「空気を読め」と言われ続けましたので、空気を読んで今日でやめます
「エレノア。今夜くらいは空気を読め」
婚約者のルシアンは声を落としたつもりらしい。
残念ながら、楽団はちょうど次の曲を始める前だった。彼の声はよく通り、近くにいた方々の視線が私たちへ集まった。
侯爵家の大広間には白い薔薇が飾られ、長卓には銀の燭台が並んでいる。今夜は私とルシアンの婚礼日を披露する祝宴である。三か月後には、私はヴァロワ侯爵家の嫁になる予定だった。
少なくとも、先ほどまでは。
「お母様がもう皆様へお話しになったのよ。今さら嫌だなんて、恥をかかせるつもり?」
ルシアンの妹クラリスが唇を尖らせた。彼女は母親譲りの明るい金髪を揺らしながら、手にしていた扇で私の腕を軽く叩いた。
ジュディット侯爵夫人が客へ話した内容は簡単だ。
私が亡き母から受け継いだ河畔の別邸を、結婚後はクラリスの音楽会に使わせる。夏の間は彼女へ明け渡し、調度も庭も好きに替えさせる。侯爵夫人はそう発表した。
私は初耳だった。
母の白い机も、窓辺の長椅子も、川へ下りる石段も、クラリスの気分で片づけられるらしい。ずいぶん景気のよい贈り物である。贈り主だけが話に加わっていない。
「あの別邸を差し上げる約束はしておりません」
「差し上げるだなんて、大げさねえ」
侯爵夫人は笑い、近くの客にも同意を求めるように顔を向けた。誰も笑わなかったため、すぐ私へ向き直る。
「夏に使わせていただくだけよ。家族になるのですもの、そのくらい構わないでしょう?」
「構います。母から受け継いだ家です」
「だから、そういう言い方をするなよ」
ルシアンが額を押さえた。困らせる婚約者を前にした、気の毒な男の顔である。この顔もよく見た。
「母上はもう話してしまったんだ。ここで君が笑って頷けば丸く収まる。別邸がなくなるわけでもない。クラリスがひと夏を楽しく過ごせる。それでいいだろう?」
「私が嫌がっておりますわ」
「君はいつも一言多いんだ。頼むから空気を読んでくれ」
またそれか。
婚約してからの二年で、何度聞いたか覚えていない。
侯爵夫人がバルナ伯爵夫人の古いドレスを笑った時は、空気を読んで話題を変えた。クラリスが音楽会で子爵令嬢の演奏を退屈だと言った時は、空気を読んで相手を慰めた。ルシアンが約束の時間に遅れた日は、空気を読んで彼の代わりに謝った。
侯爵夫人の誕生祝いを選ぶのも私。クラリスが断られた茶会へ詫びの手紙を書くのも私。ルシアンが誰を怒らせたか覚えておくのも私。
空気を読むという言葉は便利だった。言った本人は何もしなくてよい。私が黙り、譲り、笑えば済む。
以前の私はそれで結婚生活が穏やかになると思っていた。
今夜、ようやく先の暮らしがよく見えた。
私は広間を見回した。
バルナ伯爵夫人は扇を閉じ、まっすぐこちらを見ている。クラリスの演奏を指導してきた老婦人は、唇を固く結んでいた。クラリスの婚約者であるマルク様は青ざめ、彼女と私を交互に見ている。
私の父は壁際に立っていた。目が合うと、わずかに頷く。
本当に読めと言うなら、読んで差し上げよう。
「分かりました」
ルシアンはほっと息をついた。
「そうか。分かってくれたなら――」
「空気を読みましたので、今日でやめます」
「何を?」
「あなたの婚約者を。皆様の代わりに頭を下げることも、もうやめます」
左手の手袋を外し、婚約指輪を抜いた。金の輪を卓上へ置くと、燭台の明かりを受けて小さく光った。
指輪一つで二年を片づけられるはずもない。それでも指が軽くなった。
「エレノア、よせ。冗談を言っている場合か」
「冗談を申し上げたことはございませんわ」
「別邸のことなら謝る。母上も、君がそこまで嫌がるとは――」
「私が嫌だと申し上げた後も、あなたは笑って頷けとおっしゃいました」
「皆が見ていたからだよ!」
ルシアンの声が広間に響いた。
彼は言ってから周囲を見回した。皆が見ている。だから私へ我慢を求めたと、きれいに白状してくれた。
「そうですわね。皆様が聞いてくださいました。私には都合のよい夜になりました」
「待ちなさい、エレノアさん」
侯爵夫人が笑みを消した。
「婚礼日まで発表したのよ。あなたのお父様だって困るでしょう。娘が腹を立てたから取りやめます、で済む話かしら」
父が人垣から歩み出た。
「娘が自分の家を守った。それで困る父親がいるとお思いですか、侯爵夫人」
「伯爵、これは若い二人の言い争いですわ」
「私の娘と、その母親が遺した家の話です。私にも関わりがあります」
父は卓上の指輪を一度見た。
「エレノア。帰るか」
「はい、お父様」
「ちょっと待って!」
クラリスが私の袖をつかんだ。
「お姉様が帰ったら、今夜はどうなるの? 次の曲の後、私が別邸で開く音楽会の話をするのよ」
この状況で予定どおり話す気らしい。扇の先はまだ私の袖に押しつけられていた。
「別邸はお貸ししません」
「まだそんなことを言っているの? 私、お友達にも話してしまったのよ!」
「そのお友達へ、ご自分で事情をお話しくださいませ」
「お兄様、何とか言ってよ!」
「エレノア。今夜だけでも話を合わせてくれ。明日、きちんと話そう」
明日になれば私の怒りが薄れ、また折れると思っているのだろう。
「二年前からお話ししてきました。もう十分です」
クラリスの手を袖から外した時、マルク様が一歩前へ出た。
「クラリス。少し聞いてもいいか」
「何よ、今忙しいの」
「君は別邸がエレノア嬢のものだと知っていた?」
「もちろん知っているわ。亡くなったお母様のお家でしょう?」
「それで、本人が断っている家を使うつもりだったのか」
クラリスは目を丸くした。
「だって、家族になるのよ。借りるくらい普通でしょう?」
「君と結婚したら、僕の家のことも同じように決められるのか」
「何がよ」
マルク様は口を開きかけ、クラリスの顔を見て閉じた。普段からおとなしい方で、彼女が話す横で静かに笑っている姿しか見たことがない。
「嫌だと言った後まで話を進められたら、僕は……悪い。今の話を聞いて、怖くなった」
「はあ?」
「父に、婚約の話を取り下げたいと伝える」
「何を言っているのよ! こんな時に!」
「今だから言うんだ。いつも黙っていたら、そのまま結婚するところだった」
マルク様が頭を下げた相手はクラリスだった。それから彼女の返事を待たずに広間を出ていった。
「マルク!」
クラリスが追おうとしたが、侯爵夫人に腕をつかまれた。
「お待ちなさい。人前で追いすがるなんてみっともないわ」
「お母様が別邸の話をしたせいでしょう!」
「あなたが使いたいと言ったのでしょう!」
親子の声が重なった。
これまでは、どちらかが声を荒らげる前に私が間へ入った。侯爵夫人にはお疲れでしょうと椅子を勧め、クラリスには別の楽しみを用意した。今夜は何もしない。
「私も失礼いたしますわ」
バルナ伯爵夫人が立ち上がった。
侯爵夫人は弾かれたように彼女を見た。
「まあ、バルナ夫人。せめて食事までは――」
「エレノアさんに頼まれて伺いましたの。あの方がお帰りになるなら、私が残る理由もございません」
「今夜の主催はヴァロワ侯爵家ですわよ」
「ええ。今、よく分かりました」
伯爵夫人は私のそばへ来ると、声を落とした。
「二年前、私のドレスの件を収めてくださったでしょう。あの時はありがとう。あなたに礼を言うのが遅くなったわ」
「いいえ。私こそ、もっと早く――」
「今は謝らないでちょうだい。せっかくやめたのでしょう?」
少し笑ったその顔に、私も笑い返した。
彼女が退出すると、老婦人も杖を手に立った。続いて二組、三組と客が席を離れる。
侯爵夫人は一人ずつ呼び止めたが、返ってくる言葉は短かった。
「娘がクラリス嬢に泣かされましたので」
「昨年の狩猟会の件を、私はまだ忘れておりません」
「エレノア嬢がいるから、今までは伺っておりました」
私が笑って包んできた言葉が、包みを失って侯爵家へ戻っていく。
ルシアンは呆然と客を見送っていた。やがて私のところへ来ると、低い声で言った。
「君が皆をけしかけたのか」
「今夜まで皆様が黙っていらした理由を、まだお分かりになりませんの?」
「だから、それを説明してくれよ。君は知っていたんだろう?」
知っていた。誰が何を怒り、どこまでなら許してくれるか、ずっと覚えていた。
彼は私が傷ついた理由を尋ねず、崩れた宴の直し方を聞いている。
指輪を卓上へ置いた時にも、最後くらいは私を見てくれるかもしれないと思っていた。その期待も、もう要らなかった。
「ご自分でお考えくださいませ」
私は父とともに広間を出た。
玄関へ向かう回廊まで、侯爵夫人とクラリスの言い争う声が追ってきた。楽団は曲を始めるきっかけを失い、気まずそうに楽器を抱えている。
玄関前には何台もの馬車が続けて呼ばれ、従僕たちが走り回っていた。
「エレノア嬢」
後ろから声をかけたのは、アーデル・グランヴィル公爵だった。
背の高い方で、黒に近い茶髪を短く整え、濃紺の礼装を身につけている。若くして爵位を継いだ彼が近づくと、混み合っていた玄関前に自然と道が空いた。
「お帰りですか」
「ええ」
「私もです。今夜はあなたからの招待状で伺いました」
侯爵家からも届いていたはずだが、彼はそう言い切った。
「お引き止めしなくてよろしいの?」
「引き止めてほしいですか」
「まさか」
「では帰ります」
あまりに素直な返事で、私は少し笑った。
公爵は父へ挨拶をすると、自分の馬車へ向かう前に振り返った。
「明日以降、落ち着いてからお手紙を差し上げても?」
「内容によりますわ」
「河畔の別邸で開かれていた春の音楽会についてです。あなたのお母上がご存命の頃、一度伺いました」
意外な言葉だった。母が亡くなってから、あの家で大勢を招くことはやめている。
「再び開くおつもりがあるなら、私も手伝いたい。今夜ここで返事をいただくつもりはありません」
「空気を読んで、先に準備を進めたりは?」
「読み違える自信があります。返事を待ちます」
真顔で答えるので、また笑ってしまった。
その夜の私は婚約を失い、笑う回数だけは増えていた。
◇
翌朝、目を覚ますと頭が痛かった。
自由になった清々しさで早起きし、朝日を浴びながら将来を考える。そんな立派な朝を少し期待していた。現実の私は泣きすぎて目が腫れ、枕へ半分埋まっている。
ルシアンを嫌いきっていたら楽だった。二年前、彼から指輪を受け取った時はうれしかった。少し気が利かないところも、結婚すれば互いに補えると思っていた。
補う量が多すぎた。私一人で彼の家族まで背負っていたら、そりゃ腰も痛くなる。
昼前に父が部屋を訪ね、寝台脇の椅子へ座った。
「泣いたか」
「見ればお分かりでしょう」
「うむ。ひどい顔だ」
「娘にかける言葉を、もう少し選んでくださいませ」
「お前が昨夜、選ばずに言えと言っただろう」
確かに私はもう誰かの言葉を勝手に丸めたくない。初日から父が忠実すぎる。
「後悔しているか?」
「悲しいだけです。戻りたいとは思いません」
「なら、悲しい間は寝ていろ。腹が減ったら下りてこい」
父はそれ以上励まさず、頭を一度撫でて部屋を出た。
ありがたかった。
婚約解消の話は、三日で王都中へ広まった。
マルク様は父親を伴ってヴァロワ侯爵家を訪れ、クラリスとの婚約を正式に取り下げた。クラリスはエレノアにそそのかされたと訴えたらしい。マルク様は、自分で決めたことまで他人のせいにされたくないと答えたそうだ。
侯爵夫人は名誉を取り戻そうと二度の茶会を開いた。一度目は半分の客が断り、二度目は誰も来なかった。
ルシアンは私が取りなしていた方々の家を回った。どう詫びればよいか分からず、どの家でも、まずエレノア嬢へ聞いてきたらどうだと言って追い返されたという。
ヴァロワ侯爵は息子を跡継ぎから外し、南の荘園へ送ると決めた。娘の家を公然と奪おうとする一家へ、大切な子を嫁がせる家はない。縁談をまとめるたびに断られ、ようやく息子のしたことを理解したらしい。
一家の崩れ方は激しかった。それだけ多くの方が、私に免じて黙っていてくれたのだろう。
私も河畔の別邸へ移った。
母の机は以前と同じ窓辺にあり、薄青い長椅子には日差しを避ける布がかけられていた。庭は少し荒れていたが、川へ下りる石段はまだ白く、春になれば岸辺の花が咲く。
アーデル様から手紙が届いたのは、移って五日目だった。
春の音楽会を開くなら、楽団の手配と費用の半分を受け持ちたい。招いてほしい領内の演奏家が三人いる。断る場合は一行でよい。
最後まで読んでも、私の機嫌を推し量る言葉はなかった。ずいぶん楽な手紙である。
私はまず一度お会いして話しましょうと返事を書いた。
アーデル様との準備では、私が返事をする前に次の手配が始まることはなかった。
「私は楽団へ頼みます。あなたは招待客を決める。それでよろしいですか」
「楽団の顔ぶれは私も見たいですわ」
「分かりました。候補を持ってきます」
「私が口を出しても、構いませんの?」
「嫌なら最初から一人で開きます」
もっともである。
最初に彼が持ってきた候補は十二人もいた。公爵家の広間なら見栄えがする人数だが、母が好んだのは、客が川音を聞きながら演奏家とも話せる小さな会だった。
「六人に絞りたいですわ。この人数では庭の白い卓を半分片づけることになります」
「十二人分の費用なら出せます」
「お金の話ではありません」
アーデル様は返しかけた言葉を飲み、窓から庭を見た。それから候補者の紙へ目を落とし、名の脇へ書いた楽器を一つずつ確かめていく。
「大きくすれば喜ばれると思っていました」
「私は皆様と同じ卓でお茶を飲みたいのです。母もそうしておりました」
「では六人にします。ただ、領内の姉弟は二人とも残したい。二人で一つの曲を作っているので、片方だけは呼べません」
「その曲を聞かせていただいてから決めても?」
「もちろんです。次に楽譜を持ってきます」
彼は自分の案を押し通さず、私も何でも頷かずに済んだ。理由を尋ねれば答え、分からない時は分からないと言う。候補の名を二人で消したり戻したりするうち、当たり前の話し合いを難しいものだと思わなくなった。
春の音楽会には、侯爵家の祝宴を途中で帰った方々も招いた。バルナ伯爵夫人は娘を連れ、マルク様は一人で訪れた。庭には白い卓を並べ、川風が強くなった時のために室内にも席を用意した。
曲の合間に客が笑い、誰かが疲れれば好きな時に部屋へ戻る。私はすべての顔色を追わず、自分の椅子へ座って音楽を聞いた。
隣にはアーデル様がいる。
「立たなくてよろしいのですか」
「今は一曲聞きたいのです」
「では、私も聞きます」
それで困る人はいなかった。
最後の曲が始まる前、庭の入口が騒がしくなった。
ルシアンが立っていた。
礼装はきちんと整えていたが、頬は痩せ、目の下に濃い影がある。招待状は出していない。門番に止められ、客の視線を集めても帰ろうとしなかった。
「少しだけ話したい」
私は立ち上がり、庭の中央まで歩いた。隠れて話す気はなかった。
「こちらで伺います」
「二人で話せないか」
「困ります」
以前なら彼の顔を立てて、人のいない場所へ移っただろう。今は一言で済んだ。
ルシアンは周囲を気にしながら、声を絞った。
「戻ってきてくれ」
「どちらへ?」
「うちへだよ。母上も反省している。クラリスも、あれから部屋に閉じこもっている」
「そうですか」
「父上は私を南へ送ると言っている。君のお父上から話してもらえれば、考え直すかもしれない。それからマルクにも、君から誤解だと――」
「私が戻ったら、最初に何をさせるおつもり?」
ルシアンは言葉を止めた。
「何って……今、話したことだ。母上とクラリスを元気づけて、父上を説得して、皆にも説明してほしい。君ならできるだろう」
自分で答えてから、彼は何かに気づいたように口を閉じた。
「私の顔を見て、最初に出てくる言葉がそれですのね」
「違う。もちろん、君にも戻ってほしい。私は君を愛している」
「私が何を好きか、覚えていらっしゃる?」
「何の話だよ」
「好きな花でも、お菓子でも、曲でも構いません」
ルシアンの目が泳いだ。
二年も隣にいて、一つも出てこないらしい。私の方は彼が肉に添えた豆を残すことまで覚えている。実に不公平な頭の使い方をしてきた。
「そんなこと、今は関係ないだろう」
「私には関係があります」
「エレノア、頼む。ここで私を追い返したら、皆が――」
「一度くらい、ご自分で空気をお読みになったら?」
ルシアンが顔を上げた。
客たちは誰も目をそらさなかった。バルナ伯爵夫人は閉じた扇を膝に置き、マルク様は静かにルシアンを見ている。門番は扉を開いたまま待っていた。
ルシアンの顔が赤くなり、それからゆっくり白くなった。
「……分かったよ」
その一言だけを残し、彼は門の外へ出た。
今度は正しく読めたらしい。
最後の曲が終わり、客たちを見送った後、私は川へ続く石段に腰を下ろした。春の水は夕日を受け、ゆっくり流れている。
アーデル様が隣へ来た。
「座っても?」
「どうぞ」
彼は石段へ腰を下ろし、しばらく川を眺めた。
「今日はありがとうございました。母の音楽会が戻ってきたようでした」
「私は少し手伝っただけです」
「費用は半分でしたわ」
「そこは大いに手伝いました」
真面目な顔で言い直すので、私は笑った。
アーデル様も少し笑った後、膝の上で手を組んだ。広間では落ち着いて見える方が、珍しく指先を動かしている。
「あなたに申し上げたいことがあります」
「はい」
「私は――あなたが好きです。次の音楽会だけでなく、その先もあなたのそばにいたい」
途中で止まった息を継ぐような言葉だった。
風が川から吹き、私の髪を頬へ運んだ。アーデル様は手を伸ばしかけ、触れずに下ろした。
「触れても?」
尋ねられてから、私は頷いた。
彼の指が髪を耳へかける。急がず、返事を見てから動く手だった。
「今すぐ婚約のお返事はできません」
「はい」
「まずは二人で出かけたいですわ。音楽会の相談もなく」
「喜んで。いつがよろしいですか」
「明後日」
「明日では?」
「少し急かしていらっしゃる?」
「……はい。そこは正直に申し上げます」
私はまた笑った。
「では、明日の午後にいたしましょう」
彼の顔が明るくなる。
私は自分がそうしたいと思い、明日を選んだ。
空気を読むことをやめたら、言葉が増えた。嫌なものは嫌だと伝え、分からないことは尋ね、うれしい時には笑う。そうしても私のそばに残る人はいた。
父もアーデル様も、私が返事を考える間を待ってくれる。
アーデル様と並んで屋敷へ戻る途中、私は一つだけ気になって尋ねた。
「明日の行き先は、もうお決めになっているの?」
「はい。三つ考えました。あなたに選んでいただこうと思って」
「まあ。ずいぶん用意がよろしいのね」
「空気は読めませんが、返事を待ちながら準備することはできます」
それなら安心である。
私は三つとも聞いてから、一番楽しそうな場所を自分で選ぶことにした。
お読みいただきありがとうございます!
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次回も楽しんでいただけるよう頑張ります!




