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Vanitas vanitatum  作者: イヲ
第九章
39/56

遠山・2

「さて、どうしましょうか」


五人が転がっている部屋は、硝煙のにおいがすごい。

真は鼻の前で手を振りながら、くしゅん、とくしゃみをした。


「くさい」

「真は慣れていませんからね」

「うん」


うなずいて、粉々に壊されてしまった扉の欠片を踏まないように、慎重に外に出る。

部屋から出ると、渡されていた無線に、連絡が入った。

声は、蝶子のようだ。


『真君?よかった、無事だね。いきなりだけど、ここの五階部分だけを封鎖するから、5分以内にそこから出てね。閉じ込められちゃうから』

「はい。分かりました。籬たちは…」


真が階段へと走ると、琳もついてくるようで、足音が聞こえてくる。


『ああ、籬ね。あいつらなら、エ霞と睡蓮で屋上でやりあってるよ。雪輪と雪華も一緒』

「・・・」

『大丈夫大丈夫!贋物の合成人間なんかに負けるものですか!それに、彼女たちはもう、葬った方がいい。これじゃ、本物のお人形だからね――』


確かに、彼女たちは裏の被害者だ。

遺物に殺されてもなお、生かされている。たとえそこに自己意識がないにしろ、ひどすぎる。


「…はい」

『よし。じゃ、そのまま――ブッブツッ』

「!?」


無線のむこうで、ガラスが割れる音が聞こえた。

思わず立ち止まり、蝶子の名を呼ぶも、無線はただ何かを破壊するような音しか拾わない。


「兄さん…」

「…急ぎましょう。確か、地上2階でしたね」

「うん」


つうっ、と頬をいやな汗が流れ落ちる。

おかしい。

雪輪と雪華ならば、非戦闘員は襲わないはず。

それでも何らかの攻撃があったならば、それは五室の人間に他ならない。


「・・・」

「真」


思考で足が止まりそうになるのを、琳がやわらかく叱咤する。

顔を上げ、琳の目を見据えるも、彼には見えていない。


「…大丈夫」


うなずいて見せて、階段を駆け上る。

エントランスにつくと、そこには人一人いない。

いつもは受付に女がかならずいるのだが、流石に今日はみな避難をしたのだろう。


どくどくと、心臓が脈打っている。

すべては、自分のせいだ。

蝶子たちに何かあれば、すべて自分のせいなのだ。

分かっている。

分かっているからこそ――辛い。苦しい。


くちびるを噛みしめ、全速で二階の蝶子たちがいる部屋へ向かった。


「…!」


二階はすでに煙があがっていて、視界がひどく悪い。


「…真、鼻と口を塞いで進んでください。何かある」

「ん」


ニットのカーディガンの袖で口と鼻を塞ぎ、そのまま走る。

徐々に、煙がひどくなってゆく。

こんな所で銃撃戦になったりしたら、分が悪い。


彼女たちがいる部屋の扉は、無残に破壊されていた。


「蝶子さ、…」


煙が上がっているものの、そこには誰一人いない。

ただ、机や椅子、機材類がすべて粉々に砕け散っていた。


「どうやら、連れ去られたようですね。五室の人間の仕業と見て間違いないでしょう」

「…ん、く」


叫びそうになる声を無理矢理呑み込んで、歯をきしませる。

自分のせいだ。

自分のせいで。


「真」


全身が冷たくなってゆく感覚を、琳が静かに支えた。

真と視線を合わせ、見えぬ目でもしっかりとこちらを見据えている。


「大丈夫です。私が、…守ってみせますから。あなたは、あなたの身を案じていてください。いいですね?彼女たちのことは、私が引き受けます」

「…でも、おれのせいだから、おれが…」

「いけません。そうなれば、五室の思う壺です。五室は、どんな犠牲を払ってでもあなたを手に入れたがっている」

「・・・」


くちびるを噛みしめる。

『どんな犠牲を払ってでも。』

分かっていた。

分かっていた、つもりだった。

それでも、こんなにも――辛く、苦しい思いになるなんて、思いもしなかった。


――如実に、芽吹いている。


琳は、思考する。

今までの真は、たしかにいい人形だった。

だが、薬が切れて以来、感情を表に出すようになったのだ。

毎日欠かさず飲まされていた薬が、精神を抑制するためのものだったとは、彼自身も知らなかった。


――いや、知らなかったでは済まされない。


眼鏡の代わりに譲り受けた黒いサングラス。その奥の目が、ぎゅう、とほそめられる。


「そうさせぬため、籬君たちがいるのです。大丈夫。決して、犠牲は出させません」

「…うん」


ゆるくうなずいた気配を確認すると、音もさせずに琳は立ち上がった。


「五室たちは、おそらく――屋上にいるはずです」

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