春日山・2
籬が押し黙り、エ霞が口を噤む。
「…それは、俺も考えた。五室に潜っても、それだけは分からない。何故、アヤナシも五室も執行部隊も真を殺したがるのか」
真は、『殺されるために生まれた』と言っていた。
だが、そこに理由がない。
何故、殺されるために生まれたのかが分からない。
「そんな事を気にする必要はない」
扉から聞こえた、真の声ではない声に、三人の視線が同時に上がる。
観世水高峯が、そこにいた。相変わらず漆黒色の着流しを纏い、白い足袋に草履を履いている。
「君たちは、真の護衛のはずだ。何故そんな事を気にする必要がある」
「…そりゃ、気になるからですよ。どうせ殺される定めにある命を、何故合成人間三体もつけるのかも分からないのでね」
「エ霞」
「籬、黙っとけ。イザヤが本格的に起動できる状態になれば真は用無しになる」
「その通りだ」
男はゆっくりと頷き、エ霞へと視線を移す。
その目はひどく険しく、獰猛な鷹のように鋭い。
「あと2週間でイザヤは完成する」
「!!」
あまりにも急すぎる。
エ霞が声を上げようとした直前、ストレッチャーが走る音が聞こえた。
僅かに開いた、扉の隙間。
「真!」
ベルトに固定され、身動きが出来ていない真のその赤い目は、うつろに目を開いていた。
ぼんやりと天井を見上げているその姿は、エ霞らが『いちばん』見たくない姿だったのだ。
「とりあえず、礼を言っておこう。ご苦労だった。護衛はあと2週間で終わる。子守も疲れるだろう」
「お生憎」
今まで押し黙っていた睡蓮が、大きくため息を吐き出す。
両手を上げ、かぶりを振った。
「私たちは疲れ知らずなのよ。子供の子守ひとつ出来ないで、なにが護衛よ。あの子は、あんたたちのお人形じゃない」
「ほう?成程。君がそう言うのなら、『そう』なのだろう。だが、多数を生かすには少数の犠牲が伴う。きれいごとでは奴らからこの国は守れぬ」
「ふんっ。馬鹿馬鹿しい。奴らの駆逐を目的に造られた私たちの目の前でそんなことを言うとはね。最新ナンバーの製造を止めたのは、あんたら『お国』よ?」
「だからこそだ。君たちの力を借りずに、人間の力で未来は築かねばならない」
「それこそ、きれいごとね」
睡蓮は目を細め、高峯を睨みつけるが男は何も言わず、ただその視線を真っ向から受けている。
――気に入らない。
彼女はそう思考し、腕を『軽く』振ろうと動かす。
「睡蓮。やめとけ」
「でも」
「何を言っても、こういう個体は考えを違わない。なんせ、この人は正気だ。正気の人間に、口で勝とうったって無理だ」
エ霞はそう吐き出し、高峯をその紅碧の目で見据えた。
その視界の端には、薬を打たれて完全に自失状態にある真がある。
睡蓮が気に入らないのは分かる。分かるが、これは高峯からみれば、ただの子供が我侭を喚いているようにしか見えないのだ。
「じゃあ、あんたは真を見殺しにするっての!?」
彼女の腕が、エ霞の羽織を掴む。
掴んで、彼の体を浮かせた。つま先を浮かせたまま、エ霞はただ、怒り狂う彼女の顔を見下ろす。
『そうじゃないさ』
無線で、そう彼女に囁く。
『そうじゃない』
彼の顔は、今まで見たこともないほどに痛ましかった。
睡蓮はエ霞から腕を離し、男を再び睨みつける。
「では、私はこれで失礼する。真を連れて行け。イザヤに潜らせろ」
「はっ」
五室の人間が敬礼をし、ストレッチャーを引いて葵重工から去っていった。
「・・・」
疲弊した表情を見せる睡蓮に、籬はためらいがちに、そっと呟く。
「…睡蓮。おまえは、何故そんなに真を」
「私だって分からないわよ!」
「籬。おまえ、どうする?あと2週間だ。2週間で、真は殺される。おまえは、諦めるのか」
「・・・」
「自分で考えろ」
エ霞はそれだけ言い捨てると、部屋から出た。
わざと足音をたてて、歩く。
「・・・」
真の目が、人工脳に焼き付いて離れない。
死人の、すりガラスのような目。
「一人にするんじゃなかった」
あの時、エ霞が止めていなかったら、或は違ったかもしれない。
だが、
タイムリミットは、確実に近づいてきている。
「・・・」
エ霞はその日、葵重工から消えた。




