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「くそっ……ついてねぇ……くそったれ」
僕は一人、夕方の路地裏を歩く。
今日という日に限って僕は……僕という奴は面接の時間を間違ってしまっていた。二日酔いが長引いたからといって、こんな失態を演じてしまうなんて……僕は馬鹿だ。
このままでは家に帰ることが出来ない……未来にはあんな大きな口を叩いていたくせに、僕は規定の時間ですら守る事が出来なかったのだから。
本当に……本当に僕は大馬鹿野郎だ。
「ああ……帰りたくないな……すっごく帰りたくない。家出した子供の気持ちが良く分かるな」
気随気儘。自業自得。
二二歳にもなって僕は、甘えすぎていた。体は大人なのに、考えはまだ幼い子供。
思わず……自分に絶望してしまう。
「このままならまだアルバイトをして食いつないだ方がマシなのかな……フリーターね……それとも非正規社員で……でも派遣切りがあるか……」
右往左往。僕は、現実から逃げている事に変わりはない。どのみち僕に、選ぶ選択肢は無い。僕のような就職浪人生は、会社側に選ばれるのが関の山。
使えないと見切りをつけられた人間は、職を手にすることが出来ないという非常に簡単なシステム。僕はそのふるいにかけられ、落とされ続けただけの、それだけの人間だったという事だ……悔しいが、認めざるを得ない。これが、現実なのだから。
「もう……駄目なのかな……僕は」
完全に諦めかけたその時、僕は、おそらくもう使われていないビルのシャッターに、一枚の用紙が張り付けてあるのを見つけた。
イラストが皆無であるどころか、黒い明朝体の活字のみがつらつらと並べられた、まるで、自分から目立たないようにしているかのようなデザインの、地味なポスターだった。
だけど、だけれど、僕にはその地味なポスターがはっきりと、くっきりと、その目に確認出来たのだ。
僕はすぐに足を止め、ポスターに歩み寄り、顔を近づける。
「なになに……うわ……読みにくい。えっと……正社員募集……株式会社……セツナドライブ?」
ハローワークでも、大学の就職説明会でも聞いた事の無い会社の名前だ。もしかしたら、開業したばかりの会社なのかもしれない。
それにしても……なんて読みにくいポスターなんだ。会社の位置ですら活字で表記されている。こんなもので本当に社員募集をしているのだろうか?
「月給……四〇万!?何だこれ!」
現在、サラリーマンの平均月収が二〇万円前後。その二倍の月収である。
勿論、最初は目を疑った。訝しげに考えた。けれど、もう僕には選ぶ手段は無い。これは僕に与えられた、最後のチャンスなのかもしれない。
捨てる神あれば、拾う神あり。
これを逃す手など、どこにもない。
「面接締め切りは……一九時まで。まだ間に合う!」
僕はシャッターに張られたポスターを剥ぎ取り、それを頼りに走り出す。
僕にとって、悩んでいる時間こそ無駄な時間だった。




