宴・3
琳はすこしだけ顔を伏せ、「外の空気を吸いに行って来ます」と外へ出てしまった。
「……あちゃー。やりすぎたかしら」
分かっていない籬は放っておいて、エ霞は頭を押さえてため息を吐き出す。
琳の様子は何か思うことがあって、席を立ったようだ。
「おまえがズケズケと本当のこと言っちまうからだろ!まったく、跡始末つけんの、誰だと思ってやがる」
「え?エ霞でしょ?」
「分かっててやってたんじゃないだろうな!?」
あまりに当然のこと、とでも言うかのように、睡蓮がきっぱりと断ち切る。
エ霞は、はあっ、とため息を吐いて、のろのろと席を立ち上がった。
「あれ、兄さんは?」
頭をなで繰り回されたせいか、ぐしゃぐしゃになっている髪をそのまま尋ねられる。
「あー、うん、ちょっとトイレよ、トイレ」
「?ふぅん」
あいまいに頷いた真は、睡蓮の隣にふたたび座った。
エ霞もいないことに気付いたのか、訊ねられるが「一服しに行ったわよ」と答えておく。
間違ってはいないだろう。
「いっぷく?いっぷくって、なに?」
「エ霞の場合は、タバコ吸いにいった、ってところかしら」
「エ霞、タバコ吸うの!?」
真っ赤な目が驚きに染まっている。
「近江がタバコを吸うから、覚えちゃったのよ。まあ、人間と違って肺がないから、害はないけど」
「そうなの?じゃあ、よかった」
「――うん。そうね」
真は優しい。
自分の事で精一杯なはずなのに。
睡蓮はそっと笑って、あちこち跳ねている髪を直してやった。
エ霞は煙草を持って外に出ると、珍しく琳がぼんやりと流れてくる雪を見上げていた。
「うう……っ寒ィ……」
「エ霞君」
「よぉ。ちっと一服しようと思ってね」
「合成人間でも、煙草を吸うんですね」
素直な疑問に、エ霞は胸を張って「おう」と答える。
「たまにしか吸わないけどな。葵重工内は社長の言いつけで禁煙だからさ」
「そうですか」
「……」
話が続かない。
なにかを考えているのかいないのか。
どうも琳は、その辺りが表情で読み取れない。
この男はたぶん、笑顔で嘘をつけるような人間なのだろうから。
「ありがとうございます」
視線は、真っ黒な空に向けたまま。
「ん?」
「あんなに笑っている真を見たのは、初めてです。あなたがたといると、楽しいのでしょうね」
それは卑屈にも聞こえるし、諦めにも聞こえる。
煙を吐き出すと、エ霞は肩を竦めて、「そりゃ違うさ」と笑った。
「あんたがいなければ、真は死ぬまで笑うことはなかったし、悲しむことも、怒ることもなかっただろうよ。根っこを作ったのは、ちゃぁんと真だって分かってる。あんただってな」
「……」
「自信が、ないかい?」
「どうでしょうね。私がいなくとも、真は真として生きていられたでしょう。……あなたがたがいるのですから」
「おいおい。そりゃ違うって」
もじゃもじゃの頭をぼりぼり掻きながら、煙草を携帯灰皿の中に押しつぶす。
じゅっ、と音がして、あとは中から盛大な笑い声が聞こえた。
「言ったろ、根っこを作ったのはあんただって。だから、真はあんたが大好きなんだ」
「……」
すこしカマをかけてみようとしたが、琳の表情は変わらない。
驚いた様子も、怒った様子もないところを見ると、どうやらポーカーフェイスが得意のようだ。
「弱気だねぇ。んな事してると、……とられちまうぜ?」
「!!」
「俺みたいな、わるーい狼にさ」
琳と視線を合わせずに、顔を上へ上げて空を見上げる。
(神様っつーのがいたら、憎むぜ。なんで、どうして、……俺は、)
どうして、人間に生まれなかったのか。
(ま、今更そんなことを思っていてもどうしようもないがな。)
(俺は、俺たちは、元から違うんだ。)
「へっ、」
「……エ霞君?」
「俺ァな、あんたが羨ましいぜ。……ま、伝えろとは言わねぇよ。スキを見せんなって事と、あと一つ」
入り口の取っ手を引き、思う存分、いやみったらしい笑顔をくれてやった。
「生きたがってる奴を、殺すな。……そんだけだ」
あとは、何も言うまい。
何も言わない琳を置いて、エ霞は騒いでいる座敷に戻った。
ただ一人、琳は空を呆然と見上げていた。
「……」
殺すな、か。
分かっている。
拳を握りしめて、目をきつく閉じた。
(……俺は。)
「くそ」
滅多に吐き出さない悪態をつき、丸い月を光さえ通さぬその目で見上げた。




