キヘイジ
「 へい。 ヒコさんにもそう聞きましたが、なにしろキナン町の下駄屋のご隠居さんだし、ここのお屋敷だって《幽霊屋敷》だってうわさもあったが、ひろくって立派なつくりだって大工仲間はみんな知ってまさ。おれはこうしてあがって中もみることができて、大工仲間に自慢できる」
部屋をぐるりとみまわして、欄間の細工が、すこしの格子模様だけなのを目にとめると、くちをまげて顎をなではじめた。
「 ―― ご隠居さん、たしかにこのお屋敷は、お庭の池をながめるためにつくられたんだろうが、冬場でこっちの障子をたてたらそれも見えねえ。それなら、欄間にでも、すこしお庭のものをうつしかえたらどうで? そうだ、ここの池は蓮の花があるってきいたから、蓮かぁ・・・いや、壁のこの色を考えたら、庭の草と虫なんてのもいいかもなあ・・・そうだ、鳥でもいいが、あ、 ―― こりゃまた、つい、」
ようやく目をこちらにもどした男は身をすくめるようにわらい、頭をさげた。
「 いやいや。キヘイジさんが腕のよい彫師だというのは、ヒコイチさんどころか、隠居仲間のうわさでもきいておりますよ。でも、なかなか仕事をお受けにならないとか」
「 まあ、気が向かねえ仕事は断わりますがね、ここのお屋敷を建てるとき、うちの棟梁も組にはいってたってきいたもんでね。このお屋敷がこの先残るなら、おれもひとつ、なにかの仕事をいっしょにのこしておきてエなあとおもったんでさ」また部屋をぐるりとみまわし、縁の廊下をなめるように眺める。
その、庭の造りや池にはまったく見向きもしないようすが、噂どおりでなんとも好もしい。
ヒコイチからまえにきいた話では、このキヘイジは山に棲む『山男』に腕を見込まれて仕事をひきうけたが、その『山男』たちの《面》をつくりなおしてやろうと腰を据えてしまい、ヒコイチがむかえにゆくことになったという。そこまでには、むかし騒ぎとなった《かくし金》もからんで、まだ生きている《番神様》のことまででてきて、ダイキチはこどものときのように両手をにぎり、身をのりだすようにしてはなしをきいた。
ぜひ、そのキヘイジに《百物語会》に出てきてもらい、はじめからのはなしを当人よりききたいと願ったが、ヒコイチは首を縦にしなかった。
「 ―― ダイキチさん、そりゃアだめだ。このはなしには《山神様》がかかわってる。それに、あれはキヘイジさんと山に棲むあの男たちの約束事にかかわるもんだし、世間にひろがっていいはなしじゃねえよ」
言われれば、たしかにそのとおりだった。
《百物語会》には、一条のぼっちゃまといっしょに、読本をつくっている文士のセンセイがたがくる。《百物語会》でみききしたしたことをはなしのタネとしてかかれたものも、本にのせているのだ。
それに、『せんせい』も、キヘイジのその話にはふれないほうがよいとダイキチをたしなめた。
「ダイキチさん。 キヘイジさんと《山》との縁に、わたくしたちははいらぬほうがよさそうでございますよ」
ほほえみながらお茶をいれてくれた『せんせい』は、ヤオビクニとよばれる、ニンギョの肉をたべて不老不死となった女だ。ダイキチの娘だといってもよいほどの歳にみえるが、とてもながい年月を生きてきているので、その言葉には重みがある。
「う~ん・・・あきらめるしかなさそうですなあ・・・」
『せんせい』のいれてくれたお茶をのみ、キヘイジからはなしをきくことはようやくあきらめた。
だが、その代わりとでもいうように、ヒコイチがいままであじわった《不思議ばなし》をきかせてくれたし、そのヒコイチとの『縁』ができたおかげか、ダイキチ自身が《不思議》を味わったりもしてきた。
おかげで、すっかりキヘイジのことも忘れて過ごしていたつい先日、ヒコイチがやってきて、そのキヘイジの《不思議ばなし》をきいてほしい、と言い出したのだ。




