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セツナドライブ  作者: レッドキサラギ
第四話 兄妹
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003

「どこに行ったんだ浩二さんは……」


 すっかり日も暮れ、帰宅ラッシュを迎える雑踏の中、僕は浩二さんを探していた。

 勢いでアパートを飛び出したのまでは良かったのだが、僕は完全に浩二さんの行方を見失っていた。見切り発車も、良い所だ。


「はあ……今日の宿どうすっかなあ……」


 雑踏の流れに乗り、歩いていると、どこからか焼き鳥を焼く音と共に、聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「また母ちゃんと喧嘩したのか」


「まあな……分かってくれるとは思ってなかったからいいが……」


「この声……浩二さんか?」


 声の聞こえる方へ向かうと、そこは紛れも無く居酒屋だった。

 小さな店舗であり、カウンター席のみしか設置されていなく、正面には店の店主らしき中年のおじさんが立っており、その背後に厨房もある。

 そしてそこには確かに、夕方に見た浩二さんの姿があった。


「おういらっしゃい青年!」


「あれ……あんたは確か夕方の……」


 おじさんの声が店に響き渡り、それと同時に浩二さんは僕を指差す。


「喜多川刹那です。隣のアパートに今日引っ越してきたばかりなんです」


「隣の……ああ、あのボロアパートか。俺は北王子浩二だ。夕方は変なもの見せてしまったな」


「いえ、親子喧嘩なんてよくある事ですよ」


「ホント、最近頻繁に起こっちまって困り果ててるところよ……明日の宿を探すのに途方に暮れる毎日……はあ……すまんな湿気っぽい話しちまって」


 浩二さんはコップ片手に大きな溜息を吐く。どうやら、結構気にしているようだな。


「まあしょうがないっすよ。僕も社会人にもなって未だに自立出来てないんですから」


「社会人?も、もしかして年上かっ!?これはすまない!」


「いやっ!そんなの気にしなくていいっすから!タメ口でいいから!!」


 僕も浩二さんもお互いに何故か焦ってしまう。

 この時代では年下かもしれないが、僕の時代では大先輩だ。そんな人に敬語なんて使われたら、僕のほうが何だか気まずくなってしまう。


「そ……そうか。ならばそうしよう」


「ええ……ところで……さっきの喧嘩の理由妹さんから聞いたんですけど」


「ああ、麻子が。まったく……何でもかんでも話しちまって。ってことは、俺が反対派運動してるって事も知ってるのか」


「まあ……」


「そうか……まあもう五日後の話だ、ばれるばれないもないよな。ただし、あまり口外しないでくれよ。後が厄介になるから」


 浩二さんは手に持っているコップを置き、僕に釘を刺す。


「わ……分かりました」


 その威圧感に負けて、僕は動揺してしまう。

 その一瞬、ただならぬ殺気を、僕は感じた。


「……俺が共学共闘会議の事を知ったのは三年になったばかりの去年の春だったな。安保条約で縛られた日本を改革する。そのためにはまず、学ぶ場所から変えていかなければならない。日本の最先端に立つ東京大学を俺達が改革していく。まだまだ考えが甘ちゃんだった俺には刺激的な物だったな。なんせ、俺の力で東京大学を変え、ついには日本を改革する事が出来るなんて大それた事しか考えていなかったんだからさ」


「日本を変えるか……確かにそりゃあでかい事ですね」


「だろ?やっぱり男はロマンを求めて生きる生物だ。だがな、俺は共学共闘会議にいる中で、知ってしまったんだ。新左翼の恐怖と奴らの目的をな」


「目的?」


「ああ。奴らは学園改革を理由に、新左翼を発展させ、政府に乗り込み、クーデターを起こすつもりだ。その後政府を乗っ取り、新左翼的考えの下、戦争経済を発展させていくというのが奴らの本当の目的なんだ。防衛戦争を理由に兵器を次々に売りさばき、兵器会社は莫大な富を得る。ついには戦争無しでは日本が発展しない国に変えちまうって寸法だ。財閥は再び復活し、第二次世界大戦どころの話ではなくなる……下手したら第三次世界大戦にもなりかねない。そんな物、見過ごせるわけ無いだろ?」


 見過ごせる……はずがない。

 浩二さんの目は、本気だった。本気だからこそ、反対運動を展開する事になった。

 僕なんかには、到底真似できない。その行動力を、思わずとも尊敬してしまう。


「反対運動のメンバーは共学共闘会議に不満を持っている者を内部と外部から掻き集めたんだ。まったく……自分でもよくこんな危ない橋を渡ったもんだと感心してしまうくらいだ。まあ、無事共学共闘会議の奴らには見つからずにメンバーを集めれた訳だがな」


「見つからずに……どれくらい集まったんですか?」


「ざっと……七〇〇人程度か?」


「七〇〇!?多い!!」


 たった一人で七〇〇人もの人間を集めるだなんて……普通出来る事じゃないだろ。

 何というか、素晴らしい人望の持ち主なんだな、浩二さんって。


「それでも共学共闘会議の連中はざっと二〇〇〇人を超してやがるんだ。まだ頭数が足りない……だがもう時間が無いんだ」


 眉間に皺を寄せ、浩二さんは手に持ったコップを睨みつける。 


「時間が無い?どうして?」


「東京大学は今、共学共闘会議によってバリケード封鎖されている。つまり、東京大学は完全に奴らの手中に収められているんだ。だが奴らはそれだけでは飽き足らず、東京大学を拠点に本格的にクーデターを起こす作戦を計画した。その実行日が……一月一八日なんだ」


「一八日……」


 藍川から聞いた、安田講堂事件の期日が一八日。全てが繋がった。


「……よし!湿っぽいのはここまでにして、今日はお隣さんの引っ越し祝いだ!親父!ジョッキ追加に枝豆焼き鳥追加だ!!」


「おうっ!任せとけ!!」


「お、おうっ!飲むぞー!!」


 浩二さんとおじさんの勢いに乗せられて、僕も思わず酒を飲んでしまう。

 浩二さんのお酒を飲むスピードは速く、軽くビールジョッキ一杯を飲み干してしまう。

 世界を変えてしまう、重要な担い手。

 その肝っ玉を、僕はじかに感じたような気がした。

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