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Vanitas vanitatum  作者: イヲ
第二章
5/56

真・1

----------観世水 真(カンゼスイ シン)




予定より3時間と37分遅れて、百合子と籬は観世水邸に到着した。

観世水と名だけあって、清く澄んだ川が静かに流れている。


「嫌味なくらい豪華で立派なお屋敷ね…」


土壁が、何百メートルも連なっている。

百合子は呆然とその立派な門構えを見上げて、ため息を吐き出した。


「ねえ、大丈夫かなぁ。私、緊張してきたよ」

「・・・」


籬は答えず、備え付けられているインターホンを鳴らす。すぐに、壮年の男の声が聞こえてきた。


「こちら、観世水でございます。どなた様でしょうか」

「葵重工から参った、百合子並びに籬であります」

「葵重工…。かしこまりました。すぐにお迎えを行かせましょう」


ぎぎぎっ、と2メートル以上もあろうかという、門が重たい音をたてて開く。

そこには、一人の男が立っていた。

二人に気付いているのかいないのか、ただ門のむこうがわで微動だにしない。

百合子はちらりと籬を見るも、特別警戒をいだいていないようだ。

男性は黒髪で、眼鏡をかけている。

真っ黒なコートを羽織って、杖をついていた。


百合子がその男に見とれていると、ようやくその男はこちらをむいた。


「…ああ…あなた方が」


納得したような声色で、こちらを見つめている目は、眼鏡の奥にあって何色をしているのかわからない。


「は、初めまして。葵重工から派遣されました、百合子と申します。こちらが、籬漆号です」

「・・・」


籬は声を黙したまま、敬礼をした。

男は口をつぐみ、ゆるりと微笑んでから、玄関から出てゆく。


「遅れまして」


代わりに、壮年の男がこちらに歩いてくる。

白髪交じりの、気さくそうな男だ。


「いえ。お気になさらず。それで、先刻のかたは…?」

「…ああ、見られましたか。あのかたは、この観世水の次期当主…であらせられたかたです」

「あらせられた…?」

「…さ、当主がお待ちです。こちらへ」


むりやり話を切り上げられて、百合子は不審におもうも、これ以上は聞くなという目をしていた。

口を閉じて、前を歩く男にはぐれぬよう歩いていくと、豪奢な金張りの襖が幾数枚も並んでいる。

趣味が悪い。

そう思うも、籬の雇い主になる家だ。

もしも口をついて出しまっていたならば、早速クビ、ということになりかねない。


「こちらでございます。ご当主、お連れしました」


襖には、唐獅子と牡丹が描かれている。

――ここはヤクザの世界か、と百合子はおもうも、決して口には出さない。


「入りなさい」


さっ、と襖が開かれると、そこには、堂々とした男が座っていた。

男、観世水高峯(タカミネ)こそが、この観世水邸の当主だという。

髪の毛を上にあげ、漆黒の着流しを着ている。

目も黒く、鈍く鷹のように鋭い。

奥には物々しく日本刀が置かれていた。

装飾のものなのか、それとも本物の刃があるのかはこちらからでは分からない。


観世水高峯。

この男は、『裏の日本』を背負って立つ人間であり、軍隊を引き連れている『表』とは対なる、『裏』と呼ばれる兵士を抱えている。

あらゆる実力を秘めた「人間たち」が集まるその『裏』を、葵重工、そして『表と裏』を知るものは『第五室』、または『五』と呼んでいる。

何故五室なのかと言うと、その『裏』が作られて五番目になる裏の代表が作った集団だからだ。


「…初めまして。葵重工から参りました、百合子と、こちらがご所望の合成人間…籬漆号です」

「・・・」


正座をし、籬をちらりと盗み見ると、緊張した様子もなく、ただ高峯を見据えている。

彼はゆっくりと首を垂れた。


「して、実力のほどは」

「はい。葵の全てをあげて開発しました。今のところ、試験的にも全てオールクリアです」

「…ほう。では、信頼しておこう。籬君――といったか」

「は」

「どれだけの力があるのか、私には分からぬ。しかし、息子…真を君は守りきれるかな?」

「この存在にかけましても」


淡々と答える籬は、梅紫の色をたたえたまま、視線を高峯に真っ直ぐそそいでいる。

高峯はうなずき、音もなく立ち上がった。


「ついてこい。息子にあわせよう」

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