真・2
くねるような廊下を歩いてゆくと、徐々に徐々に暗く、重たい闇があらわれてくる。
百合子はおもわず目を細め、必死に高峯のあとをついてゆく。
「あの…ほんとうに」
「息子…真はここにいる。暗いのは、真の身体を案じてだ」
聞いている。
真は、確かアルビノだと。
陽に弱く、明るいところが苦手なのだ。
百合子は思い返して、ようやく立ち止まった高峯の広い背を見据えた。
黒一色に染められた、襖。
籬の髪と洋服と全く同じ色をして、同化しているように思う。
瞬きをして、コートを着込んだ籬をみつめる。
ようやく、ピントが合う。
白磁のような肌と、梅紫の目がこちらをちらりと見たが、すぐに襖に視線をもどした。
すっ、と襖が開く。
「真」
「・・・」
きらり、と何かがかがやいた。それは、わずかばかりの明かりに照らされた、真っ白な髪と、真っ赤な目だった。
それに、籬よりも白い肌。
色素が、ごっそりと抜けている。
「・・・」
籬は足を一歩踏み出し、静かにこちらを見つめ、座布団の上にすわっている真にかしずき、頭をさげた。
「貴殿が、自分の守るべき対象、主か」
「…おれは」
真の声を、初めて聞く。
からからに枯れたような声。幼い顔のせいもあってか、とても15歳の少年には見えない。
「父さん」
「私は、これから忙しくなる。おまえも、分かっているだろう。それに、おまえは外に出なければならない。おまえのその体質。そのままにしておくのも忍びない」
「…わかった」
「あれも、そう望んでいる」
「…うん」
真は行儀よくうなずき、籬をじっと見つめた。
真っ赤な、まるで猩々緋のような色を、何の疑いもなく、何の敵意もなく、籬に注いでいる。
「それでは、私はこれで失礼する」
「はい」
黒い着流しをひるがえし、高峯が去ってゆく。
百合子はほっと息をついて、真と籬をみわたした。どうも高峯は苦手だ。
「さて。真君。あなたは、今日からこの籬漆号の主になります。主といっても、特別何かをしなくてはいけない、ということはありません」
「…?」
真っ白な髪が、ゆったりと揺れる。
首をわずかにかしげて、意味が分からないのか、口を噤んだままだ。
「えーっと…なんていえば言いのかしらね…」
体を丸めて、眉間に指をあてる。
それにしても、この子ども。
15歳にしては、稚さすぎる。知力が遅れているという事もないだろうが、なんだかとても、『腑に落ちない』。
「籬と友達になればいいのよ!ねっ、籬!」
「自分は、主とは友達にはなれません。友達という定義とはかけ離れている」
「ああ…言っちゃったー。言っちゃったー」
がくりと頭をおとす。
籬は不思議そうにこちらを見つめているが、やがて真へと視線を戻した。
「わかりました。籬…さんと、友達になれば、いいんですね?」
「真君?」
「それなら、分かる、から…」
(あ、笑った。)
真の笑う顔。初めて百合子と籬は見た。
病的に白い、白くあらざるを得なかった皮膚が、わずかに紅潮する。
もしかすると、うれしい、と感じてくれているのかもしれない。
「…籬さん。えと、その、よろしくお願いします」
「・・・」
差し出された白く、細すぎる手。
籬はどうすればいいのか分からないのか、差し出された手をじっと見下ろしている。
「それは、どういう意味があるのか」
「握手よ、握手。教わらなかった?」
「…握手か。あい分かった」
籬は右手を差し出して、真の手を握った。
百合子は一人観世水邸を出て、門を見上げる。
籬は真のボディーガートとしてこれから働くのだが、詳しいことは何も聞かされていない。
何故ボディーガートが必要になったのかも、百合子には詳しく知らされていなかった。
絶対機密なのかもしれない。
葵重工の、幹部でなければ知らされない、重要な機密事項。
それには興味がないものの、すこしだけ、さみしく感じる。
ときおりメンテナンスには来るものの、基本的に籬はこの観世水のものだ。
そう、『買われる』のだ。
葵重工の、合成人間たちは。