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第四話 倫理的に考えて

今回長くてすいません。

 目覚ましで目が醒めた雷電は、のそりと上半身を起こした。


「まだ生きてる」


 どうやら彼はあのまま樹里に殺されるつもりだったらしい。


 雷電は眠たい目をこすりながら鳴り響きく時計を止め、ベッドから這い出た。


 朝食はまだだろうとキッチンへ足を運ぼうとすると、ドアの向こうから油の弾ける音が聞こえてきた。


「おいおいマジかよ…」


 そう呟いてドアを開けると、樹里がキッチンに立ちフライパンで目玉焼きを作っている最中だった。


「あら、起きたの」


 雷電を振り返ること無く、樹里がそっけなく答える。

制服にエプロンを掛け、その姿は誰が見ても違和感の無いものだったが、雷電にはそれを認めることが出来なかった。というか認めたくなかった。


「何、してるんだ」


「見て分からないなら、眼科か精神科に診てもらった方がいいわ。ウチの部隊に腕のいい医師がいるんだけど今度みてもらいましょうか」


「謹んでお断りするが…料理なんて出来たのか」


「私を何だと思ってたの?」


「てっきり生活力皆無女かと」


「失礼ね…。野戦演習は基本自炊するものなの。身のまわりの食事くらい、自分で出来て当然よ。それに私の上司が『女は料理くらい出来ないと嫌われる!』って言うものだから、満遍なく叩き込まれたわ。戦場で嫌われない人なんているのかしら」


 雷電はその上司とやらと今度話しがしたいと思った。


「今日は材料が少なくて大したものは作っていないけど…。準備お願いできる?」


 雷電は俺の家の冷蔵庫だぞ!と文句を言おうとしたが、我に返って言われたとおり仕度を始めた。



 そして二人が席に座り、雷電が手を合わせて頂きます、と言いかけた時、樹里が眉根を寄せて


「雷電、着替えないで朝食を食べるなんてはしたないわよ。着替えてらっしゃい。あと顔をも洗ってきてね。それと明日からの掃除洗濯食事の分担決めといたから、冷蔵庫の横見といてね。当番表があるから」


若干戸惑った雷電だったが、まずは着替えようと席を立ち自身の、今は雷電と樹里の寝室へと向かった。



「意外としっかりしてるんだな」


 そう呟きながら数少ない家具の一つのクローゼットから、紺色のブレザーと白いワイシャツ、灰色に黒のチェックのスラックスを取り出してベッドに放った。雷電は自分が身の回りを世話しなくてはならないと密かに嘆息していたのだが、見事にそれは取り越し苦労となった。ひとまず安心だが、これから尻に敷かれるという新たな可能性を危惧し、再び嘆息するのだった。


 ブレザーをひとまず勉強机とセットになっている椅子に掛け雷電は洗面所へと向かう。そこで雷電は、目を点にして、驚愕のあまり絶句した。


 そしてどうにか開閉を繰り返すだけの口から、言葉を吐き出した。



「無………い…………」


 そう、雷電の髪の毛が昨日より大幅に少なくなっているのである。鼻の下まであった前髪は目にかかるかかからないくらいまで切られ、後ろは肩まであったものは首の少し上までになっていた。鏡に映る雷電は、客観的な評価をすると、容姿端麗な青年だった。元々顔の作りはいいので、然るべき髪型になっていればかなり格好良くなる。


 洗面台に両手をついて絶望一杯で俯くと、ゴミ箱に新聞紙に包まれた雷電のものと思しき大量の髪の毛が捨てられているのが黒い瞳に写った。


 数十秒の後、やっと頭を切り替えられた雷電は高速で洗顔を終了させ、いきり立ってリビングに向かった。


「どういう事だ。これは」


 自身の頭を指し、怒りの籠もった声で訴える雷電。対して珍しくからかうような微笑を浮かべて答える樹里。


「どういう事って、見たままよ。寝ている間に切らせてもらったわ。なかなか似合ってるからいいじゃない。私は好きよ」


「言わなかったか?前に髪を短くしていた時にガンを付けたと勘違いされてケンカ吹っかけられたってこと。ナイフ見せられて発病しそうになったんだよ」


「その時は私が守ってあげるわよ。自慢じゃないけど、高校生よりはナイフを上手く扱える自信はあるの」


「………」


「ほら、トーストが冷めちゃうから早くこっち来なさい」


 雷電は怒りが収まらない中、朝食を不機嫌そうに食べていた。樹里はそんな雷電を特に表情は変えずに何度も見ていた。



 食事を終えて、二人揃って登校。


 雷電の予想通り、道行く生徒たちは二人を見てコソコソと囁きあっていた。内容は大体

、あの美男美女は誰だ、女の方は昨日転校してきた娘だ、じゃああの男子は、分からないけど格好良いね、という感じだった。


 いよいよ雷電は壮絶に死にたくなってきた。何故こんなにも自分は目立ってしまうのだろうか。こんな病気さえ無ければ何も気にすることは無かっただろう。雷電は自分をこんな風に生んだ親、そして神を呪い殺したいと思った。



 樹里とは登校中ほとんど喋らずに別れ、各々のクラスに向かった。


 遂に到着した雷電は自分のクラスの扉を目の前に、ふと立ち止まった。


 「ええい、ままよ………!」


 軽く呟き、扉の取っ手に指を掛け、遅くもなく早くもないスピードで扉を開けた。



 なるべく自然体に努めて、半ば特攻気味に教室に踏み込む。



 その瞬間、この教室の時間が凍りついた。全ての生徒が雷電に目を向けたまま、動きを止めている。実際に止まっているわけでは勿論無い。現に黒板の上に掛けられている時計はいつものペースで時を刻んでいる。雷電だけが、止まった世界を移動できる唯一の存在であるかのように、自らの席に赴く。雷電は無表情の中歯噛みして、机の横に鞄を引っ掛けて椅子に座る。それから鞄から本を取り出し、ページを開いた。


 雷電が文章に目を落とすや否や、凍りついた教室が時間を取り戻し、空間全体がたちまち騒然となった。もう人の声を聞くことさえ嫌になった雷電は眉をひそめて、いっその事本に集中しようとした。だが、その中で堂々と話しかけてくる猛者がひとり。


「よっ、ライ。今日は髪切ってきたんだな。やっぱそういうのの方が良いって。お前は」


 いつも通り屈託の無い笑顔で雷電に話しかけてきたのは、雷電の少ない友人の兼光だった。雷電は、思わず本から顔を上げて、驚きと嬉しさが入り交じった表情で兼光へと目を向けた。


「やはり持つべきものは親友だな。お前が友達で俺は嬉しい」


「?」


 声が感極まっている雷電に兼光は首をかしげた。


「は、英君…だよね?」


 後ろから声を掛けてきたのは、友人未満他人以上の咲椋である。


「何?」


 くるりと体の向きを変えすぐさまいつもと同じぶっきらぼうに戻って答える雷電は、いつも以上に目付きの鋭さと整った鼻、薄い唇が良く見えた。


 そんな雷電の顔をみると、咲椋はみるみる顔が赤くなっていった。


「え、いや!な、なななな、ななななな!」


 咲椋は両手を振って必死に何かを言おうとしているが、言葉になっていない。


 雷電には自分の顔が良かろうと興味は無かった。ただ普通に生きていられれば何だって良い。イケメンなら他の奴がなればよかったんだ、とさえ思うことがある。

これは嫌味でも何でもない。彼のたった一つの切実な願いだった。


 今雷電が欲しいもの、それは何の変哲のない普通の人生なのである。それが何の因果か、彼の人生には「普通」という言葉はあまりにも不適だ。だからこそ、彼は普遍を所望しているのだが。


 その後、休み時間の廊下、昼食の後、果ては帰る直前まで女子から告白されまくったが、雷電は一概にして、


「悪い。興味ないんだ」


の一言でバッサバッサと切り捨てていった。あまりにもストレートである。言われた方にしてみれば、よくても木の棒で叩かれるように「ごめん、貴女とは付き合えないよ」くらいの拒否かと思っていたのに、まさかの真剣でぶった斬られたのだ。それも居合い斬りの速さで。弱い人はショックで数日は立ち直れなくなるだろう。


 雷電としては本当に『女に』興味が無いので、反応にも当然興味が無かった。


 玄関で律儀に待っていた樹里を連れて、校舎を後にする。その姿は傍から見れば恋人に見えるが、その二人を見ていた生徒たちは、雷電と樹里が全く喋らず、お互いに無表情なのでとても愛し合っているようには見えなかった。


 樹里がやっと口を開く。


「ねぇ、帰り道は違う道をいきましょうよ」


 雷電は一瞬で嫌そうな無表情を作り、冷たく言う。


「面倒だな。一人で行け」

「私を迷子にさせる気?その辺いただけないわね。レディをエスコートするのがナイトの務めでしょう」

「知った事ではない。お前がどっか行こうと俺にとっちゃどうでもいいことだ。それにお前アメリカ生まれだろ。俺がフェミニストのイギリス紳士だろうとお前をエスコートする気は無い」

「相変わらずつれないわね。もう少し柔らかくなりなさいよ」

「お前にだけは言われたくない」

「失礼ね」

「的を射てると確信してるんだが」

「そんなんだと嫌われるわよ」

「誰に」

「私に」

「そいつはありがたい。また恋がどうのこうの言われなくて済む」

「そうだ、今日の夜、射撃訓練でもしようかしら。手頃な的が寝っ転がっているはずだから」

「申し訳ございませんでした」


 感情の篭らない不毛な言い合いを続けていると、いつの間にか雷電のいつもの通学コースから大分道が外れていた。


「あーあ…」


「いいじゃない、たまには」


 雷電が頭を掻きながら修正コースを考えていると、隣の道の方から言い争いのような声が聞こえてきた。


「何かしら」


「…首突っ込みたくない」




 その一本道は人通りが少なく、背の高い建物で隠されているため暗い。

所謂路地裏という奴である。建物の壁にもたれかかるように立っている数人の少女の中の一人が、大声を出す。しかしながら、その声は大通りには聞こえない。


「だから!嫌だっていってるじゃない!」


「そんなに反抗しなっくてもいいだろう?俺たちに付いてこいって。いい事させてやるから」


 それを囲むようにして男子高校生と思われる大柄な少年達が詰め寄っている。

男子高校生とわかるのは、彼らが隣の高校の制服である詰襟を着ているからだ。それさえ無ければ街で夜遊びしてそうな若者である。


 樹里と雷電はその様子を建物の横から頭を出してひっそりと伺っていた。


「ピンチみたいね」


「あー絶対に関わりたくない」


「何言ってんの。雷電、貴方の力はこういう時に使うんじゃない」


「バカ言え。女子共はウチの学校の連中だろ。俺の眼見られたらどうする」


「でもあいつら武器なんてもってなさそうだけど」


「尚更俺が出ていったところでどうにかなるもんじゃないだろ。殴られたくらいじゃ発病しないぞ」


「でも貴方武術か何かやっていたでしょ?」


「なんで」


「掴み方が普通の人じゃないし、拳が空手をやっている人の形だったし、踏み込みがすごかったからそう思ったのだけれど」


「…あの時にそれだけ見てたのか。お前はいい軍人になれそうだな」


「ありがと。さて、出て行くの?出て行かないの?」


「う…」


 雷電が踏みとどまっていると、男が先ほど反抗した女子の腕を掴んだ。


「は、離してよ!」


 掴まれた女子が苦痛に顔を歪めた。


「いちいちうるさいな。いっそここで口聞けねェようにするか?」


 少年が凄むと、その女子に一気に恐怖の色が浮き出た。


「待て…よく聞くと今の声…。汐華咲椋か?暗いんで分からなかったが」


「知ってる人?」


「俺の後ろの席のやかましい女だ。お前も覚えてないか?ったく、こんなところで何をしてるんだよ…」


 雷電がじれったそうに歯ぎしりをしていると、樹里が雷電の肩を叩いた。雷電が彼らから目を離して振り向くと、真剣な樹里の顔が間近にあった。


「貴方は挑発でもしてから彼らを倒して。その隙に私が彼女達を非難させる」


「ちょ、何勝手に…」


「知人くらい助けられないなんて、人道的にどうなんでしょうね」


「……」


 恐らくここで雷電たちが助けに向かわなければ、彼女達は犯罪に巻き込まれてしまうだろう。そうなってしまってから、傍観し何も出来なかった、否何もしなかった自分は人間としてどうなんだ?いつも自分の正当性だけを証明してきた俺はここで何をやっている?ただ見ないふりをして終わる。それが正しい選択肢とでも言うのか?


「…そうだな、倫理的に考えるとな」


 僅か数秒の葛藤の中、雷電は結論を弾き出す。


「やる?」


「まぁ、しょうがないか」


 雷電は無表情で頷いた。そして小声で決心の現れをを呟く。


 「…眼の前にいる人間も救えないで、何が倫理的だ」

これを書いている途中に、このタブを消してしまって絶望で枕を濡らしました。


そして頑張って修復。前の方がよかったかなぁ…。


感想いただけると嬉しいです。

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