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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

溺愛とな?

作者: 赤川ココ
掲載日:2026/02/21

手慰み、第数弾でございます。

お楽しみいただければ、幸いでございます。

 王都の街の繁華街の裏に、その家はあった。

 商会や食堂などの従業員が住まう、古い長屋の一つだ。

 伯爵は、街中で声をかけた子供に案内されて、そこにたどり着いた。

 ようやく、ようやく迎えにこれた。

 伯爵は、感慨深い気持ちを抑えながら、手をつないでいた子供を見下ろす。

「……お母さんは、帰っているのか?」

「うん」

 八歳になったという男の子は、無邪気に頷いた。

「待っててね、呼んでくるからっ」

 そう言って家の扉を開き、子供は駆け足で奥へと進んでいく。

 それを見送りつつ、伯爵は過去に思いを向ける。

 今はこの家で、貧しい暮らしをしている女と伯爵は、十年前まで婚姻関係にあった。

 同じ爵位の令嬢だった女は自分より二つ年下で、婚姻したての頃はまだ十代前半だったため、気後れしてしまい、伯爵はつい、初夜の時に白い結婚だと宣言してしまった。

 だが、それを受けた令嬢は、驚きもせずに頷き、契約書を作って署名し、伯爵にも署名を促したのち、然るべき機関に提出してしまった。

 後に多少は和解して、三年後には改変しようという合意は取れたが、その前に離縁する羽目になった。

 原因は、三年を待たないうちに破られた、白い結婚だ。

 三年の契約が切れる一月前に、伯爵は酒に酔いつぶれてしまい、その禁を破ってしまったのだ。

 伯爵家の親族が乗り込み、契約不履行を理由に夫人を追い出した時から、伯爵はその手際の良さを疑っている。

 使用人に親戚の息のかかった者がいて、酒に薬を盛られたのではと。

 自分の後妻に収まった遠縁の令嬢は、夫人となった後も前夫人を警戒していたようだったから、猶更疑えた。

 後妻がこれ以上前妻を害さないよう、今では平民として暮らしている前夫人を、伯爵は秘かに見守り続けていたが、子供を産み落としたと聞いた時、別な感情が浮かんだ。

 何故、現伯爵である自分が、我慢をする必要がある?

 後妻がどう言おうが、自分の後継ぎを産んだ女を、諦める理由には、ならない。

 そう思ったら、いてもたってもいられなくなった。

 後妻に弱味を調べながら数年は、様子見しているだけで我慢できたが、もう限界だった。

 前妻の家に、男が出入りし始めたと、報告を聞いてしまっては、もう無理だったのだ。

「……あのね、お母さんに、お客さんが来たの」

 扉の内側から、子供の無邪気な声が言い、母親らしい声が答える。

「こんな時間に、お客様? どなたかしら?」

 声を抑えた母親の声が近づき、内側から扉が開いた瞬間、伯爵は逃げられないように、前夫人を腕の中に閉じ込めた……つもりだった。

 実際には、閉じ込められなかった。

 前夫人の体は思った以上に、肉付きが良くなっていたのだ。

 しかも、伯爵の胸に頭が収まるはずなのに、実際には腰のあたりだった。

「……どちら様、でしょうか?」

 女は声を抑え気味に問う。

 その声につられて、伯爵は女の腰に腕を回したまま顔を上げて、絶句した。

 色黒の髭面。

 簡素なワンピース姿の、どう見ても大男が目の前にいた。


 大男にしがみついたまま、石化した伯爵に構わず、子供が言う。

「お母さん、お父さんが迎えに来てくれたんだっ。おうちに帰ろうって」

「お前……」

 大男にしか見えない母親は、子供に困ったように眉を寄せ、上品に首を振った。

「お前のお父さんは、遠くに行ってしまったと、そう言ったでしょう? この人ではないわ」

 困ったように見下ろした先の伯爵が、固まって張り付いた腕をようやく引きはがし、勢いよく身を引きながら叫ぶ。

「ふ、ふざけるなっ。お前は、誰だっ。ここに住む、私の前妻は、何処に隠し……」

 まくし立てる伯爵の口を、女はそっと塞いだ。

 いや、そっと塞いだような上品さだったが、実際は、がしりと顔ごと掴んだ。

「……やめてくださらない? 妻の代わりに母として、この子を育ててきた私の苦労を、水の泡になさる気ですか、伯爵殿?」

「っ。まさか、前妻はっ?」

 そんな馬鹿なと青ざめる伯爵から、女はその背後の伯爵たちの護衛を一瞥する。

「そういう事ですので、お引き取りいただけますか?」

「ま、待てっ。前妻が残した子供を、引き取らせろっ」

「この子は、わたくしの子です」

 女は伯爵の訴えにも、きっぱりと返した。

 そんなはずはないと首を振る男に、エプロンのポケットから出した紙を見せる。

 それは、神殿が行う親子鑑定の結果だった。

「これが、証拠です」

 奪い取ってそれに目を通した伯爵は、二重の意味で驚愕してしまった。


 足元をふらつかせつつ、伯爵家の馬車の方に向かう伯爵の後ろで、護衛たちが振り返って揃って親指を立てて笑った。

 扉の前で、それに親指を立てて返す息子の背を見つつ、父親は思う。

 ……女装する意味は、何処にあった?

 確かに、前の機会には失敗した。

 だから、息子の父親に対する信頼度は、格段に落ちていたのだと言うのは理解できる。

 だが、ここまでする必要が、あったのだろうか?

 自分の妻が、元々は貴族だったことは、結婚する前に教えてもらっていた。

 婚約不履行を理由に、親族が伯爵家から出してくれたのだと、実家の伯爵家も、隣国に逃がしてくれたのだとも、その時に教えられていたから、白い結婚を破ったことが原因で、離縁が成立したわけではないことが、容易に想像できた。

 そんな経緯から、初めの人生では積極的に、伯爵の言い分を否定した。

 その結果、子供もろとも殺害されてしまった。

 だから父親は次の人生で、子供と妻を生かすために、あえて二人を伯爵家に行かせることにしたのだ。

 子供とあの伯爵には、血のつながりはない。

 だが、思い込んでしまった貴族に、平民の反論は逆効果だ。

 勿論、何とか自分の故郷に逃げることも考えたが、それをするには、伯爵の監視の目を潜り抜ける必要がある。

 同じように前の人生の記憶を持った、近隣の男たちにも相談した結果の、苦渋の選択だった。

 母子を引き渡した男は、隣国の故郷に戻り、一人静かに余生を送ったのだが、そろそろ寿命が尽きると言う頃、寝床の上に座って窓から夜空を見上げていた時、可笑しなものを見た。

 いや、まずは見たのではなく、感じた。

 明確な、怒気を。

 背後から。

 振り返った男は、何かの攻撃を辛うじて避けた。

「……ちっ」

 男を通り過ぎて寝床に降り立ったのは、真っ白い生き物だった。

 妙に大きな、耳の長い白い獣だ。

 見慣れぬ生き物だが、知っている姿だった。

 神殿で崇拝されている神が、この姿だ。

「……?」

「ふん、ヘタレの死にかけ男の割に、機敏な動きをするじゃないか」

「長男のスペアだったのだから、当然だろう」

 苦々しい顔の白い獣を警戒して、緊張する男の背後で、真面目な声が言った。

 今度こそ仰天し、寝台から転げ落ちてしまった男を、真面目な顔で見下ろす男がいた。

 故郷では小柄な部類に入る、妙に馴染んだ空気を纏う男だ。

 その男が、気軽に寝台の上に座る白兎に言った。

「この男をまた、戻すのか?」

「仕方がないだろう。あの娘っ子の身近にはこいつと息子しか、いなかった。しかも、この話には、極端に例の描写がないんだよ」

「どうせ描写がなくとも、モブのセリフで巻き込ませる裏技を、覚えてしまったではないか。面白くない」

「……この、クソガキが」

 舌打した兎は、寝台から転げ落ちたまま、固まっている男を見下ろした。

「……」

 今の衝撃で、命の灯火が消えかけていた。

 意識がなくなる寸前、静かな声が言う。

「もう、説明する暇はないな。今度こそ、自分の女房を離すな。詳しいことは、息子に聞け」

 どういう意味だ、と思った瞬間、再び巻き戻っていた。

 前の時と同じ、息子が武勇伝を語っている最中に。

「……でねっ。その子が怪しい小父さんに手を引かれていたから、小父さんの膝を蹴って、その隙に逃がしたんだっ」

「そう、か。お前も、無事に逃げられたんだな」

 久しぶりに見下ろす、最愛の息子だった。

 つい、声を掠れさせた父親を見上げ、息子の表情が笑顔を消した。

「っ?」

「……父さん。戻った?」

 その冷たさにひるんだ父親が、何とか頷くのを見て、息子は言う。

「そうか。あの獣神、ちゃんと戻してくれたんだな。良かった。……あんたを殴るのは、成長してからでいいや。今は、あのクズ伯爵を、追い返さないと」

 聞き流せないことを言われた気がしたが、当初の目的を思い出して、男は気を取り直した。

 そして、不思議に思った事を問う。

「お母さんとお前は、あの後、幸せだったんじゃないのか?」

「……夫人が健在で、後継ぎの娘さんがいたのに?」

 冷たい問い返しに、男は耳を疑った。

「は? 後継ぎがいないから、お前をお母さんと連れて行ったんじゃ……」

 言いかけて、違うと思った。

 初めの人生の時、伯爵は躊躇いなく、息子の命すら絶った。

 伯爵の子でないと言ったにもかかわらず、信じなかったのに、だ。

 まさか……。

 そんなはずはと、息子を見ると、子供は子供らしくない表情で頷いた。

「……元々、お母さんに、懸想していたんだってさ、あのクズ」

「懸想? それならばなぜ、式の直後、白い結婚を言い渡したんだっ?」

「冷たい態度で、気を引きたかったんじゃないかって、伯爵夫人が言ってた」

 何だ、それは。

 開いた口が塞がらない父親に、息子は引き取られた後の母と自分の事を語った。

 息子と母親は直に引きはがされて、本邸の夫人の元で育った。

 その間、一度も会わせてもらえなかった。

「……亡くなったと、伝えられるまで」

 僅か、二年後だったそうだ。

「に、年?」

 衝撃で声が出ない男に、子供は淡々と続ける。

「葬儀も、上げなかった。夫人の意地悪じゃないよ? 伯爵が、必要ないと言って、埋葬させなかったんだよ」

「……」

「伯爵家のご令嬢が成人して、爵位を継承するまで、別邸で放置されてた。いや、ちゃんと寝台に寝かされてはいたけどさ、途中で変わり果てていく母さんが、疎ましくなったらしくて、大事にしていたのは、数日だったらしい」

「……」

 今度は、怒りで声が出なくなった。

 冷ややかな目で父親を見上げていた子供は、その変化に気付いて一瞬たじろぐ。

「……父さん」

「……逆に、斬り捨てるか」

「駄目だ。伯爵家のあのクズ以外は、全員まともなんだよ」

 慌てた息子のとりなしに、父親はつい微笑んだ。

「そうか」

「……そうか、って、え?」

「じゃあ早めに、その御夫人に、爵位を譲位するよう、進言しよう」

 微笑んだまま言った男は、ぽかんとしている息子に笑いかけ、次いで頭を撫でていた。


 男は隣国の、公爵家の次男だった。

 こちらには、公爵家が経営している商会の会長として、移り住んでいた。

 初めの人生でも、自分たちが殺害された後、かなり問題になったと、故国に戻った時、実家で聞いていた。

 今回は、別な意味で問題にしてやろうじゃないかと、男は早速行動を始めた。

 子供に連れられて、伯爵が妻を迎えに来るのは、これから約一月後。

 それだけあれば、充分に準備は整った。

 まあ、エプロンのポッケから、親子鑑定の結果を出すなんてわざとらしいことをして、疑われないかと心配していたのだが、自分の格好に気を取られてくれたらしい。

 息子に先に隣国に逃がした母親の代わりに、お母さんになってと言われたときには、正直正気を疑ったし、ぎりぎりまで拒否の意を示していたのだが。

 これが、吉と出たのだから、良しとしよう。

 

 その後数か月の間で、伯爵家は無事夫人に代替わりし、前伯爵は病死したらしいから、これを妻に伝えるか否かは、息子と話し合ってから決めようと思うが、自分並みに成長しそうな息子に、将来ぶん殴られる未来を遠慮する旨も、その時に伝えておこう。







また、気持ち悪い話を作ってしまった……(某剣士風に)

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