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Vanitas vanitatum  作者: イヲ
第一章
2/56

籬・1

-----(まがき)







――ザッ。



視界が開ける。

黒く、短い髪がゆらりと揺れた直後、それは籬の目の前に姿をあらわした。

ごちゃごちゃと細いケーブルや、太いケーブルが繋がれてできた、ヒト型の機械だった。

顔は白い。

かろうじて、鼻や目の凹凸がわずかながらにヒトの顔だということが分かる。

それが籬を襲おうとしているのだ。


「・・・」


金属がこすれあう音がして、籬は自分の体をゆっくりとみおろす。

黒い。

何もかもが、黒い。

わずかに分かるのは、銀糸で刺繍されている、『籬-(ナナ)号』。

それが自分の名前、いや、番号なのだろう。

今までも、漆号と呼ばれたこともあった。


黒い、わずかに長い前髪が視界をくすぶらす。

煙をあげてこちらに向かってくる機械でできた人形は、手に鋭い軍刀を持っていた。

白く、そして鈍く光り、それは籬の首をねらっている。


『――ジッ、ジジッ。』


液晶画面のむこうがわで、なんらかの信号がおくられてくるが、籬はまじまじと自分の腕や足を見つめるだけで、むかってくる機械兵のことなど、眼中にないようだった。


「・・・」


籬。

籬。

籬。

何をしている。籬。


右手を開いて、腰に差してある籬の軍刀、花喰い鶴丸に扇面(ツルマル)の柄に手をかける。

鶴丸の目貫には花喰い鶴丸が彫ってあり、柄糸はまばゆいばかりの白糸をしていた。


すっ、


ようやく籬は刀身をむき出しにし、機械人形に刃を向けた。

その刀身は照明にぎらりと反射し、にび色にかがやく。


「・・・」


ばぎっ、という、なにかが断ち切れる音が広くも、狭くもない部屋に響く。

鋼鉄が折れた音だった。

籬の鶴丸が、機械人形の、首元にわずかに見えたむきだしの管、人形の脳につながるその血管に直接電流を送り込む。

高温の電気が直接送り込まれ、人形は体を痙攣させたあと、頭がごとんと落ちた。

脳をうしなった人形は、たちどころにくずれ落ちてゆく。

煙をあげ、火花を散らせる人形は、すでに息をしていない。


「・・・」


籬はそれをじいっと見つめ、足音を耳朶で拾う。

ガスマスクをした『人間』たちが、機械人形の回収にいそしんでいる。


「籬」


ふいに、女の声が聞こえ、ゆっくりと振り返った。

伽羅色をした長い髪をゆるく結っている、女の名を百合子という。

彼女はわずかに化粧をしているものの、派手ではない顔立ちをしている。

そのせいか、目鼻はぼんやりしている。

ただ、美人というよりも、かわいらしいといった方がいいかもしれないが、くたびれた白衣を着ている所為で、あまり印象だたない。


「よくやったわ。これで最後の試験は終了よ」

「・・・」


籬はゆるくうなずいて、鶴丸の柄に手をそえた。

百合子に最敬礼をし、煙のにおいが立ち込める部屋を、籬は足音もさせずに去ってゆく。


その後姿を、百合子は視線だけで追っていた。



「じゃ、始めましょうか」





籬はひとり、薄暗いリノリウムの廊下を歩いている。

かつ、かつ、かつ、と一定の音程で、それは響く。

むかっているのは、自身の部屋だ。

『籬-漆号』と書かれたナンバープレートが掲げられている部屋の目の前で、ひとつまばたきをする。

すると、音もなく扉が開いた。

白いだけの部屋。

彩りもなにもない。だが、籬はなにも感じない。

一色を差そうとも、無駄なことだ。

どうせ、今更だ。

それに、もうこの部屋の世話になる事もない。

永遠に。


「・・・」


籬はソファーに座り、窓もない部屋をぼんやりと見渡した。

その梅紫色の目は、感慨もなく、哀愁もない。

ただ、天井を見渡す。


この葵重工で、籬は生まれた。


籬は人間ではない。

合成人間とでも言えばいいのか、元からこの身体だった。

だから、幼少時というものもないし、青年時というものもない。

最初から最後まで、この身体なのだ。


首からさげられている懐中時計を、手に取る。

それは確かに時間を刻んでいた。

籬は時計機能を体内に搭載されているから、実質時計など持っていたもしかたがないのだが、なぜかも分からず籬はそれを持っている。

思い出せない。

誰かからもらったような気がするし、拾っただけのような気もする。


だが、そんなものは籬にとって、必要のない情報だった。

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