籬・2
人間の負の遺産、遺物。
機械と人間が融合した、あってはならない遺物。
それはいまや人間たちの世界に溶け込み、そして純血の人間を殺し続けている。
それを打破するために造られた、合成人間。
葵重工はその合成人間輩出の唯一の会社である。
いまや葵の名を知らぬ国のものなどどこにもない。
籬は、その葵重工で造られた七番目の籬だった。
一番目から六番目の籬は、すべて死に絶えた。いや、合成人間に「死」というものが当てはまるのかどうかは不明だが、たしかに六人の籬は確かにいた。
いたが、みな死んでいった。
「・・・」
葵重工で造られた合成人間は、全部で漆番まである。
それらも、みな遺物たちとの戦いにかりだされ、この葵重工には番号でいちばん若い、漆番である籬しかいない。
壱番号は古く、すでに死んでいる。
名前は千羽。壱番号の合成人間は、すでに製造はされていないようだ。
籬も、実際に千羽を見たことがない。
ただ、初めて作られた合成人間といわれているからか、データには残っている。
千羽は男性型で、壱拾八番まで作られていたらしい。
そこまでしか分からない。
まだ造られて5年である若造の籬には、そこまで知らされていないのだ。
「籬」
部屋のすみにあるスピーカーから籬を呼ぶ声がする。
この声は百合子だろう。
やわらかな声がして、籬はゆっくりとソファーから身を起こす。
「何か用か」
「あなたを見てみたいというかたがいらっしゃっているわ」
「・・・」
「なんでも、政府のお偉いかただとか。私はよくわからないけどね」
百合子は、この国の情勢に関して興味がないと言っていた。
だから、テレビも見ないし新聞も見ない。
興味があるのは、この会社の知識だけだ。
メンテナンスルームに入ると、中年の男が三人、若い男を囲うように立っていた。
敬礼をすると、若い男はまるで軽蔑するように顔をゆがめる。
「お前が合成人間か」
「は」
「へえ、人間とまったくおなじつくりになっているのだな」
「は。そう造られております」
政府の人間は、じろじろと無遠慮に籬を品定めするように見つめてきた。
「どうやって造られているのだ?これは」
「皮膚の事ですか」
百合子が男に説明をしている。だが、籬は必要のない情報として、聞き流した。
「人工皮膚です。破れはしますが、天然皮膚のように自己再生できます。ただし瘡蓋などはできません」
「ほう」
「皮膚の中には、自己再生可能な細胞がふくまれており、非生物的なもの…この籬の身体のなかに収められてある人工臓器に反応し、自己再生を促すことに長けているのです」
「その細胞の名は?」
百合子はわずかに躊躇った後、うすいくちびるを開いた。
「5ZEtaと言います。私たちは、クイーンと呼んでいます」
「クイーンか。悪くない」
若い男は籬の観察をやめ、顎をなでて興味を失せたようにメンテナンスルームを見物している。
ふいに一人の研究員が籬に近寄り、耳打ちをしてきた。
「奴さんは、八坂敬四郎。政府のお偉いさんさ。なんでも、防衛省の…あー、なんて言ったっけな」
「防衛省…」
「ああ、そうそう。防衛省遺物強制執行部隊の議席を持っているとかで…」
梅藤色の目をぱちぱちと瞬きさせると、八坂敬四郎の脳波データを走査した。
「・・・」
これは、と籬はくちびるを薄く開ける。
遺伝子操作をした跡が見られた。
遺伝子操作は、今は政府で禁止されてはいるが、昔は積極的におこなわれていたらしい。
それも、上級の家庭のみで、ガンなどの病気に罹らない遺伝子を注入し、むりやり遺伝子を組み換えたのだ。
だが遺伝子操作を行われたものはみな、死んだ。
今から約10年ほど前、拒絶反応を起こりはじめ、徐々に死んでいったのだ。
これは大きな話題となり、政府への不信感を増強させた一環となってしまった。
「ん、どうした。籬」
「…おかしい。この脳波は…」
あってはならないはずの――。
鶴丸が唸っている。
びりびりと、籬の手のなかでふるえた。
「遺物…」
「は?」
遺伝子操作をしたものはみな死んだはずだ。
それでも、調べれば分かってしまうような、プロテクトもかかっていないデータをあらわにした。
何のために。
籬は、「その問い」を思考することはせず、唸る鶴丸の柄に手をふれる。
「お、っおい、籬!?」
「自分の役目は、遺物を排除することのみ」
こつこつこつこつ。
一歩たりとも乱れぬ足取りに、まだ年若い研究員が慌てて引き止めるも、籬にとっては赤子を振り払うにひとしい。
ただ籬は鶴丸の柄を持ち、その八坂敬四郎へとむかう。
男はまだ気付いてはいないが、まわりの三人の男がこちらに気付いた。
「なにをしている?」
男の一人が籬に問うも、籬は答えない。
ただ、ぎらり、と鈍く光る鶴丸の刀身に、男の目が剥かれた。