表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Vanitas vanitatum  作者: イヲ
第八章
36/56

糸車・4

「雪輪と雪華?」


ミーティングルームのなかで、琳は五室の兵器について語った。


「…ええ。五室は、合成人間を真似て、その二人を造り上げました」

「真似て?待って、合成人間ではないの?」


百合子が缶コーヒーを琳に渡すと、それをしっかりと受け取る。

彼は、『感覚』が異様に発達していると聞いていたが、これほどとは。

殆ど『勘』なのだと、琳は言っていたが。


「はい。あれ(・・)は合成人間ではありません。元は、人間の子供だったのです」

「何ですって!」

「蝶子、落ち着いて」


椅子を蹴り上げ、立ち上がった蝶子を百合子が宥めるも、彼女は怒り狂ったように叫んだ。


「何て事を!そんなもの、あってはならないものだわ!」

「父は…高峯は、遺物に"殺された"双子の姉妹を、無理矢理その体を弄り、構築した結果が雪輪と雪華です」

「・・・」


人間を元に造られた生命体。

それは人間の意志を無碍にし、無駄にした結果。

あってはならない、生命体。


黙り込んでいる真は、机の上をじっと見下ろしていた。


「止めなかったの?あんたは」

「…止めましたが、…私の権限では、止めることはできなかった。結局は、私たち五室の責任です」

「ふん、権限、ね…。まあいいわ。今更どうすることもできないもん。で、その雪輪と雪華がどうしたの」

「確実に、真を狙って葵重工に仕掛けてきます。無論、私も出ますが」


蝶子は腕を組んで、ううん、と唸る。


「…分かりました。でも、拙いですね。こちらには非戦闘員が多すぎる。犠牲者が出る事は何としても食い止めないと」

「雪輪と雪華は、何らかの指示が出ない限り、関係のない方には手出しはできません。そのように、出来ているようです」


百合子はうなずいて、無線でエ霞と睡蓮に連絡を取るために席を立った。

俯いたままの真は、ただただ沈黙を守っている。


「真?」

「あ、うん」

「真君、どうかした?」


ゆるくかぶりを振ったが、その赤い目はどこか不安定にゆれていた。


「なんでもない」

「・・・」

「さて、そういうことなら、こんなところで詰めてる場合じゃない」


琳は何かを言いたそうにしていたが、とうとう口から出る事はなく、沈黙のままだ。

蝶子は席を立って、しわしわの白衣を羽織り、腕を回す。


「あんたらは重要参考人だからね。ヘタに前に出るよりは、非戦闘員の護衛をしてもらっていたほうが、何かといいわ」

「…分かりました」

「籬。あんたも、二人の傍にいなさい。何かあったら私らに報告するのよ」

「了解」


籬は外套をひるがえして、ミーティングルームから出た。

部屋の外に百合子はいない。たぶん、屋上かエントランスにいるのだろう。

蝶子は携帯で百合子と連絡を取っているのか、何かを話している。


どこに行くのか、籬の後をついてゆくと、地下5階まで下りてきてしまった。

ある一室にたどり着くと、そこにはコードやケーブルが多数床から這い出て、まるで機械の中にいるような錯覚さえ覚える。


「ここは…?」

「おれ、初めて来た」

「であろうな。ここは、自分たちが機械人形と戦うために造られた部屋だ。常人は普段入らない」

「じゃあ、なんでここに連れて来たの?」


籬は背をこちらに向けたまま、顔を上げた。

そうして、ゆっくりと――ひどくゆっくりとした速度で、こちらに振り向く。

その表情は、照明の逆光となってまるで分からない。

真っ黒に塗りつぶされている。

そのなかから、ちらりと梅紫の目がかがやく。


ぱっ、と照明が一段と明るくなり、この部屋全体が見渡せた。

厚いガラス窓のむこうは、真っ白なだけの部屋。

コードなど、一本も這ってはいない。ただただ白いだけと、防犯カメラのような小型のカメラが吊り下げられているだけだ。


「籬?」

「…琳殿。貴殿は、何故戦う?」

「何故…ですか」


ガラス窓の向こう側の部屋に顔を向けながら、琳が呟く。


「真を守りたかった」

「…兄さん」

「ただ、それだけです」

「…成程」


籬は納得したようにうなずき、それから真正面から琳を見据えた。


「自分には、まだ分からぬ。守るための戦いとは何なのか。知ってのとおり、自分たち合成人間は、戦わせるためだけに生み出された」

「籬、それは…」

「ああ」


うなずき、わずかに目を細める。

まるで、笑った、かのように。


「分かっている。主。貴殿がそれを変えた。変えてしまった。自分たちの存在意義を、丸ごとひっくりかえしたのだ」

「…おれは、そんな大それたことしてないよ」

「そうかもしれない。だが、自分にとって、それでよかったのだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ