第三話 無意識の愛
朝、雷電が目覚めると気になることが二つあった。
まず一つ目、この布団には人が二人いる。
一人は雷電で間違いない。何と言っても我思う故に我ありだ。
問題の二人目。普通に考えると樹里だ。雷電の目の前の視界は美しい黒髪を生やした人間の後頭部がある。それに無性にいい香りがする。
しかし距離が近すぎる。もう目と鼻の先に、具体的には5センチしか離れていない。
ベッドを上から見ると、左に雷電、右に樹里がそれぞれ右向きに横たわって布団にくるまっている。
そして雷電が右手を動かそうとすると、何か柔らかいモノを掴んでいるのが分かった。
「………?」
少し思考の後、それが樹里の胸部だと理解した。それなりに大きい胸である。
要するに雷電は彼女を打き抱えた状態で寝ていたのである。それならば超至近距離で寝ていたのも仕方あるまい。離れていては触れることも出来ないだろう。
「そんな訳ねぇだろ…!」
自分の思考に自らツッコミをした雷電だったが、いつの間にこの体位…じゃなくて体勢になってしまったのか深く悩み、無意識だとしても己の行いを激しく悔いた。このまま腕を引き抜こうにも、樹里の体を動かしたら彼女が起きて侮蔑の眼で見られるかもしれないのでどうやって起こさずに腕を引きぬくか思慮していた。
と、ふと気づいたが視界が広い。いつもは鼻の下までいかんばかりの長い前髪で雷電の視界は半分以下なのだが、今日は何故か前髪が見えない。
手で触って確認したかったが、先に腕を抜く方が先決である。
まず上に乗せている右手を胸から放し、ゆっくりと布団をその手で押し上げていく。
そのまま体に引き寄せ、樹里の体を刺激しないように慎重に布団を戻す。
難しいのは左腕だ。樹里の体の下敷きになっているので、刺激しないように抜くのは容易ではない。
雷電は樹里が起きないのを祈りながら、先ほどよりもっとゆっくりと腕を樹里の腋から抜いていった。
しかし、樹里の体がごそごそと動き出して、雷電はビクッと体を硬直させる。
同時に向いている方向とは逆方向、つまり雷電と向きあうように寝返りを打ち(しかも超至近距離)今度は樹里が雷電の体に手を回してを「ギュッ」と打き抱えた。
しばらく「う~…」などと唸っていたが直ぐに雷電の胸のなかに顔を埋めて、小さな寝息を立て始めてしまった。
「…もうどうにもならんな」
さすがに白旗を揚げたのだった。
改めて思うが、女性の体は本当に柔らかい。腹に当たる胸や、触れ合う腿の感触は雷電が生きてきた中で全く知らない物だった。
普通だったらこんな状況で性欲というものが働いて、生理現象が起きるのだろうが雷電にはそれが全然起こっていなかった。彼にはそういったものが分からないのだ。
ただ、彼にもわかることはある。
それは、人の体というのはとても温もりがあるということ。
昨日は樹里に冷酷だという感情を持った雷電は、ちゃんとこういう人らしい暖かさを持っているのが少し驚きだった。
それに抱いていると、よく分からないが安心出来るということ。
何故か心に余裕が出来た、そういった気分になれるのだ。
すぅすぅと寝息を立て、気持よさそうに寝ている樹里の顔を見ていると、やっぱりギャップの激しさに笑みがこぼれてしまう。頭の上に手を乗せて、よしよしとしてしまった。
雷電は眠っている樹里の顔は結構愛らしいと感じている。それくらいは彼の中でも芽生えた意識なのだろう。
本人は気付いていないが、雷電は一種の「愛情」を今初めて体感したのである。
それは父性愛と呼ぶべき物かもしれない。
これは彼にとって「ありえないこと」の一つが起こったということだ。雷電が今まで他人に愛情を持ったことは無く、いつも人を避けながら生きてきた。
まだ樹里を「女性」として愛すことはしていないが、父が自分の子に抱く感情に、それは酷似していた。
結局雷電は朝にセットした目覚ましが鳴り響くまで、樹里の抱擁を受け入れたのである。
何か短いですが… つなぎとして見ていただければ。
大体この二人が中心となっていくので、学園シーンは減るかも・・・
感想いただけるとありがたいです。