第六話 疾走する本能
遅くなって申しわけありません。
タイトルはあるキャッチコピーです。
切り取られた四角い空。それはどす黒い雷雲に覆われていた。
雷鳴が轟き、疾風が辺りの木々を震わせている。
激しい豪雨の最中、視界の中に人影が現れた。
顔は影になっていて分からないが、こちらを見ている。
そうしてその人はこちらに向かって腕を伸ばし―――――――
「ぅ…………ぁ……」
苦しそうに呻き、雷電は思い瞼を徐々に広げた。
ベージュ地の天井に濁った白の壁が映り、女性と思しき話し声が近くから聞こえてきた。
どうやらベッドに寝ているようだ、というのを雷電はようやく理解した。
首を回すとクマの人形や可愛らしい小物など、雷電の部屋とは程遠く離れた少女趣味的な装飾が施されている。雷電は自分はどこにいるのかと考えた。
「というか俺はどうなったんだ……?確か刺されて………」
自らの腹部に目を落とすと包帯が何重にも巻かれている。
今さらながら、雷電は自分が上半身裸であるのに気づいた。
「いかんな………。知覚が大幅に遅れている。これも副作用の一つだったか」
両腕を上げ、指を一本一本確認するかのように動かしていく。
上半身を持ち上げようと腹筋に力を入れようとしたところ鈍痛が走り、そのままベッドに倒れてしまった。はぁ、と雷電のため息だけが部屋に響く。
すると突然、がちゃりとドアが開かれ、雷電もよく見知った顔が入ってきた。
「あら、もう起きたの?もっとくたばってても良かったのに。折角頑丈なんだから」
おおよそさっきまで怪我して気絶していた人間に取るべきではない態度を見せたのは樹里。冷たい眼を雷電に向け見つめている。
「ちょ、ちょっと内藤さん…それはいくらなんでもあんまりじゃ………」
苦笑を浮かべて樹里に呆れてるのは咲椋。今日も髪の後ろの上半分を結っている。
咲椋は雷電の方を向いて、心配そうに声を掛けた。
雷電は取り敢えず何故咲椋があんな場所に居たのか聞きたかった。そんな雷電の気持ちを汲み取ったのか、樹里が先に口を開いた。
「彼女たち、友達がやばい男達に目付けられてて、それで咲椋が助けに皆を連れていったんだって」
「んな無茶な…」
ごめん、とバツの悪そうに謝る咲椋だが、直ぐに雷電に向き直り、
「英君。怪我のほうは大丈夫?痛まない?」
「まだ多少痛む。それよりここは何処なんだ?」
「ここは咲椋の家よ」
椅子に腰を掛けた樹里が代わりに答えた。
「あ?なんだってそんなところに…。俺を刺した奴はどうなった?他の女連中は?」
「あなた、もしかして覚えてないの?」
「何を」
「発病した後のこと。大変だったんだからね」
「!………」
――約一時間前
「へへっ………ざ、ざまぁみみやがれってんだっ…」
雷電にナイフを突き刺した男は興奮で呂律の回らない声を出した。
「雷電っ………!」
既に少女達に帰るように誘導していた樹里は雷電の助けに入ることが出来なかった。彼女にしては珍しく焦った様子で彼の元へ急ごうとする。
「な、何……?」
しかし雷電の異変に気づき、つい足を止めてしまった。
振り向いた雷電は、その双眸を輝かせていた。
「眼が……紅い…」
この変化には男も驚いていた。
「ぁが……ば、ばば化物ッ………!??」
この『化物』に反応したのかどうか分からないが、雷電は男を紅い眼だけを動かし睨みつけた。
「ぐぎぎ……ゅぉおあぁぁ…!」
人の言葉とは思えない発声をしていたが、明らかに怒りを顕にしていた。
「ぎぁああおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
雷電は猛獣のように吠えた。それはまさしくハウリングと呼ぶに相応しい雄叫びだった。
耳をつんざく雄叫びに、その場に居た全員が反射的に耳を塞いだ。
「な、どどうなっちゃたの?!彼?!」
「わかんないよー!!」
「う、うるさい・・・」
動揺する少女達を余所に、樹里は怪訝な顔をしていた。
「雷電…どうしたんだ?」
「ひぃっ………!く、くんじゃねぇえ!!」
強気な語調とは裏腹に、怯えきった男はへたりこんで後ずさりをしていた。
「ふーっ、ふーっ、ふーっ」
雷電は野獣のような呻きを剥きだした歯を間から響かせ、猫背で男を凝視している。
ナイフはぶしゅっ、と吹き出した鮮血で抜け落ち、金属質な音を立ててコンクリートに落ちた。
「ひぁっ………!」
男は自分がひどく情けないことも気にすること無く、ただ雷電に畏怖するだけであった。
ゆっくりと男に歩み寄る雷電。その瞳は完全な真紅で、黒目と白目の違いが存在していなかった。
「ぎゃああああああ!!」
悲鳴をあげ、おぼつかない足取りで猛然と逃げてゆく男。
完全に男の姿が見えなくなると、雷電の動きが止まった。
「雷電ーーーっ!!」
樹里が走りだすのと同時に、雷電は膝を突き、地面へと倒れた。
まるでいきなり息を引き取ったかのように。
雷電が倒れたコンクリートの地面には、赤い水たまりが広がりつつあった。
「まるで記憶に無い………」
「ふーん……。まだまだ謎がある病気ね」
はっ、と雷電は自分の病気が咲椋にバレたのか?と考えた。
「悪いけど雷電。あなたの病気について咲椋には離してしまったわ。でも安心して。他の子達には口止めしといたから」
それに応えるように淡々とした口調の樹里。
雷電は一瞬、樹里を殴りたいと思ったが、色々と振り切れたようで大人しく話を聞いていた。
「…潮花。……お前も俺を、気持ち悪いと思ったか?それとも恐怖したか?」
天井を見つめる雷電に、咲椋は何も答えられないでいた。
「あぁ、何でもいい。いずれにせよ誰も俺にいい感情を持った人間なんていなかった。俺はずっとそうやって、社会から拒絶されながら生きてきた。当然の結果だよ。物凄い特殊な力なんて持ってたって、尊敬されるのはテレビの中のヒーローだけさ。現実は、俺みたいな『規格外』なんか、仲間にいれちゃくれない」
「普遍的ではない人間を嫌う。それが人間っていうモンだろ?」
この悲観主義は、雷電自身が嫌っていた。こんなことを喋っても、彼が救われることも無いし、他人に同情を求めてもらうつもりもなかった。
何よりこんなことしか言えない自分が、雷電はどうしようもなく悲しかった。
沈黙の中、俯いた咲椋が何かを囁いた。
「……うよ………」
「……あ?」
「絶対に違うよ!!!」
咲椋の大声が、暗い部屋にこだました。
「どうして……?人間って…そんなに自分勝手な生き物なの?互いを理解できないの?そうじゃないよ!必ず分かり合おうとする人はいるんだよっ!英君は確かに今まで辛い人生を送ってきたよ……。だからって、世界に、じ、自分に絶望なんか、しないで………よ」
咲椋を見て呆けていた雷電を、咲椋はベッドに飛び乗って双肩を掴んだ。
「英…くん。私…ずっと君の力になりたいと思ってた。クラスにいて…寂しそうな君の背中を見てたら……どうしてかな、側にいたいな、って…思っちゃって…。へへ……鬱陶しいよね。なんにも知らなかった私なのに」
「でも、私は君のことを分かってあげたい。人を信じられないまま生きるなんて…辛すぎるよ……?」
咲椋は涙をうっすらと浮かべて、雷電の両目をしかと見つめた。
野獣の眼であったそこには、雫が流れ落ちていた。
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