拷問は相手に痛みよりも恐怖を与えることを主眼として行うもの
王国の騎士二人は、囚われ人から解放されたにもかかわらず、二の足を踏んでいる。俺が開け放った扉の外の世界では、冷たいではなく痛いと感じる氷点下の世界なのだ。俺に水をぶっかけられた姿で外に出たら、数分せずに全身が凍傷になるだろう。
「どうしました?」
「くっ」
「くそっ」
赤っぽい金髪頭とくすんだ金髪頭は、二人仲良く歯噛みし、簡単に膝を折った。
俺が開けた扉から逃げるどころか、膝を折ったという言葉通り厩舎の床に手をついて、土下座一歩手前の体制となったのだ。
立っているよりも身を低くした方が寒さを防げるし、無理矢理外に放り出されまいと這いつくばったとも言える。
彼等としては俺のこの仕打ちが、彼等が俺の母を侮辱したその意趣返しとわかっているから、俺への謝罪を込めてのその姿。なのだろう。
凍傷になって鼻の頭や指先が欠けて外見が損なわれるなんて地獄のような出来事、だと彼らは思ったのかもしれない。二人はどこぞの貴族家の息子らしく整った顔立ちだ。近衛騎士を目指しているならば、選出条件である容姿端麗は死守したいだろうし。
でも俺は、その体勢になったからどうなの、ってだけ。
彼等の都合なんか関係ないし。
扉は開け放したまま、俺は腕を組んで跪いている奴等を見下げる。
見つめているそのうちに、奴らの体が震え出す。痙攣みたいにガクガクと。これは俺への恐怖でなく、意思で制御できない震えに体が陥ったのだ。彼等の表情は死への恐怖に染まる。鍛錬をして来た騎士だからこそ、不随意運動をする自分の体が怖くて仕方が無いだろう。
あ。
騎士である彼等は、きっと冬季の遠征とかしてる。
「過程」を知ってるからこそ怖いのか。
人が凍え死ぬ過程は、まず体温を取り戻す最後の試みとして全身が激しく震え、その次は寒さも感じなくなり、そして意識消失して死に至る。
でもね、我が家が町から離れているとはいえ、走れば町まで十五分程度の距離でしかないんだよ。たった三キロ程度。括弧、砦の平均的な騎士が走る速度での換算でね、括弧閉じるだけど。
そう、騎士ならば極限状態での訓練だってしているはずだし、それが出来る体に仕立ててあるはずなのだ。
つまり、彼等は凍えることに躊躇せずに、外に走りだせば良かったのだ。
「少しでも温かい場所にいようと動かなかったばかりに、低体温症に陥っただなんて判断力が足りないな。ああだから、今ここにいるのか」
「く、くそ。」
「よせ、エルメ!!」
赤毛は煽りに弱いようで激高したそのまま立ち上がろうとしたが、それをくすんだ金髪の相棒が止めようとして。……二人仲良く転がった。
絶賛低体温症中だもの。
そりゃうまく動けずに転ぶよな。わかってたけど。
けれど、自分の体が限界だと思い知ったばかりの男達は、いや、赤毛を支えようとして自分までも転がることになった男は、赤毛の状態に危機感を覚えたらしい。
自分も思うように動けなくなっているものね。
「扉を全部開いたら出てってくれるのかなあ」
「待ってくれ。謝罪をさせてくれ」
「ブリス」
「だまれ。死にたいならお前ひとり死ね」
「ブリス」
仲間をはっきり拒絶したブリスは、今度こそ、という風に俺を見つめた。
そして口を開きかけたそこで、再び大きくガクガクと体に震えが戻った。
けれど彼は震える体に後押しされるようにして、俺に赦しを求めた。
「あ、あなた、への、また、は、はは、母君への侮辱をお許しください」
「許したら僕はあなたとどこかに行かなきゃいけないのかな」
「い、いえ」
「そう。良かった。僕は会いたくない人には会いたくないから。それでいいってことですよね」
「そんなわけ、あるか!」
「エルメ!」
「そん、な、わけ。ない。き、貴様がこの国の貴族である限り、貴族のしき、しきたりに従わねば、な、ならないんだっ」
「下位貴族は高位貴族の命に従う? それは派閥を考慮してのご意見ですか?」
赤毛――エルメ? は、ぐって感じで言葉を失った。
彼の相棒――くすんだ金髪のブリスは、エルメよりも教養があるのか、相棒の所作に溜息を吐くばかりだ。
エルメの言うことは階級社会では正しいのだけど、貴族は派閥があるからね。
例えば失礼な男爵にとある伯爵が文句を言いたくても、直に言ったらその男爵が従っている上の家の顔に泥を塗ることになるので、その上の家にお伺いをまずしなければいけないってことになる。面倒なんだよ。だから結局は何もしない。
金持ち喧嘩せずってそういうことなんだよ。
俺は大変だねって同情の視線をブリスに向けた。
ブリスはさっと目線を下げ、エルメに邪魔された俺の質問に答えた。
「あなたの仰る通りです。ですが、マ、マキュベリさ、様が、あなたにお会いしてお話したいと、せ、切に願っていることだけはお伝えさせてください」
「わかった。デニー、ブリスに毛布一枚。強い酒も一口与えて」
「かしこまりました。赤い方はどうしますか?」
「ジェニーさんに頼もうか?」
「グオオオオオン」
「ま、まま、まて。待ってくれ。俺も伝えたかっただけだ。ま、まき、マキュベリ様と、との、あとに、お、弟と話をして、してもらいたかっただけだ」
「弟?」
「ちょうさ、調査団員の、ビクトル・エルメだ。今回の調査で得た宝がガラクタばかりだったせいだ。調査団は金になる何かを持ち帰らねばならない。あ、あいつは、と、特に。あいつの女房が大きな商会を持つダニッセン子爵家令嬢なんだ」
本気で王都の連中は銭ゲバらしい。
けれど、ガラクタでしかないと断じられた宝箱の中身に、俺は意外と興味が引かれた。だって、ポーションとか剣とかの武器や防具じゃ無ければ、魔導具だ。
「ブリス。マキャベリもそうなのか」
「ああ。見たことのない魔導具ばかいりで失望されていた」
一体どんな魔道具だったんだ!!
俺はちょっとどころかかなり知りたくなっていた。
それで静かに俺を見守って? いた保護者と領地の偉い人へと振り返る。
オズワルドは面倒そうに右手をひらんと動かした。
「寒いから戸を閉めてくれ」
では、ヴァルターは?
……なんでそんなキラキラした目をしているの?
「凄いな。ブリュー。うちの拷問官にならないか?」
俺は水をかけてやる相手を間違えたかな、とか思った。
オズワルドは平常運転だけどさ、ヴァルターが。
どうしてヴァルターを人生楽しめって方向に誘導しちゃったのか。
映画もゲームも無い世界じゃ、人間観察が娯楽だって忘れてたよ。人間観察して遊んでもいいけど、俺を観察対象にするのは止めようよ。
あとリノさん。俺あなたを真っ当認定してたんだから、よくやったみたいなガッツポーズしないで。




