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Vanitas vanitatum  作者: イヲ
第十話
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宴・3

琳はすこしだけ顔を伏せ、「外の空気を吸いに行って来ます」と外へ出てしまった。


「……あちゃー。やりすぎたかしら」


分かっていない籬は放っておいて、エ霞は頭を押さえてため息を吐き出す。

琳の様子は何か思うことがあって、席を立ったようだ。


「おまえがズケズケと本当のこと言っちまうからだろ!まったく、跡始末つけんの、誰だと思ってやがる」

「え?エ霞でしょ?」

「分かっててやってたんじゃないだろうな!?」


あまりに当然のこと、とでも言うかのように、睡蓮がきっぱりと断ち切る。

エ霞は、はあっ、とため息を吐いて、のろのろと席を立ち上がった。


「あれ、兄さんは?」


頭をなで繰り回されたせいか、ぐしゃぐしゃになっている髪をそのまま尋ねられる。


「あー、うん、ちょっとトイレよ、トイレ」

「?ふぅん」


あいまいに頷いた真は、睡蓮の隣にふたたび座った。

エ霞もいないことに気付いたのか、訊ねられるが「一服しに行ったわよ」と答えておく。

間違ってはいないだろう。


「いっぷく?いっぷくって、なに?」

「エ霞の場合は、タバコ吸いにいった、ってところかしら」

「エ霞、タバコ吸うの!?」


真っ赤な目が驚きに染まっている。


「近江がタバコを吸うから、覚えちゃったのよ。まあ、人間と違って肺がないから、害はないけど」

「そうなの?じゃあ、よかった」

「――うん。そうね」


真は優しい。

自分の事で精一杯なはずなのに。

睡蓮はそっと笑って、あちこち跳ねている髪を直してやった。






エ霞は煙草を持って外に出ると、珍しく琳がぼんやりと流れてくる雪を見上げていた。


「うう……っ寒ィ……」

「エ霞君」

「よぉ。ちっと一服しようと思ってね」

「合成人間でも、煙草を吸うんですね」


素直な疑問に、エ霞は胸を張って「おう」と答える。


「たまにしか吸わないけどな。葵重工内は社長の言いつけで禁煙だからさ」

「そうですか」

「……」


話が続かない。

なにかを考えているのかいないのか。

どうも琳は、その辺りが表情で読み取れない。

この男はたぶん、笑顔で嘘をつけるような人間なのだろうから。


「ありがとうございます」


視線は、真っ黒な空に向けたまま。


「ん?」

「あんなに笑っている真を見たのは、初めてです。あなたがたといると、楽しいのでしょうね」


それは卑屈にも聞こえるし、諦めにも聞こえる。

煙を吐き出すと、エ霞は肩を竦めて、「そりゃ違うさ」と笑った。


「あんたがいなければ、真は死ぬまで笑うことはなかったし、悲しむことも、怒ることもなかっただろうよ。根っこを作ったのは、ちゃぁんと真だって分かってる。あんただってな」

「……」

「自信が、ないかい?」

「どうでしょうね。私がいなくとも、真は真として生きていられたでしょう。……あなたがたがいるのですから」

「おいおい。そりゃ違うって」


もじゃもじゃの頭をぼりぼり掻きながら、煙草を携帯灰皿の中に押しつぶす。

じゅっ、と音がして、あとは中から盛大な笑い声が聞こえた。


「言ったろ、根っこを作ったのはあんただって。だから、真はあんたが大好きなんだ」

「……」


すこしカマをかけてみようとしたが、琳の表情は変わらない。

驚いた様子も、怒った様子もないところを見ると、どうやらポーカーフェイスが得意のようだ。


「弱気だねぇ。んな事してると、……とられちまうぜ?」

「!!」

「俺みたいな、わるーい狼にさ」


琳と視線を合わせずに、顔を上へ上げて空を見上げる。


(神様っつーのがいたら、憎むぜ。なんで、どうして、……俺は、)


どうして、人間に生まれなかったのか。


(ま、今更そんなことを思っていてもどうしようもないがな。)

(俺は、俺たちは、元から違うんだ。)


「へっ、」

「……エ霞君?」

「俺ァな、あんたが羨ましいぜ。……ま、伝えろとは言わねぇよ。スキを見せんなって事と、あと一つ」


入り口の取っ手を引き、思う存分、いやみったらしい笑顔をくれてやった。


「生きたがってる奴を、殺すな。……そんだけだ」


あとは、何も言うまい。


何も言わない琳を置いて、エ霞は騒いでいる座敷に戻った。





ただ一人、琳は空を呆然と見上げていた。


「……」


殺すな、か。

分かっている。

拳を握りしめて、目をきつく閉じた。


(……()は。)


「くそ」


滅多に吐き出さない悪態をつき、丸い月を光さえ通さぬその目で見上げた。

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