表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Vanitas vanitatum  作者: イヲ
第二章
7/56

真・3

のこされた真と籬は、向かい合ったまま何も喋ろうとはしない。


「あ、の」

「は」


ようやく、枯れたような声が籬の聴覚センサーが拾う。

白いシャツを着て、黒いパンツを履いているだけの真は、おずおずと籬に質問をした。

しようと、した。


「おれ、籬さんのこと、何も聞かされていなかったんです。だから、何か、」

「自分の事は、籬、あるいは、籬漆号でいい」

「あ、は、はい」


慌ててうなずく。

まがき、ななごう。

真は口のなかで繰り返すも、『まがき』のほうが言いやすい。


「じゃあ、籬。籬は、何歳ですか?」

「…年…。製造されて、5年がたつ」

「5年?そんなにおおきいのに?」


そうなれば、真のほうが10も年上と言うことになる。

驚く真を不審げに見て、「なにを驚いている?」と反対に問われる。

それは、自分より大きな人よりも年上なんて、驚くだろう。


「自分は、合成人間だ。人工的に作られたものなのだから、歳月はそうそう、意味はない」

「ごうせ、いにんげん?それは、なに?」

「知らないのか?」


今度は、籬が驚いた。

この世界に、合成人間を知らないものがいるとは。

うなずく真をまじまじと見て、籬はゆっくりと説明をした。


「合成人間は、遺物のすべてを駆逐するために造られた物。自分ら合成人間は、葵重工から生まれ、そしてそこを中心として世間にばらまいている。これで理解したか」

「…うん?」

「…理解していないようだな。繰り返す。合成人間は」


全くおなじ言葉を、全くおなじリズムで繰り返す。

真はゆっくりとそれを呑み込んで、ようやくうなずいた。


「分かった。何となく」

「…そうか。ならば、いい」


真は正座をしたまま、桐の机からカメラを取り出す。ひどく古い型で、フィルムを必要とするものだ。

デジカメという便利なものもあるが、あいにく、真はパソコンが扱えない。


「籬」


カメラを構える真を、呆然と籬が見据える。

その直後、ちいさな部屋にシャッター音がはじけた。


籬はその突拍子もない行動を、目で追いはしたが、その理由が分からず、対処できるプログラムを持ってはいなかった。

写真にとられてはいけないと、そういった決まりはないからだが。


「夜になったら、現像しにいこう」


真はうれしそうに笑い、大事に机のなかにしまった。

しん、と静まり返った室内、そのむこうから、女の声がする。


「真様。お薬でございます」

「・・・」


籬はあらわれた女を見たが、すぐ真へと視線を戻した。

遺物なのか、遺物ではないのか。

それを確認したのだ。


脳波は人間のもので、ごくごく普通。脈動も、異常なし。

敬四郎のように遺伝子操作されたような跡もない。


遺物ではないと判断し、薬を置いて逃げるように去っていった女を見送った。


呑み込もうとする茶碗を籬は隣から取り上げる。

驚いた真は、顔を籬にあげたまま、目を瞬かせた。


「…安定剤。飲まないといけないんだって」

「そうか。ならば、飲めばいい」


――うすくうなずいて飲む真のようすが、どこかおかしい。


だがそこに気づく事ができるほど、籬は敏感ではなかった。

人間の、それも子どものわずかな感情など、籬は必要なしと判断している。

それを推奨したのは葵重工だ。

百合子も、無論本人である籬も、それを否めない。


茶碗を器の上において、真は真っ白な髪をゆらせながら、落ち着かない様子で、籬がつけている古い懐中時計を見つめる。


「どうかしたか」

「それ、なに?」


黄金色の、傷だらけの懐中時計。

鎖で繋がれて首にかかっているそれを、籬は手に取る。


「懐中時計だ」

「それは知ってるよ。それ、大事なものなの?」

「ダイジナモノ?理解できない。ダイジとはなんだ?」

「大事なものは、大事なものだよ」

「・・・」


わからない。

真にも、「大事なもの」という言語を、籬に説明しえるような言葉を持っていない。


ふたたび静まり返った部屋のなか。


「ええっと…」


会話がつづかない。


そうは思うが真自身も、他の人間と接したことなど、ほとんどない。

学校と言うところにも行っていないし、友達と呼ぶものもいない。

だが、概念は分かる。

ただし、本のなかの、いわゆる「辞書」というものと、「小説」というものから学んだ概念なのだが。


それでも真が廃れないのは、ある一人の人間がいるためだ。



観世水(りん)


彼の兄である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ