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Vanitas vanitatum  作者: イヲ
第二章
8/56

真・4

「・・・」


音もなく、籬が立ち上がる。

驚いて彼を見上げるが、その視線の先は何もない。

ただ壁があるだけだ。


「どうしたの?」

「・・・」


答えず、籬は花喰い鶴丸に扇面(ツルマル)の柄に手をかける。

鶴丸が唸っていた。


鶴丸とは、遺物確認のレーダーにもなり、籬自身が持つ能力を最大限に発揮するための、所謂籬の『武器』だ。

生きている、とは言わないが、鶴丸は確かにAIにも似たものを持っている。

遺物――獲物を前にすると、武者震いのように唸りを上げるのだ。

しかし、それは籬や、他の合成人間にしか分からない。

それ程微弱なものだからだ。


唸る鶴丸を宥める。

『対象』が見つからない。暗視に切り替えても、この部屋の奥を見られるようにモードを切り替えても、そこには『誰』もいないし、『何』もない。


籬や、他の合成人間に「気のせい」というものはない。

すべて何らかの基準に基づいて行動しているのだから。


「…ここに、遺物があるのか?」

「イブツ?」

「遺物を知らないのか?貴殿は」


うん、とうなずく。

信じられない。毎日のように人間が遺物に殺されているというのに、何も知らないのか。

籬は柄に手をあてたまま、ゆっくりとすわった。


「遺物とは、機械と人間が融合して出来た、人間の負の遺産…。融合した者を遺物と呼んでいる。…遺物は今から約50年前から、ゆっくりとした速度で増え続けてきた。しかし、政府がそれを隠し続けていた所為で、対応が遅れたのだ」

「うん」

「50年前以前は、遺物は世界の宝だと言われてきた。しかし、50年前の12月1日。その日、遺物が初めて人を殺したのだ。理由は、今だ分かっていない。それを期に、遺物が人を殺し始めた。そして今でも、毎日のように人間を殺し続けている。理解したか」


うん、とふたたびうなずく。


真っ白な手が、机の上に置かれていたノートに触れる。


「えっと…」


青いペンを握り、真は独り言を呟きながらノートに写し始めた。

何をしている、と籬が問うと、視線をノートに落としながら、わずかに笑う。


「教えてもらったことを書いておくんだ。忘れないように」

「理解した」

「籬には、これから色んなことを教えてもらうんだ」

「?」

「おれが知らないことをたくさん知ってるんでしょ?」

「自分は、教える立場にはない。守ることが、最重要任務だ」


はっきり否、と述べても、真は期待に満ち満ちた目で籬を見つめている。

無邪気に、それでもどこか暗い赤を滲ませながらも。



――鐘が、鳴る。


重たい音をした鐘が。

真はそれを聞き遂げて、カメラを持ち上げた。


「夕方になった!」


うれしそうに笑って、襖の取っ手に手をかける。


「どこへ行く」

「カメラ屋さん。写真を現像してもらうんだ」

「推奨しない」

「どうして?」

「遺物が活動するのは、ほぼ夕刻時だからだ」


人間が活発に動く夕刻。

仕事帰りの人間、今から娯楽に向かう人間。

さまざまな人間があいまざり、そしてそこにはかならず、遺物がある。

遺物は人間となんら変わりない姿かたちをしているのだ。


人間たちは、よもや――遺物に殺されるなどと、おもってはいないのだろう。

毎日起こる事件も、所詮は他人事。

自分ではないと思い、考え、甘い幻想に身をゆだねている。


籬は理解できない。


戦わぬ人間に、未来などないということを、籬は知っていた。


理解、していた。


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