糸車・4
「雪輪と雪華?」
ミーティングルームのなかで、琳は五室の兵器について語った。
「…ええ。五室は、合成人間を真似て、その二人を造り上げました」
「真似て?待って、合成人間ではないの?」
百合子が缶コーヒーを琳に渡すと、それをしっかりと受け取る。
彼は、『感覚』が異様に発達していると聞いていたが、これほどとは。
殆ど『勘』なのだと、琳は言っていたが。
「はい。あれは合成人間ではありません。元は、人間の子供だったのです」
「何ですって!」
「蝶子、落ち着いて」
椅子を蹴り上げ、立ち上がった蝶子を百合子が宥めるも、彼女は怒り狂ったように叫んだ。
「何て事を!そんなもの、あってはならないものだわ!」
「父は…高峯は、遺物に"殺された"双子の姉妹を、無理矢理その体を弄り、構築した結果が雪輪と雪華です」
「・・・」
人間を元に造られた生命体。
それは人間の意志を無碍にし、無駄にした結果。
あってはならない、生命体。
黙り込んでいる真は、机の上をじっと見下ろしていた。
「止めなかったの?あんたは」
「…止めましたが、…私の権限では、止めることはできなかった。結局は、私たち五室の責任です」
「ふん、権限、ね…。まあいいわ。今更どうすることもできないもん。で、その雪輪と雪華がどうしたの」
「確実に、真を狙って葵重工に仕掛けてきます。無論、私も出ますが」
蝶子は腕を組んで、ううん、と唸る。
「…分かりました。でも、拙いですね。こちらには非戦闘員が多すぎる。犠牲者が出る事は何としても食い止めないと」
「雪輪と雪華は、何らかの指示が出ない限り、関係のない方には手出しはできません。そのように、出来ているようです」
百合子はうなずいて、無線でエ霞と睡蓮に連絡を取るために席を立った。
俯いたままの真は、ただただ沈黙を守っている。
「真?」
「あ、うん」
「真君、どうかした?」
ゆるくかぶりを振ったが、その赤い目はどこか不安定にゆれていた。
「なんでもない」
「・・・」
「さて、そういうことなら、こんなところで詰めてる場合じゃない」
琳は何かを言いたそうにしていたが、とうとう口から出る事はなく、沈黙のままだ。
蝶子は席を立って、しわしわの白衣を羽織り、腕を回す。
「あんたらは重要参考人だからね。ヘタに前に出るよりは、非戦闘員の護衛をしてもらっていたほうが、何かといいわ」
「…分かりました」
「籬。あんたも、二人の傍にいなさい。何かあったら私らに報告するのよ」
「了解」
籬は外套をひるがえして、ミーティングルームから出た。
部屋の外に百合子はいない。たぶん、屋上かエントランスにいるのだろう。
蝶子は携帯で百合子と連絡を取っているのか、何かを話している。
どこに行くのか、籬の後をついてゆくと、地下5階まで下りてきてしまった。
ある一室にたどり着くと、そこにはコードやケーブルが多数床から這い出て、まるで機械の中にいるような錯覚さえ覚える。
「ここは…?」
「おれ、初めて来た」
「であろうな。ここは、自分たちが機械人形と戦うために造られた部屋だ。常人は普段入らない」
「じゃあ、なんでここに連れて来たの?」
籬は背をこちらに向けたまま、顔を上げた。
そうして、ゆっくりと――ひどくゆっくりとした速度で、こちらに振り向く。
その表情は、照明の逆光となってまるで分からない。
真っ黒に塗りつぶされている。
そのなかから、ちらりと梅紫の目がかがやく。
ぱっ、と照明が一段と明るくなり、この部屋全体が見渡せた。
厚いガラス窓のむこうは、真っ白なだけの部屋。
コードなど、一本も這ってはいない。ただただ白いだけと、防犯カメラのような小型のカメラが吊り下げられているだけだ。
「籬?」
「…琳殿。貴殿は、何故戦う?」
「何故…ですか」
ガラス窓の向こう側の部屋に顔を向けながら、琳が呟く。
「真を守りたかった」
「…兄さん」
「ただ、それだけです」
「…成程」
籬は納得したようにうなずき、それから真正面から琳を見据えた。
「自分には、まだ分からぬ。守るための戦いとは何なのか。知ってのとおり、自分たち合成人間は、戦わせるためだけに生み出された」
「籬、それは…」
「ああ」
うなずき、わずかに目を細める。
まるで、笑った、かのように。
「分かっている。主。貴殿がそれを変えた。変えてしまった。自分たちの存在意義を、丸ごとひっくりかえしたのだ」
「…おれは、そんな大それたことしてないよ」
「そうかもしれない。だが、自分にとって、それでよかったのだ」




