木彫りの猫がひとを喰う
いやいや、とヒコイチはまた手をふった。
「乾物屋はかかわっちゃいねエんで。 ちがう猫でしてね。 木彫りのやつで」
「ああ、《木彫りの猫》のおはなしですか?」
「まあ、そうなりやしょうか・・・。 その、《木彫りの猫》が、彫り師を喰ったかもしれねえってことで」
「《木彫りの猫》が人を?」
「いや、そこがよくわからねえんだが、とにかくおれじゃア、その猫が『いや』だっていいやがるってんですよ。それなら、ダイキチさんと『先生』ならいいかと思って、猫にお伺いをたててくれってキヘイジさんに言ってやったら、次の日に、『 ぜひそのダイキチさんにたのみてえ 』なんて、マチさんのつくった握り飯をもって、朝っぱらから家の戸を叩きにきてね」
どうやらヒコイチもこまっているらしい。
「なにしろ、キヘイさんがその木彫りの猫もおれにはみせちゃくれねえ。しかもそれを家に置いてるっていうのに、家にはこどもが二人もいるんだ。もし喰われたらどうするんだっていっても、子どもも女房もくわねえだろう、喰うならおれぐらいだ、なんて平気な顔してぬかしやがるんで」
まったく、というようにあぐらの膝をつよくたたく。
「 なんていうか、キヘイジさんはちょいと職人の気質がつよくって、へんなモンにみこまれちまうんだ。 でもね、キヘイさんはそれで満足だからいいだろうがア、ヘイタやオマチさんがまたおかしなことに巻き込まれでもしたらと思うと・・・、おれア、キヘイジさんを怒鳴りつけたくなるのをぐっとこらえて、こうしてお願いにあがったしだいで・・・」
なるほど。そうすると、キヘイジが『朝っぱらから』戸をたたいたのは今朝なのだろう。
「それはきっと、はやいほうがいいでしょう」
ダイキチが『先生』と目をみかわしてうなずくと、ヒコイチが安堵したように長い息をはき、たちあがった。
「ありがてエ。 ―― じつはキヘイジさんなら、外でまたせてあるんで」
そういったヒコイチといれちがいで入ってきたのが、山菜をとりにいくような籠を背負ったキヘイジだった。




