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Vanitas vanitatum  作者: イヲ
第一章
3/56

籬・2

人間の負の遺産、遺物。


機械と人間が融合した、あってはならない遺物。

それはいまや人間たちの世界に溶け込み、そして純血の人間を殺し続けている。

それを打破するために造られた、合成人間。

葵重工はその合成人間輩出の唯一の会社である。

いまや葵の名を知らぬ国のものなどどこにもない。


籬は、その葵重工で造られた七番目の籬だった。

一番目から六番目の籬は、すべて死に絶えた。いや、合成人間に「死」というものが当てはまるのかどうかは不明だが、たしかに六人の籬は確かにいた。

いたが、みな死んでいった。


「・・・」


葵重工で造られた合成人間は、全部で漆番まである。

それらも、みな遺物たちとの戦いにかりだされ、この葵重工には番号でいちばん若い、漆番である籬しかいない。

壱番号は古く、すでに死んでいる。

名前は千羽(センバ)。壱番号の合成人間は、すでに製造はされていないようだ。

籬も、実際に千羽を見たことがない。

ただ、初めて作られた合成人間といわれているからか、データには残っている。

千羽は男性型で、壱拾八番まで作られていたらしい。

そこまでしか分からない。

まだ造られて5年である若造の籬には、そこまで知らされていないのだ。


「籬」


部屋のすみにあるスピーカーから籬を呼ぶ声がする。

この声は百合子だろう。

やわらかな声がして、籬はゆっくりとソファーから身を起こす。

「何か用か」

「あなたを見てみたいというかたがいらっしゃっているわ」

「・・・」

「なんでも、政府のお偉いかただとか。私はよくわからないけどね」


百合子は、この国の情勢に関して興味がないと言っていた。

だから、テレビも見ないし新聞も見ない。

興味があるのは、この会社の知識だけだ。



メンテナンスルームに入ると、中年の男が三人、若い男を囲うように立っていた。


敬礼をすると、若い男はまるで軽蔑するように顔をゆがめる。


「お前が合成人間か」

「は」

「へえ、人間とまったくおなじつくりになっているのだな」

「は。そう造られております」


政府の人間は、じろじろと無遠慮に籬を品定めするように見つめてきた。


「どうやって造られているのだ?これは」

「皮膚の事ですか」


百合子が男に説明をしている。だが、籬は必要のない情報として、聞き流した。


「人工皮膚です。破れはしますが、天然皮膚のように自己再生できます。ただし瘡蓋などはできません」

「ほう」

「皮膚の中には、自己再生可能な細胞がふくまれており、非生物的なもの…この籬の身体のなかに収められてある人工臓器に反応し、自己再生を促すことに長けているのです」

「その細胞の名は?」


百合子はわずかに躊躇った後、うすいくちびるを開いた。


5ZEta(クイーンクェ・ゼータ)と言います。私たちは、クイーンと呼んでいます」

「クイーンか。悪くない」


若い男は籬の観察をやめ、顎をなでて興味を失せたようにメンテナンスルームを見物している。

ふいに一人の研究員が籬に近寄り、耳打ちをしてきた。


「奴さんは、八坂敬四郎。政府のお偉いさんさ。なんでも、防衛省の…あー、なんて言ったっけな」

「防衛省…」

「ああ、そうそう。防衛省遺物強制執行部隊の議席を持っているとかで…」


梅藤色の目をぱちぱちと瞬きさせると、八坂敬四郎の脳波データを走査した。


「・・・」


これは、と籬はくちびるを薄く開ける。


遺伝子操作をした跡が見られた。

遺伝子操作は、今は政府で禁止されてはいるが、昔は積極的におこなわれていたらしい。

それも、上級の家庭のみで、ガンなどの病気に罹らない遺伝子を注入し、むりやり遺伝子を組み換えたのだ。

だが遺伝子操作を行われたものはみな、死んだ。

今から約10年ほど前、拒絶反応を起こりはじめ、徐々に死んでいったのだ。

これは大きな話題となり、政府への不信感を増強させた一環となってしまった。


「ん、どうした。籬」

「…おかしい。この脳波は…」


あってはならないはずの――。


鶴丸が唸っている。

びりびりと、籬の手のなかでふるえた。


「遺物…」

「は?」


遺伝子操作をしたものはみな死んだはずだ。

それでも、調べれば分かってしまうような、プロテクトもかかっていないデータをあらわにした。


何のために。


籬は、「その問い」を思考することはせず、唸る鶴丸の柄に手をふれる。


「お、っおい、籬!?」

「自分の役目は、遺物を排除することのみ」


こつこつこつこつ。


一歩たりとも乱れぬ足取りに、まだ年若い研究員が慌てて引き止めるも、籬にとっては赤子を振り払うにひとしい。

ただ籬は鶴丸の柄を持ち、その八坂敬四郎へとむかう。

男はまだ気付いてはいないが、まわりの三人の男がこちらに気付いた。


「なにをしている?」


男の一人が籬に問うも、籬は答えない。


ただ、ぎらり、と鈍く光る鶴丸の刀身に、男の目が剥かれた。

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