黒い布で包まれた
三、
玄関先で待つというヒコイチを帰したのは『先生』だった。
なにしろ当の『猫』が、ヒコイチのことを『いや』だというのだから、いたらはなしにならないだろう。
しかし、その『猫』はほんとうに木彫りの猫なのだろうか?
ダイキチはキヘイジが背負ってきた籠の中身が気になってしかたがない。
『先生』にこの部屋まで連れてこられたキヘイジは、部屋の奥に入るのも座布団もはじめは断わったが、どうにか座布団に座らせ、籠をおろさせると、「このたびはどうも、その、こんな大工のおかしい話に、おいそがしいご隠居さんをつきあわせちまって、その、」と、用意してきた口上でものべようとしたらしいが、ダイキチがすぐにそれをとめ、それでは、とキヘイジが籠に手をいれて、はじめにとりだしたのがフキミソだったのだ。
たしかにフキミソは好きだし、味も良かった。
だが、フキミソといっしょに籠に入れられてきたであろう、木彫りの猫がきにかかる。
キヘイジはこの屋敷の造りの良さと、廊下の板や建具についてまでも話しだしたところで、ようやく、「 あ 」と、ここにきたわけをおもいだしたようだった。
「こりゃまた、つまらねえはなしをならべちまって・・・」
「いえ、つまらなくはございませんが、たしかここへいらしたのは・・・」
「へい。 ・・・そのー・・・ご隠居さんは、その、信じられねえようなはなしを、たくさんきいていらっしゃるっていうのを、まえに、ヒコさんにききまして」
「はいはい。さきほども申しましたが、そういう《不思議ばなし》をみなさまからきくのが、残りの生きがいでございまして」
「『のこり』だなんてとんでもねえ。みたとこ、驚くぐらいお元気そうだ。いや、だからね、おれも、ご隠居なら驚いて発作なんて起こさねえだろうって考えたんですよ。それに、猫にきいたら、猫も『履物屋のダイキチならいいだろう』なんていうもんで」
「ほう。その猫が、わたくしのことをぞんじておりましたか?」
「へい。なんだか、こう、のどを鳴らすみたいにわらいやがりましたよ。あの屋敷は蓮池があるからどうとかってね」
「ふむふむ。 ―― わらいましたか?木彫りの猫が?」
「 あ。 そうか、そうか。まだ出してもいねえや」
ここでキヘイジが、身体につけるように横においてあった籠にまた手をいれ、こんどは、黒い布でつつまれたものをとりだした。
いつの間にか部屋のすみに戻っていた先生がたちあがり、庭に面した障子を閉ざす。まだ昼前の明るい空が見えなくなったとたん、部屋の中がいっきに暗くなった。
先生がきびしい顔でダイキチへうなずいてみせ、またダイキチの後ろへ控えるように、隅へ座る。
ということは・・・ほんものか・・・




