言葉は大事とお母様が
ジェニーさんのお家にて、オズワルドが捕らえた男二人が転がされている。
どう見ても王国の騎士の彼等は、芋虫みたいにグルグル巻きな状態であるにも関わらず、この状態に脅えも何も見せなかった。それどころか、我が家の敷地内に不法侵入した理由を、尋ねもしないのに偉そうにがなり立てたほどである。
何度呼び出しても返事が無いから「生意気な平民」を連れ出しに来ただけだ、まる。
こんな拷問する必要も無いあけすけな奴らを、俺にさらにどうしろと?
俺はそれでオズワルドとヴァルターに救いが欲しいと視線を向けたのだが、彼等こそ俺の困った様子を楽しんでいるようである。
俺を楽しそ~に生暖かい目で見守ってくれていやがるぜ?
くっそむかつく。
もう逃がしちゃおうかな。
しゃがんでいた俺は芋虫状の囚人に視線を戻す。……一匹の芋虫と目が合った。
赤みがかった金髪の奴は、俺と視線がかち合った事こそ汚らわしいと感じたか。ぎゅっと眉根を寄せ、それだけでなく、怒りか羞恥か、頬骨の辺りを赤く染めてしまったのだ。
「下賤の者は、他者の困窮ぶりと我が身を比べて留飲を下げるか。哀れだな」
「エルメよ。お前に見惚れただけかもしれぬぞ。女の格好をさせられてケツで稼いでいるやつだ。いい男を見れば腰を振っうぐああ!」
くすんだ金髪こそ腰を捩った。
デニーに股の辺りを杖で突かれ、苦悶の声を上げたのだ。
仕込み杖だもん。軽そうに見えてかなり重量あるあれでお稲荷さんを突いたの? 同じ男としてヒュンと来た。
「てめえの持ち物を誰にも突っ込めねえようにしてやろうか」
完全に俺のも縮こまりました。本気のデニーさん怖い。
普段は素朴な笑みが温かいばかりのデニーが、目玉をガラス玉みたいな無機質に輝かせて、般若みたいな顔になっているよ。
「お、お前等は、お、俺に何をしたのか分かっているのか? ヴァルター殿が守ってくれると勘違いしているのか? 愛人だろうが客だろうが、いざとなれば貴族は平民など庇わぬよ」
「いいからブリスを放せ! 縛られた人間に拷問とは、さすが、この道理もない売女の息子共め!」
!!
「デニー。そいつから離れて」
「ブリュー様?」
しゃがんでた俺はサッと立ち上がると、厩舎の出入り口の方へと向かった。
水道がそこにある。
俺はバケツに水を溜めると、バケツを持って囚人の元に向かった。
そして何をするかと言えば、彼等にバケツの水をぶちまけた。
「うあっぷ」
「俺達に何をする。この平民風情が!!」
「何を? 我が母を侮辱されたのはそちらですよ」
「お前如きが何を気取って……その言葉は?」
「何でお前がそんな喋り方をしているんだ」
「我が母に仕込まれたからですよ。あなた方にお会いできて光栄です?」
俺は目の前の濡れそぼった男達によく見えるようにして、母が社交で浮かべる笑みを顔に作った。彼等はびくっとした。彼等は思い出したのだ。貴族家の子供は七歳になれば最初のお茶会を開く。その時の最初の口上は、それはもう何度も練習させられる。ついでに、俺が庶民の下町言葉を話していないどころか、デュッセンドルフの独特の訛りが一つも無い言葉を話していると気が付いたのだ。
そこで彼等の硬い脳みそから引き出される答えは、俺が貴族階級にいる子供、だ。
さすれば連想ゲームのようにして、彼等は俺が何者なのか考えた事だろう。
デュッセンドルフの跡取りが表だって庇い、デュッセンドルフの英雄が養子にしてしまった子供。そして、デュッセンドルフ領から次々登録された特許料は、未成年の俺がちゃんと貰えるように手配している。
まるで貴族が大事な子の将来の為に設立する基金のように。
それで彼らは考えるのだ。
俺はオズワルドの愛妾どころか、王都のやんごとなき家からデュッセンドルフ伯が託された子供だったのではないのか、と。
たった言葉一つで、と思うだろう。
けどね、言葉って自分が属する階級を表す大事なツールなんだよ。
日本語の敬語や丁寧語と違って女性名詞や男性名詞などで複雑怪奇な変化をする言葉は、発音と文法に語彙と時間をかけて鍛錬してかなきゃいけない。
一朝一夕で得られるものじゃないのだ。
特に自分の喋りは素晴らしいと俺は思う。
だって俺はね、喋り方から礼節など、全て母に仕込んで貰ったんだから。
ふふんと尊大に見返せば、芋虫達の目が、輝きが鈍いプラスチックみたいなものになっていた。馬鹿にして蔑んだ相手が、自分達以上の階級に違いないと考え、己の失態に頭が真っ白になったのだろう。
よし、嵌めてやったぞ。
こいつらは自分で自分に縛りを入れた。
「デニー。二人の縄を解いてやって」
「良いのですか?」
「騎士様方は僕やデニーに何もしませんよ。ねえ?」
貴族と断じた相手を剣で切り裂く事はできやしない。
彼等に出来ることは、一度何ごともなく巣穴に戻り、今一度俺への接触方法というか引き込み方法を上の人間と練るだけだ。
その証拠に、二人はデニーに対して横柄に振舞うどころか、それこそ借りてきた猫のように大人しく縄を解かれている。
俺は縄から完全に開放されたころ合いに、再び厩舎の扉へと向かい、両開きの扉の右側だけをゆっくりと開けた。
扉を開けて出来た縦長四角の空間から見えるのは、ばら撒いた水が直ぐに凍る極寒の世界。扉を開ければすぐさま、肌を刺す冷気がどっと厩舎内に流れ込む。
「くっ」
「貴様は何を」
「何って、今すぐにお帰りどうぞって扉を開けただけです」
「びしょ濡れにしといて追い出すのか!」
「着替えか拭くものぐらい」
「ン、グアアアアアアア」
寒さを呪う魔獣が、自分を脅かす冷気に対して唸り声をあげたのだ。
王都から来た騎士達は、見るからにビクッと肩を揺らし口を閉じた。
大型魔獣などダンジョンでもそうそうお目にかかれないものだ。
騎士のはずの彼等がこんなにも無傷に近い状態で、また抵抗もなく捕らえられたのは、恐らくも何もベヘモットの姿に恐れをなしたからでもあろう。
「お帰り下さい。母を侮辱したあなた方を僕は許す気もありません」
「そ、それは言葉のあやで」
「ご、誤解だ」
「ウォオオオオオウ」
「ひぃっ」
「うはっ」
「ああ、お腹空いたよね。もう少しだから待ってて」
「ウグルウルルル」
二階から動く事無く唸りばかりなジェニーさんに対し、みるからに脅える二人。
そして恐ろしい獣に「餌」について話す俺の後ろでは、ごうごうぴゅうぴゅうと、濡れた体で出れば数分しないで全身が凍傷になるだろう世界が広がっている。
「あう」
「まさか」
彼等は俺を信じられないといった顔つきで見返して来た。
凍死させた後の彼らの遺体を、俺がどう処理するのか、彼等は勝手に想像して理解して脅えたのだ。
ペットにした魔獣に与える餌はなんだろう?
凍った俺達の死体? なんてね。
「さあ、どうぞお帰りを。本日はご足労さまでした?」




