起こしませんか?」
そんなどうでもいいことを考えていると、少女は柔らかい声で俺にそう提案した。俺は起こすべきか一瞬迷ったが、三人寄れば文殊の知恵、と言うように沢山いた方が打開策の考案も捗るだろう。俺は俯き加減の顔を上げ、少女に向かって小さく頷いた。
「ああ、そうだ。名前、何て言うんだ?」
ずっと少女、と言うことにしておいたが、そろそろ名前を知っておかないと後で色々と不便になりそうなので訊いておく。自分から名乗るべきか、と考え、自分が無礼な奴の気もしたが、まあ別にいいだろう。その辺りは、現代人らしく適度に蔑ろにしておく。
「名前、ですか。自分から名乗らない無礼なところには目を瞑っておきましょう。私は、麗と申します」
敬語で柔らかな笑みを浮かべられながら指摘されるとより心に突き刺さる罪悪感が増すが、気にしない。反省はするけどな。
それにしても、麗か。字と彼女の容姿、性格があまりにもマッチしていることに些か驚きを覚える。まるで未来を予測して名付けたような、完全一致の綺麗な名前だった。再三、少女改め麗に見惚れてしまう。
「す、すいませんでした。俺はカイトだ。よろしく」
一応謝っておき、その後ハンドルネームの方を名乗る。
「宜しくお願いします」
綺麗にお辞儀をすると、麗は歩道に歩み寄ってしゃがみ込み、近くに倒れている人を起こしにかかる。その姿を見て、俺も一種の責任感に駆られた。まずはリアとジョンが倒れている歩道の方へ向かい、起こす。ワイバーンの翼の起こす爆風に吹き飛ばされた人が覆い被さってなかなか発見できなかったが、人の山の隙間から何とか二人の顔を発見する。心の中で謝りながら上に被さる人を横に転がして退け、ようやく全貌が露になったリアの身体を揺する。
数秒後、リアは「う、うーん……」と一度呻き、その後ゆっくりと眼を開ける。寝惚け眼に徐々に意識が宿り、更に数秒経つと、リアはぱっちりとその碧眼を見開いていた。不意にばっと飛び起きたので俺とリアの額が衝突する。こんなベタな展開もあるのかよ、と思っていると、次は俺の頭を回避して飛び起きた。
「あれ……ここは……?」
リアが不思議そうに辺りを見渡す。徐々にその顔色が悪くなっていくのを感じ取った俺は慌てて補足。
「あ、あれは多分ただ倒れてるだけだから心配無用だぞ」
「そ、そっか」
そしてリアは再び辺りを見回し始める。街並みや空を確認し、特に異常なしと感じたのか視線を落として、そこでもう一度不思議そうな表情をした。
「? 竜と……誰?」
言われて、そう言えばワイバーンがまだ消滅せずに横たわっていることに気付く。このゲーム内ではポリゴンの破片となって四散せずに斃死するのだろうか。逆にその方がグロテスクさ極まってファンタジーが壊れる気がするが、銃があったことも含めこのゲームはファンタジーの割にはFPS色が強いのかも知れない。そこはある意味では斬新で、面白い。
誰、というのは恐らくこの世界で俺とリア以外で目覚めているただ一人の人物――麗を指しているのだろう。神秘的な子だし、それ以外にも色々と風変わりな大和撫子だ、誰何したくもなるだろう。ここは俺から注釈を入れて――。
「も、もしかして……あれは絶滅危惧種の大和撫子じゃんひゃっほぉぉう!!」
突然リアが俺の視界から消滅した。恐ろしく歓喜した声と共に。
麗の方を見ると、リアが既に麗に抱き付いていた。いや、正確を期すなら飛び込んだというところだろうか。幸い麗は驚異的なバランス力なのか何なのか微動だにするくらいで済んでいたようだが、その表情は心底迷惑そうで、殺意すら感じるものだった。黒々とした笑みといったところだろうか。
はぁ、と溜息を吐き、俺はリアの方へ向かって摘み出す。
「その人は何なのですか? 収納場所は棺桶ですか?」
「落ち着け、落ち着くんだ、麗。リア、お前も鎮まれ」
爛々と目を輝かせるリアの広い額を軽く叩く。
「いてっ! この野郎やりやがったな!」
「状況を考えろ。今はここに転がるユーザーを救出する……起床させる、か? まあ何でもいい、起こすのが先だ」
「はいはい。解ったよ。私だってよく解らないんだから」
「逆に状況をよく解らぬまま奇行を働ける方が不思議だ。奇行種か? 黒の煙弾上げればいいのか?」
相手にするのも面倒になり、俺はジョンを起こす為に元の場所に戻る。リアもやれやれ、といった様子でその隣にいる人を起こしにかかった。ていうか、やれやれってこっちが言いたいわ。
そう言えば、倒れる寸前にリアは何と言おうとしたんだろう。ふと疑問に浮かんだが、今は保留とし、とりあえず起こすことに専念した。
暫くして、全員が目を醒ました。途中からは自力で目を醒ます者もいて、起こす側の人数も増え累乗的に全てのユーザーが目を醒ました。少し遠くの路地裏にいた人などもいたが、恐らくその辺りの人も全員目覚めただろう。そして、起きた者から順に麗が竜を討伐したあの大通りに招集をかけた。今はその通りいっぱいに人がいて、たとえ車が通っても逆に車の方が撥ねられそうな勢いだ。
そして、麗を中心として、状況を理解し、打破する為の会議が始まった。
今回はとある大和撫子との出会いのお話でした。
タイトルの『竜麗』は、平仮名や片仮名にするのも不恰好だったので、特に字並びが恰好良いなと思った『竜麗』を採用いたしましたが、読むと複数意味が重複していることが解ると思います。同音異義語です、地の文でも二回そのネタ使いましたが。(ちなみに、『竜麗』『流麗』『流例』の三つを掛けています)
後挿絵の方が美人でなければすいません……。