宴・4
「ふあ」
真の隣に戻った琳は、欠伸をする彼に笑いかけた。
「眠いなら――」
「んん」
目をこすって、それでもぼんやりと開いている目は、いつもよりも赤い。
本当に眠いのだろう。
「睡蓮さん」
「ん?ああ、真、眠そうね。いいわ、蝶子たちに言っておくから、さきに帰っていて」
「自分も行こう」
籬は膝立ちになり、先を促す。
五室からの攻撃は今のところないとはいえ、完全に危険が去ったわけではない。
琳はその申し出を受け取り、真の手を引いて座敷から出てゆく。
花の宴からは、いまだ賑やかな声が聞こえてきている。
「よかったのですか?あなたは」
「ああ。酔っ払いの世話はしたくないからな」
目頭を押さえて、はあ、と呆れたようにため息を吐き出す。
琳は苦笑いをして、籬の足音についてゆく。
もつれるように歩いている真を、しっかりと手を繋いではぐれないように歩くが、ふらふらとした足取りで、とても危なっかしい。
「ほら、真。しっかり歩いて」
「ん」
繋いだ手を握り返して、真の目を見下ろす。
ちいさく頷く様子は、まだまだ稚い。
ひゅっ、
「!!」
風を切る音を聞いて、琳は真の手を引いて、自分の懐に隠す。
「……」
ぱらり、と枯れ葉が舞い落ちた。琳と籬が見上げたその先――。
「今宵は、いい夜だ」
黒い影――。
「……高峯」
月を背負って佇むその男の気配は、今の今まで感じられなかった。
アルコールを取ったせいではない。
元から、この男は琳を凌いでいるのだから。
切れ目の、鋭い眼光を隠しもせずに、こん、と槍の柄をむき出しのコンクリートに置く。
「二人の息子と、再び会うことが出来たのだからな」
「……よく、言う」
「そう噛み付くな。何故俺がここに来たのか……お前なら分かっているだろう」
実の父の声に、ようやく我にかえったのか、真は目を見開いて高峯を見上げている。
「とう、さん……」
「真を渡せ。真は、お役目を果たさねばならん」
「今更、渡せると思うのか?」
「否。だからこうして――俺自らやってきた。第五室室長、観世水高峯が、な」
漆黒の着流し。
その体格に相応しい、槍を持つもの。
籬はその『殺気』に、鶴丸を音もなく抜いた。
「父さん、……おれは、もう……」
「ああ、分かっているよ。真」
すぅっ、と目を細め、殺気さえ隠さずに笑った。
「おまえは、もう潜らなくていい段階に入っている。だから、その脳と左腕を差し出せばそれでいい」
「貴様ァアアァアッ!!」
「兄さんっ」
まるで炎のように狂う、その怒りは、真の声さえくすぶらせる。
「いかん」
「あっ」
籬が唸り、腕を掴んで跳ぶ。
電柱の上に真を抱えて飛び乗り、その『殺し合い』を見下ろした。
「は、離して!離してよ!!」
「ならない。離せば、貴殿は止めるだろう?」
「……」
――きんっ、
金属がはじけ飛ぶ音が聞こえる。
暗がりでも分かる、その姿。
あまりにも、一瞬。
――あまりにも、神速。
月光に反射し、それは折れた。
「!!」
「兄さん!!」
悲鳴。
真の悲鳴が、籬の耳朶を打つ。
――琳は、その場に膝を折っていた。
「そちらが本気なら、こちらも本気で臨まねばならない。そう、言った。だろう?琳」
「が……っ、」
こちらからでは見えないが、高峯は、表情も変えずに淡々とささやいているのだろう。
真の身体の体温が、急速に冷えてゆく。籬がそれに気付いたときには、既に遅かった。
するりと真の身体が腕から抜け、地面に落ちてゆく。
「主!!」
ちっ、と舌打ちをし、腕を伸ばすが間に合わない。その間にも真は地面に体を着いた。
猫のようにしなやかに、地面に着地したのだ。
「兄さんっ!」
「し、ん……、はやく……逃げ、」
「に、さ……」
「主!!」
籬が動こうとした直後、その喉笛に槍が、「ぴたりと」当たっていた。
目を見開き、籬さえ視えなかったその動きに、わずかに背が強張る。
「邪魔をするな」
――恐怖。




