遠山・2
「さて、どうしましょうか」
五人が転がっている部屋は、硝煙のにおいがすごい。
真は鼻の前で手を振りながら、くしゅん、とくしゃみをした。
「くさい」
「真は慣れていませんからね」
「うん」
うなずいて、粉々に壊されてしまった扉の欠片を踏まないように、慎重に外に出る。
部屋から出ると、渡されていた無線に、連絡が入った。
声は、蝶子のようだ。
『真君?よかった、無事だね。いきなりだけど、ここの五階部分だけを封鎖するから、5分以内にそこから出てね。閉じ込められちゃうから』
「はい。分かりました。籬たちは…」
真が階段へと走ると、琳もついてくるようで、足音が聞こえてくる。
『ああ、籬ね。あいつらなら、エ霞と睡蓮で屋上でやりあってるよ。雪輪と雪華も一緒』
「・・・」
『大丈夫大丈夫!贋物の合成人間なんかに負けるものですか!それに、彼女たちはもう、葬った方がいい。これじゃ、本物のお人形だからね――』
確かに、彼女たちは裏の被害者だ。
遺物に殺されてもなお、生かされている。たとえそこに自己意識がないにしろ、ひどすぎる。
「…はい」
『よし。じゃ、そのまま――ブッブツッ』
「!?」
無線のむこうで、ガラスが割れる音が聞こえた。
思わず立ち止まり、蝶子の名を呼ぶも、無線はただ何かを破壊するような音しか拾わない。
「兄さん…」
「…急ぎましょう。確か、地上2階でしたね」
「うん」
つうっ、と頬をいやな汗が流れ落ちる。
おかしい。
雪輪と雪華ならば、非戦闘員は襲わないはず。
それでも何らかの攻撃があったならば、それは五室の人間に他ならない。
「・・・」
「真」
思考で足が止まりそうになるのを、琳がやわらかく叱咤する。
顔を上げ、琳の目を見据えるも、彼には見えていない。
「…大丈夫」
うなずいて見せて、階段を駆け上る。
エントランスにつくと、そこには人一人いない。
いつもは受付に女がかならずいるのだが、流石に今日はみな避難をしたのだろう。
どくどくと、心臓が脈打っている。
すべては、自分のせいだ。
蝶子たちに何かあれば、すべて自分のせいなのだ。
分かっている。
分かっているからこそ――辛い。苦しい。
くちびるを噛みしめ、全速で二階の蝶子たちがいる部屋へ向かった。
「…!」
二階はすでに煙があがっていて、視界がひどく悪い。
「…真、鼻と口を塞いで進んでください。何かある」
「ん」
ニットのカーディガンの袖で口と鼻を塞ぎ、そのまま走る。
徐々に、煙がひどくなってゆく。
こんな所で銃撃戦になったりしたら、分が悪い。
彼女たちがいる部屋の扉は、無残に破壊されていた。
「蝶子さ、…」
煙が上がっているものの、そこには誰一人いない。
ただ、机や椅子、機材類がすべて粉々に砕け散っていた。
「どうやら、連れ去られたようですね。五室の人間の仕業と見て間違いないでしょう」
「…ん、く」
叫びそうになる声を無理矢理呑み込んで、歯をきしませる。
自分のせいだ。
自分のせいで。
「真」
全身が冷たくなってゆく感覚を、琳が静かに支えた。
真と視線を合わせ、見えぬ目でもしっかりとこちらを見据えている。
「大丈夫です。私が、…守ってみせますから。あなたは、あなたの身を案じていてください。いいですね?彼女たちのことは、私が引き受けます」
「…でも、おれのせいだから、おれが…」
「いけません。そうなれば、五室の思う壺です。五室は、どんな犠牲を払ってでもあなたを手に入れたがっている」
「・・・」
くちびるを噛みしめる。
『どんな犠牲を払ってでも。』
分かっていた。
分かっていた、つもりだった。
それでも、こんなにも――辛く、苦しい思いになるなんて、思いもしなかった。
――如実に、芽吹いている。
琳は、思考する。
今までの真は、たしかにいい人形だった。
だが、薬が切れて以来、感情を表に出すようになったのだ。
毎日欠かさず飲まされていた薬が、精神を抑制するためのものだったとは、彼自身も知らなかった。
――いや、知らなかったでは済まされない。
眼鏡の代わりに譲り受けた黒いサングラス。その奥の目が、ぎゅう、とほそめられる。
「そうさせぬため、籬君たちがいるのです。大丈夫。決して、犠牲は出させません」
「…うん」
ゆるくうなずいた気配を確認すると、音もさせずに琳は立ち上がった。
「五室たちは、おそらく――屋上にいるはずです」




