真・3
のこされた真と籬は、向かい合ったまま何も喋ろうとはしない。
「あ、の」
「は」
ようやく、枯れたような声が籬の聴覚センサーが拾う。
白いシャツを着て、黒いパンツを履いているだけの真は、おずおずと籬に質問をした。
しようと、した。
「おれ、籬さんのこと、何も聞かされていなかったんです。だから、何か、」
「自分の事は、籬、あるいは、籬漆号でいい」
「あ、は、はい」
慌ててうなずく。
まがき、ななごう。
真は口のなかで繰り返すも、『まがき』のほうが言いやすい。
「じゃあ、籬。籬は、何歳ですか?」
「…年…。製造されて、5年がたつ」
「5年?そんなにおおきいのに?」
そうなれば、真のほうが10も年上と言うことになる。
驚く真を不審げに見て、「なにを驚いている?」と反対に問われる。
それは、自分より大きな人よりも年上なんて、驚くだろう。
「自分は、合成人間だ。人工的に作られたものなのだから、歳月はそうそう、意味はない」
「ごうせ、いにんげん?それは、なに?」
「知らないのか?」
今度は、籬が驚いた。
この世界に、合成人間を知らないものがいるとは。
うなずく真をまじまじと見て、籬はゆっくりと説明をした。
「合成人間は、遺物のすべてを駆逐するために造られた物。自分ら合成人間は、葵重工から生まれ、そしてそこを中心として世間にばらまいている。これで理解したか」
「…うん?」
「…理解していないようだな。繰り返す。合成人間は」
全くおなじ言葉を、全くおなじリズムで繰り返す。
真はゆっくりとそれを呑み込んで、ようやくうなずいた。
「分かった。何となく」
「…そうか。ならば、いい」
真は正座をしたまま、桐の机からカメラを取り出す。ひどく古い型で、フィルムを必要とするものだ。
デジカメという便利なものもあるが、あいにく、真はパソコンが扱えない。
「籬」
カメラを構える真を、呆然と籬が見据える。
その直後、ちいさな部屋にシャッター音がはじけた。
籬はその突拍子もない行動を、目で追いはしたが、その理由が分からず、対処できるプログラムを持ってはいなかった。
写真にとられてはいけないと、そういった決まりはないからだが。
「夜になったら、現像しにいこう」
真はうれしそうに笑い、大事に机のなかにしまった。
しん、と静まり返った室内、そのむこうから、女の声がする。
「真様。お薬でございます」
「・・・」
籬はあらわれた女を見たが、すぐ真へと視線を戻した。
遺物なのか、遺物ではないのか。
それを確認したのだ。
脳波は人間のもので、ごくごく普通。脈動も、異常なし。
敬四郎のように遺伝子操作されたような跡もない。
遺物ではないと判断し、薬を置いて逃げるように去っていった女を見送った。
呑み込もうとする茶碗を籬は隣から取り上げる。
驚いた真は、顔を籬にあげたまま、目を瞬かせた。
「…安定剤。飲まないといけないんだって」
「そうか。ならば、飲めばいい」
――うすくうなずいて飲む真のようすが、どこかおかしい。
だがそこに気づく事ができるほど、籬は敏感ではなかった。
人間の、それも子どものわずかな感情など、籬は必要なしと判断している。
それを推奨したのは葵重工だ。
百合子も、無論本人である籬も、それを否めない。
茶碗を器の上において、真は真っ白な髪をゆらせながら、落ち着かない様子で、籬がつけている古い懐中時計を見つめる。
「どうかしたか」
「それ、なに?」
黄金色の、傷だらけの懐中時計。
鎖で繋がれて首にかかっているそれを、籬は手に取る。
「懐中時計だ」
「それは知ってるよ。それ、大事なものなの?」
「ダイジナモノ?理解できない。ダイジとはなんだ?」
「大事なものは、大事なものだよ」
「・・・」
わからない。
真にも、「大事なもの」という言語を、籬に説明しえるような言葉を持っていない。
ふたたび静まり返った部屋のなか。
「ええっと…」
会話がつづかない。
そうは思うが真自身も、他の人間と接したことなど、ほとんどない。
学校と言うところにも行っていないし、友達と呼ぶものもいない。
だが、概念は分かる。
ただし、本のなかの、いわゆる「辞書」というものと、「小説」というものから学んだ概念なのだが。
それでも真が廃れないのは、ある一人の人間がいるためだ。
観世水琳。
彼の兄である。