第一話 パラシュート降下少女
すいません。大幅改修しました。設定が大きく異なります。
「欝だ……」
高校2年生の最初の朝、少年は既に弱音を吐いていた。
昨日はこの一年、どうにか平凡な日常を送れたことに喜びつつも、まだあと二年残っているのかとも悩んだ。
自分のアレはいつも周りの人間に忌避されてきた。
アレのせいでこの少年はどれだけ孤独缶を味わったか。
高校では絶対そうはさせない。折角故郷から遙か遠く離れたこの学校に入学したのだから。
180というまぁまぁ高い身長とスッと線の通った鼻、鋭い輪郭。しかしパッと見線の細い体や、目にかかるくらい長い前髪によって威圧は全く感じらない。それも何か病弱さを醸している要因になってしまっている。クリーニング出したてのブレザーとワイシャツとスラックスも、彼の発する負のオーラによって新品さが台無しになっているのは否めない。おまけに端整な鋭い眼も手伝って、これでは根暗という第一印象を与えざるを得ない容姿。
だがそれも彼が望んだ結果だった。
そんな残念根暗こと彼、英雷電は住宅街の隙間を縫ってこれから通う方丈高校に向かっている。ふと何の為というわけもなく、雷電が空を見上げるとそこそこ大きな物体が空から下りてくるのが視界の八分の一を占めた。それは風向きに任せて流れていって、通学路より少し外れた林の方へと落ちていった。
「パラシュートを背負った人…みたいだったな」
人の身長は如何ほどかは目測しづらかったが、パラシュートの名の所以である落下傘は確認出来た。 いつもの雷電ならばこんな奇異な事も、さっさと気持ちを切り替えてまた無愛想に歩き出すのだが、何かしらひっかかるものを雷電は感じていた。彼にはこの感情が何のかは理解出来なかった。しかし本能はそこに行けと言っているような気がしてならない。
とうとう自らが訴えつづける本能に打ち負け、ため息混じりに
「行ってみるか」
と、大通りを外れ木々が生い茂る林へと足を向かわせた。
それはこれから始まる生活の境界線を超えたのかもしれない。
林に足を踏み入れた当初は落下したところの見当をつけて歩いていたが、次第に奥へ奥へと入っていくうちに方向感覚が狂い始め、今やどこを彷徨っているのか解らなくなっていしまった。雷電はこれ以上は探すだけ無駄だなと思い、身を翻して元々来た道へと引き返そうとした。
それと同時に、雷電のすぐ近くでガサッ、と木の葉を揺らす音が雑木林の中に響いた。
「!!」
反射的に雷電は茂みの中へと音もなく身を隠し、呼吸を出来うる限り殺して気配を消した。
茂みから音のした方向を覗くと、厚ぼったいベージュの防護服を着た人間がパラシュートの中からモゾモゾと這い出てくるところだった。身長はそれほど高くなく、170以下のように見える。その人物は立ち上がると、マスクに手を掛けながらしゃべり始めた。
「こちらForest。予定通り目標地点に到着」
予想に反して高い声音に驚きつつ、外されたマスク下の素顔に雷電は唖然とした。
その声の主は、意外にもややロングの艶やかな黒髪をたなびかせた容姿端麗な自分と同い年くらいの少女であった。若干日本人離れした美しさだが、大和撫子という言葉が良く似合う。目は大きいであると同時に、力強い光が宿っていて意思の強さを感じさせる。小さな鼻はスッと通っていて唇は薄桃の健康的な色合いをしていた。その顔にはマスクの内部は熱かったのか、うっすらと汗が流れており、同時にその頬を火照らせていた。
「わかってる。この事が漏洩するようなことがあったら、私も自分の命は無いと思っている」
耳に付けたインカムにそう言いながらも、テキパキと厚ぼったいスーツを脱ぐと、その下には雷電の学校、方丈高校の女子生徒制服を何故か身に付けていた。
「…了解。必ず成功させる」
そう言うと、耳に付けてあったインカムを取り外し、スーツから出てきた学生カバンの中へと放り込んだ。
「そこの人。コソコソと隠れてないで出てきたら?気配を消してるつもりだろうけど、ぶっちゃけバレバレよ」
呆れた様子であっさりと見抜かれた雷電は、少女の鋭すぎる洞察力に軽く毒づいて茂みから立ち上がり少女の方に近づいた。一方少女は焦っている感じは無くむしろ何か余裕を持った雰囲気で雷電を見つめている。
「今の会話、聞いてたの?」
その少女の澄んだ瞳にキッと睨まれ、雷電は思わず竦んでしまった。身長差が10センチくらいあるのにも関わらず。
「聞いたらどうなんだ」
ここで臆する事は不利になると考え、できるだけぶっきらぼうに雷電は口を開いた。
すると顎と腰に手を当て少し考えこむ少女。
「どうしたものか…多少予定が狂うけど、大丈夫ね」
等と独りごちたあと、雷電に再び目を向けた。そして目の前の長身長髪の少年を指差し、こう言い放った。
「お前、私の相棒になりなさい」
………
「は?」
雷電は一瞬わけがわからないという顔になり、顎がストンと開いて意思に関わらず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「聞かれた以上放っておくことも出来ない。だからといって簡単に始末も出来ない。よって私の側に置いておく事に決めた」
「あぁ、なるほど。だが無理な相談だ」
「どうして?」
少女は大層怪訝な顔をした。あまりに純粋な疑念の瞳だったので断った雷電も自分が間違っている錯覚に嵌りかけた。
「明らかに俺みたいな一般人が巻き込まれていい話じゃないだろう。そんな危険なモノに乗っかるのは余程の馬鹿か向こう見ずだけだ」
最も、雷電がこの場所に来たのも向こう見ずといえるのだが。しかし今問題はそこではない、明らかに危険な匂いの充満するこの少女の話にホイホイ乗せられたら、何が待ち受けているか分からない。よってここはできるだけ穏便に済ませたかった。
「確かにそうね…」
納得の言葉からため息をつくと、少女はカバンの中から黒い「何か」を取り出した。
「じゃあ始末するしか無いわ」
「おいおい、待て………って、な……?」
少し角度の開いたL字のそれは少女の手には余りにも大きく、不釣合いで――この少女には似合っていたが――重厚感あふれる金属の塊は圧倒的な死の象徴を連想させる。M1911A2、俗にソーコム・プロトと呼ばれる「ソレ」を少女は慣れた手つきで灰色の円筒形のサプレッサーであろうものを銃口に小型のドライバーで手際良く填めていく。
それからコッキングして、セーフティを外してからこちらへ照準を合わせた。
「やばっ………」
雷電の体に異変が起きるまでもののコンマ数秒。中でこみ上げるマグマのような物体を必死に堪え、雷電は両手で自分の顔面を覆った。
「何をしているの?死ぬのなんか怖がらなくてもいいわよ。どうせ何も感じず死ぬもの」
表情を全く崩さない少女にいよいよ雷電は殺人鬼という言葉が浮かんだが、それよりも冷や汗と荒い呼吸に軽い錯乱状態に陥っていた。
「残念だが………お前に俺は…殺せない」
「虚勢も大概にしなさい。鬱陶しいから」
苛立った少女が引き金に指を掛ける音を聴き、やむなしと思った雷電は両手を振り払い全神経を視力に集中させる。
雷電の顔を見た瞬間、少女に驚きの表情が浮かんだが引き金を引く指は止まらなかった。
雷電の視界は全面赤く染まっていた。
その代わり、周りの時間が止まっているように見えていた。
雷電が動くと、それに合わせて少女の持つ銃が彼の顔を追ってくるのを見て、雷電は軽く戦慄した。だがこの状態に入ればあの銃口から出てくる鉛弾は雷電の頭蓋を撃ちぬくことはない。勿論身体はこの状態についてこれていないのでゆっくりとしか動かせないが、それでも弾丸を避けるのは造作ないことだ。黒い円筒からぬるりと出てくる弾丸を寸前まで引きつけ、軽く頭を動かし横を通らせる。雷電は少女に一気に近づいた。
サプレッサーからちゅんっ、という気の抜けた音がした時、雷電は少女の首と拳銃を持った方の手首を掴んでいた。
「お前…その目は…?!」
雷電の両目は、アルビノ白兎の瞳のように深紅だった。
その鋭い瞳の中の赤は、見る者を深い恐怖に陥れるほど真っ赤であった。
「過剰充血性赤眼症候群。脳が生命の危機を感じると眼の組織に血液が過剰に回り、反射神経やら動体視力が信じられないほど上がる、れっきとした病だ」
何かを押し殺したように説明する雷電。実際には先ほどのように、感覚がするどくなり過ぎて体感時間が急激に遅くなり、周囲の周りの物が止まっているように見えるのである。しかし集中を切らせば普通のスピードに戻すことが可能である。
「それが自信の正体、か…。素晴らしい病じゃない」
その少女の言葉に、雷電は激しい怒りに肩を震わせ静かながらも激昂する。
「素晴らしい?…ふざけるなよ」
歯をむき出し、首を掴む腕に一層の力を込める。少女は何かを悟ったのか、黙ったままされるがままにした。雷電は真紅の目で少女の双眸を抉り出すように見つめる。
「俺がこれでどれだけ苦しんできたか、あんたに……分かるか…!?俺が、こいつの所為で、どれだけ周囲から嫌われ、避けられ、孤独を味あわされたか…。それがお前に、分かるか………?!」
華奢な少女の体にその怒りをぶつける。
「………」
暫く二人はそのままの姿勢を保ったまま沈黙を押し通した。怒りはまだ冷めないものの若干落ち着いた雷電がそれを破った。
「…で、俺はこれからどうすればいい。あんたを解放して逃がすのか。それとも、このままこの首をへし折るのか」
雷電の言葉は既に、さっきとは全く逆の状況になっているということを示していた。だが、少女は先程よりも下手に出ているとはいえ態度を変えることはしなかった。
「やっぱりキミは私の相棒になってくれ」
「あんた馬鹿か?今の自分の状態、考えなくても分かるぐらいの頭脳は持ってるいると思うんだが」
やはり理解できないという雷電に少女は尚もこう続ける。
「分かってる。これは命令じゃない。頼んでいるの。キミのその力…じゃなくて病気は少なくとも私は何とも思わない。気持ち悪いとかも、全然思わない」
「…?何故だ」
「だって格好良いじゃない。キミ、見た目じゃ分からなかったけど、それとずっと闘ってきたんでしょう?だったらそれにも目を向けるべきよ。ただ一部分しか評価しないなんてそれは道理が通らない。全てを見てこそ人間を初めて評価出来る」
「………」
「確かに私にはその悲しみはわからない。でもその苦しみにずっと立ち向かってきたのならとても立派で格好良いわ」
雷電はあまりのことに面食らってしまった。
今までこの眼を「怖い」「気持ち悪い」以外の言葉で表現されたことが無かった。
そんな少女の感想に、雷電は照れくさくなって少女を睨みつけていた目を背けてしまった。
「どうしたの?」
「いや、悪い。今までそんな事誰にも言われたこと無かったからな…」
なんで俺を撃とうとした(実際撃たれた)相手に誤っているんだ、と思いながらも雷電は急にこの女に対する警戒心が無くなってしまった。むしろ安心感さえ抱いている。
「それに安心して。相棒と言ってもただホームステイさせてもらうだけだから。保護者はいる?」
「いや、ひとり暮らしだけど…ってホームステイ?」
余りの急展開に雷電は女の子一人自分の部屋に泊めていいのか?と考えるしか無かった。彼のキャパシティはとっくに限界を超えている。
「そう。あなたを監視しなくちゃならないし。何かあったらキミを責任を持って全力で保護する」
正直この少女に守ってやると言われても嬉しくは無いのだが、責任を取ると言われたのだ。何よりこの忌々しい眼を唯一格好良いと言ってくれたことを雷電は忘れられなかった。
「あ、眼戻ってるわよ」
そう言われて雷電は神経がいつも通りにもどって行くのを感じて、ほっとため息をついた。そして少しクラっとなるが、何とか踏み止まる。
「大丈夫?」
「心配ない。…あー、分かったよ。相棒だろうがなんだろうがなってやるさ」
「そう。では」
雷電は少女が話しだすのを手で制した。
「ちょっと待った。本題に入る前にお互い自己紹介しよう。歩きながらでいいから」
「…そのつもりだったんだけど」
余計なお世話だったようである。
雷電が自己紹介したあと、少女は自分のことを話し始めた。
彼女の名は内藤樹理。アメリカのとある特殊部隊隊員、だそうだ。方丈高校にはある任務にで転入したらしい。
「こう見えても私は出来る女よ」
「そういうのって、自分で言うか…?」
「若干16歳でハーバード大を卒業したからね」
「そいつは凄いな」
雷電は素直に感心してしまった。
「雷電。さっきひとり暮らしと言ってたけど、保護者の方は?仕送りしてもらっているの?高校生なのに大変ね」
「…あぁ、本当に大変だよな。だけどいい人達だよ」
「え?」
「い、いや。何でもない。そう、仕送り。仕送りしてもらってるんだよ。マンションに住んでるから狭いと思うけど」
「私は狭いのは気にならないけど、汚いのはいやね」
「それなら問題ない。俺は綺麗好きだからな」
すると、後ろから陽気な声が迫ってきた。
「ライ、久しぶりー!!お前やっぱ変わってねーなあ!でも身長伸びたんじゃない?宿題終わったか?終わってねぇよなー。俺もまだ全然終わってなくて…ていうか何その可愛い娘!彼女作るなんて抜け駆けは許さん!」
「何コイツ…」
樹理があまりのハイテンションに引いていた。
この男は瀬戸内兼光。常にフルテンションな男である。大事なことなので二回説明するが、常にフルテンションである。
身長は雷電より高く、肩幅も広い典型的な、体育会系だ。そしてこいつを変人たらしめている主な原因は背中に背負った長い得物が入った布。
「おい、貴様!その背中のものは何よ?!」
急に身構えたと思ったら、懐からまたもや物騒なモノを出した。
黒い柄をひゅんっと振ると、鈍い光を放つ刃が飛び出す。
「おいやめろ。ここを何処と心得る」
雷電は持ってみると割と重いナイフを掴みとり、刃を柄にしまった。
「ん?これか?これは家に代々受け継がれた刀だぜ」
「そしてお前は何故落ち着いて回答してるんだ」
「やはり、これ程に早く刺客が来るとは…想像以上ね」
一人で勝手にシリアス顔になってゆく樹理。兼光は大変な誤解を与えていったようです。
「んじゃ、俺らおんなじクラスだし、先行って待ってるぜ」
と言ってそそくさと歩いて行く兼光。樹理はその後姿を睨み何かブツブツと口ごもっている。
雷電は「やれやれ…。初日にこの騒ぎか…」とひどく狼狽していたのであった。
一学期最初のHRが終わり、早速だが机で撃沈する雷電。
「………疲れた」
腕に頭を乗せてながらも眠気は全くやって来なかった。
当然といえば当然だろう。普通に考えてみると、非日常にも程がある出来事である。
「英くん。どうしたのさ」
机にぐうたれて丸まっている雷電の背中で、誰かが制服を何度も引っ張ってきた。
無視をしたまま倒れていると、今度は本格的に引っ張られた。
「どわっ」
力も入れてなかったせいか、頭ごと向こうに引っ張られてしまった。
「ねぇ、雷電君がそうなのはいつものことだけど。何か今日はいつもと違う感じだから聞いてあげてるのに、無視するってどういう事なの?」
頭がひっくり返った雷電が最初に見たのは、至近距離にある女子の顔だった。
この快活そうな女子は潮花咲椋。去年から何かと雷電に世話を焼いてくるお節介な人である。雷電にこの髪型の名前は分からなかったが、所謂ハーフアップという結い方をしていた。
今までのムスッとした顔から一転、にこやかな笑顔で言う。
「で?どうしたの?」
結構顔と顔が近いから驚いたものの、雷電はめんどくさそうに姿勢を後ろに向ける。
「それが…」
「雷電!ここにいたの?」
教室の入口にいた声の主は真っ直ぐこちらに向かってきた。
「誰?あの子」
「あぁ、あれが俺の悩みのタネだ」
キョトンとした咲椋は雷電のもとにやってきた樹理を興味深そうに見つめていた。
するとその視線に気づいたロング黒髪少女はやや眉根を寄せて潮花に話しかけた。
「何?貴女」
「え、えっと…二人は、どういう関係?初めて見る顔だけど…」
恐る恐る咲椋が尋ねると、さも当然と言わんばかりにこうのたまわった。
「私のbady(相棒)よ」
完璧な発音だった。その上よく透るソプラノだった。
その瞬間、このクラスの注目が雷電と樹理に集まった。
雷電はこの時、自分は平凡な生活は無理だろうな、と直感したのである。
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