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Vanitas vanitatum  作者: イヲ
第五章
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エ霞・2

心など必要ない。

籬はそう理解している。

だが、真は「籬に心はある」と言う。

分からない。

理解できない。

イコールが出ない。


ふいに、ドアをノックする音が聞こえる。

返事を待ち、ドアを開けたのは琳だった。相変わらず黒いロングコートを着込んでいる。


「兄さん」

「体の調子はどうですか」


目が開く。鴉羽色の目が、まっすぐ真へと向けられていた。


「うん、いつもどおり」

「…そうですか。それはよかった」

「学校は?もう終わったの?」

「ええ」


微笑んだ琳の表情。それは確かに実の弟にむけるに相応しい、優しげな微笑みだ。

しかし、どこか負い目を感じている事は確かだ。

血圧値が、わずかに高くなっているし、脈拍もわずかに高い。

明らかに、緊張している。


「…籬君。すこし、いいですか」

「ああ」

「真。もう少し休んでいてください。あとでまた、迎えに来ます」

「う、うん」


連れ立って、真の部屋の隣にある防音機能を施してあるミーティングルームに入る。

籬が真から離れることを可としたのは、ここに危険性はないと判断したためだ。


ミーティングルームはそれ程広くはなく、白で統一された部屋はひどくつめたい印象を受ける。

尤も、籬がいえるようなことではないが。


椅子に座り、籬をまっすぐに見つめた。


「籬君。君は、金居アヤナとは会いましたか?」

「ああ」

「…そうですか。ならば、話が早い。…彼女に、気をつけることです。彼女は、『父側』の人間ですから」

「どういう意味だ」


梅紫の目がわずかに細められる。

琳は机の上に手を置き、しずかに呼吸をした。


「信用しない事です。たとえあなたと友好的な関係を求められても決して乗らずに、上手にかわしなさい。真を守りたいのなら」

「貴殿は何を言っているのだ」

「・・・」


真っ直ぐに疑問を突きつけると、わずかに顔を曇らせ、口をわずかに結ぶ。


「…籬君。人間関係と言うものはね、ひどく複雑なのです。複雑で、入り組み、そして自分でも気付かぬまま、交差している――」

「・・・」

「私は、父が嫌いだった。母が死んだ時も涙さえ流さない彼が。真をヒトとしてみていない。観世水の『御役目』と称して、その身を奉げよと豪語している父が、私は嫌いだった」


その声色は、わずかに震えている。

いかっているのだと、知った。

籬は口を挟まず、ただ彼の言わんとしている事に耳をかたむける。


「父も、金居アヤナも、五室の人間もみな、真を人間と見ていない。私にとって真は、かけがえのない、たった一人の…家族です」

「貴殿は、あの男の子どもでないのか?」

「子供ですよ!!」


言い捨てる。

まるで、それ自体がおぞましいとでも言うかのように。


「…あの血の通わぬような男の子供です。どう足掻いても、そうだ」


かたかたかた、

机の上の手がわずかに震えている。

怒りか、それとも、恐怖か。


「…私は真を、この手で…守りたかった」

「守りたかった?」

「私では…駄目だった。この手で、守ることはできなかった」


イザヤのコア――。

コアの、暴走だった。


「一番最初にイザヤに潜ったとき、左腕を失いました」

「!!」

「左腕を失い、義手を施されたのです。それも、特別製の」


あの時、籬の頬に触れたのは確か左手だ。


「左腕の構造は、私には分かりません。たぶん、五室も、執行部隊も分からないでしょう。すべては、イザヤの意思なのですから」

「意思…?イザヤに、意思があるというのか」

「…是とも、否ともいえません…が、同調している間、イザヤが真を取り込むように、真もイザヤを取り込むことができる。その際に、或は…」


機械に、意思がある。

AIとは違う、意思が。

籬にとってそれは驚愕に値するものだった。

危険だ。

人間と繋ぐことで動く機械が意思を持つなど。


「…籬君。以前も、言いましたね。私は君に期待している、と。それは嘘ではありません」


琳はそこで口を噤み、仕込みを持って席を立つ。

籬もそれに倣い、席を立った。静まり返っているミーティングルームは、まるで死んだように静まり返っている。





「・・・」


一つの人影が全てを聞いていた。

亜麻色の長い髪をした、革のボディースーツに身を包んだ女が。


その表情は、氷よりも冷たく、無表情よりも険しい――。

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