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Vanitas vanitatum  作者: イヲ
第十話
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宴・4

「ふあ」


真の隣に戻った琳は、欠伸をする彼に笑いかけた。


「眠いなら――」

「んん」


目をこすって、それでもぼんやりと開いている目は、いつもよりも赤い。

本当に眠いのだろう。


「睡蓮さん」

「ん?ああ、真、眠そうね。いいわ、蝶子たちに言っておくから、さきに帰っていて」

「自分も行こう」


籬は膝立ちになり、先を促す。

五室からの攻撃は今のところないとはいえ、完全に危険が去ったわけではない。

琳はその申し出を受け取り、真の手を引いて座敷から出てゆく。


花の宴からは、いまだ賑やかな声が聞こえてきている。


「よかったのですか?あなたは」

「ああ。酔っ払いの世話はしたくないからな」


目頭を押さえて、はあ、と呆れたようにため息を吐き出す。

琳は苦笑いをして、籬の足音についてゆく。

もつれるように歩いている真を、しっかりと手を繋いではぐれないように歩くが、ふらふらとした足取りで、とても危なっかしい。


「ほら、真。しっかり歩いて」

「ん」


繋いだ手を握り返して、真の目を見下ろす。

ちいさく頷く様子は、まだまだ稚い。



ひゅっ、



「!!」


風を切る音を聞いて、琳は真の手を引いて、自分の懐に隠す。


「……」


ぱらり、と枯れ葉が舞い落ちた。琳と籬が見上げたその先――。


「今宵は、いい夜だ」


黒い影――。


「……高峯」


月を背負って佇むその男の気配は、今の今まで感じられなかった。

アルコールを取ったせいではない。

元から(・・・)、この男は琳を凌いでいるのだから。


切れ目の、鋭い眼光を隠しもせずに、こん、と槍の柄をむき出しのコンクリートに置く。


「二人の息子と、再び会うことが出来たのだからな」

「……よく、言う」

「そう噛み付くな。何故俺がここに来たのか……お前なら分かっているだろう」


実の父の声に、ようやく我にかえったのか、真は目を見開いて高峯を見上げている。


「とう、さん……」

「真を渡せ。真は、お役目を果たさねばならん」

「今更、渡せると思うのか?」

「否。だからこうして――俺自らやってきた。第五室室長、観世水高峯が、な」


漆黒の着流し。

その体格に相応しい、槍を持つもの。


籬はその『殺気』に、鶴丸を音もなく抜いた。


「父さん、……おれは、もう……」

「ああ、分かっているよ。真」


すぅっ、と目を細め、殺気さえ隠さずに笑った。


「おまえは、もう潜らなくていい段階に入っている。だから、その脳と左腕を差し出せばそれでいい」

「貴様ァアアァアッ!!」

「兄さんっ」


まるで炎のように狂う、その怒りは、真の声さえくすぶらせる。


「いかん」

「あっ」


籬が唸り、腕を掴んで跳ぶ。

電柱の上に真を抱えて飛び乗り、その『殺し合い』を見下ろした。


「は、離して!離してよ!!」

「ならない。離せば、貴殿は止めるだろう?」

「……」


――きんっ、


金属がはじけ飛ぶ音が聞こえる。

暗がりでも分かる、その姿。


あまりにも、一瞬。

――あまりにも、神速。


月光に反射し、それは折れた(・・・)


「!!」

「兄さん!!」


悲鳴。

真の悲鳴が、籬の耳朶を打つ。


――琳は、その場に膝を折っていた。


「そちらが本気なら、こちらも本気で臨まねばならない。そう、言った。だろう?琳」

「が……っ、」


こちらからでは見えないが、高峯は、表情も変えずに淡々とささやいているのだろう。

真の身体の体温が、急速に冷えてゆく。籬がそれに気付いたときには、既に遅かった。

するり(・・・)と真の身体が腕から抜け、地面に落ちてゆく。


「主!!」


ちっ、と舌打ちをし、腕を伸ばすが間に合わない。その間にも真は地面に体を着いた。

猫のようにしなやかに、地面に着地したのだ。


「兄さんっ!」

「し、ん……、はやく……逃げ、」

「に、さ……」

「主!!」


籬が動こうとした直後、その喉笛に槍が、「ぴたりと」当たっていた。

目を見開き、籬さえ視えなかったその動きに、わずかに背が強張る。


邪魔をするな(・・・・・・)


――恐怖。


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