今の君が俺達の君だ
あの日、ギルマス達は完全敗北を悟れば、俺を罵ることも諦め呆然と俯くだけとなった。ただ屠殺されるのを待つ家畜のようにして。
ギルマスは自分の体に違和感が出ている実感があったのだろうか。
だからこそ必死になってマンドラゴラを俺から奪おうと画策したのか。
ギルマスの話に乗ったガーレン商会長は、竜の血が入ったものを流通に乗せていただろうか、等々。
俺は奴らに聞く事は沢山あるし、面子を大事にする奴らだからこそ人知れず消えた系末路にはしたくなかった。ちゃんと人目のある所で断罪してやりたい、だ。
けれど、カリンナ達とは違ってギルマス達の命をとらない俺に対し、エルマー達こそ首を傾げるとは何事だ。ついでに聞いて来るとは。
「ブリュー。こいつらは殺さないの?」
「直聞きますね。いいんですよ。こいつらが死んだら口無しになって、こいつらがしでかした悪事がこいつらの墓穴に埋まってしまうでしょ。だから生かしとかなきゃ。あと、ギルマスとガーレン商会長はアンデット化する可能性がある。殺したらアンデッド一直線だろうし、アンデッド化していく過程を観察記録していくのも、きゃん」
俺は尻を叩かれた。
もちろん俺の尻を狙うのはエルマーだけど、エルマーはいつもと違って作り笑顔じゃなくて真面目な顔だ。俺をこっちに送った、あのエルマーと同じ表情。
「勝手に決めてすいません。監禁場所の手配は俺が」
「そうじゃないよ。そうじゃない」
エルマーは俺の頭に腕を回し、俺の頭を彼の胸に押し付けたじゃないか。
「あの」
「ブリューの顔が泣きそうだ。五歳の頃より表情を誤魔化すのはうまくなっているけど、君はあの時と同じ、必死に覚悟を決めようとしている。そんな覚悟、子供がするもんじゃないんだよ」
「何だよ。エルマーがまともな事を言っている」
「そうだよ。俺にまともな事を言わせるんじゃない。わかったら、君はここでお終い。後はデニーとお家に帰ってぬくぬくしてなさい」
「でも、こいつから聞き出さないと。どれだけ竜の血がばら撒かれているのか。どこの誰が飲んでしまっているのか。俺は探らないと、でないと」
「でないと? 君の世界で、君はどんな地獄にいたんだよ?」
「地獄でも住めば都。本当の修羅は間抜けが呼び寄せるんです。俺が、俺が母様の願いを叶えられなかったから、我が家は壊れたんです。母様はアンデッド化しちゃったんです! 殺してって頼まれたのに、俺が母様をころ、殺してあげられなかったから」
「ブリュー! そうわかった。後はお兄さん達に任せて」
「でも」
「ここから先は、大人の仕事だよ」
俺は素直に頷けなかった。
だって、エルマーがまともな大人みたいにして、俺を言い聞かせているのだ。
副団長として騎士志望の俺を迎えに来て、三日間野営しながら砦に向かったあの時の、まともな、あああ、まともで真っ当な軍人風のエルマーみたいだから。
だから、俺はエルマーの胸に顔を埋め、幼児みたいに彼のコートを掴んでいる。
「エルマー。ふざけてよ。真面目なのは止めて」
「ブリュー」
「俺が死んでほしくないのは、あなただってそうだよ」
「俺はどこで死ぬ予定なの?」
「俺をこっちに送るために。それが、俺がどんなに辛かったか、かん、考えて欲しかった。俺はあなたにだって死んでほしくなかった!!」
俺の頭にポンポンとエルマーの手の平が当たる。
その手がエルマーにしては優しくて。
俺はエルマーの胸元からそっと顔を上げた。
エルマーは笑っていた。
怖い、と震えた。
目がちゃんと笑っている方が、この人は怖くなるんだ、と。
「よし、よし。やっぱり後はお兄さんに任せてね。ブリューを悲しませたお詫びとして、ブリューが望む情報をしっかりと手に入れてあげよう。自分の命がどうでもいい奴ほど、拷問が上手なんだよ」
「ブリュー」
俺はびくっとして物思いから覚めた。
もちろん、俺がビクッとして飛び上った所をしっかり見ていたので、腹筋が壊れそうだという風に震えている。
俺に恐怖を与えたもの思いから覚ましてくれたのが、その恐怖の記憶の主とは。
「エルマー。丁度良かった。オズワルドはこっちで良いの?」
「んー、んん? 君はテントで待っていた方が良いけど?」
「なんかエルマーと俺が浮気しているって噂があるみたいだよ。それでオズワルドが不機嫌だから話し合いが必要かなって。でもそれって、実はエルマーが広めた噂かな? 五歳の俺がオズワルドに埋められてしまった噂みたいに?」
「ハハハ。そう。重すぎる真実は軽い噂で隠した方が心が楽になる時もある」
「オズワルドの落ち込みも笑い話に出来るしね。あなたはいつだってオズワルドが一番なんだね」
「俺はちびちゃんのお尻が一番だよ。五歳のぷりぷり」
「野ぐそがこんなに後を引くとは」
「それだけ君は可愛かった。俺達のお陰で未来が変わり、その証拠に君が消えたのは、俺にも彼にも、過去と決別できるぐらいに素晴らしいことだった」
「なのに、でも?」
エルマーは俺の頭をクシャッと撫でた。
まるで兄が弟にするように。
「君は可愛かった。君と一緒はとても楽しかった。子供を望んではいけないと誓っている彼には、君はとっても可愛い家族で子供だった」
「わるいな。もう五歳児じゃなくて」
「安心して。俺達の君へのインナーイメージは、君が五歳児のままだ」
「そこは変えような。それで?」
「それで、わかったら彼をそっとしておいてあげて。彼は受け入れようと必死なんだよ。今日この日が終われば、君がこの世界から消えて無くなる。その事実を受けいれようと必死にあがいているんだ」
「だから生きているって。今だってバルバドゥス領で五歳の俺は生きているよ」
「その子は本当に君なのか? ここから未来が変われば、違う過去を持つ今の君は、バルバドゥス家で現在五歳のフィール・バルバドゥスが成長した十四歳のその時と、全く違う子なんじゃないのかい?」
俺はエルマーににっこりと笑った。
「同じですよ。今の五歳の俺は数か月前の大冒険について覚えています。そこから先の違う未来で生きる俺だって、あなた方に会えれば嬉しいです」
「俺は今の君に会いたいのにね」
「俺はあの時のエルマーに会いたくない。ここから九年後に、俺を過去に送るために自分の腹に剣を刺した、あそこまで追い詰められたエルマーには会いたくないです」
「ふふふ。そっか。俺は何て奴なんだろうね」
「ふふ。うん。今のエルマーの方が良いです」
「君は。では、良いことを教えてあげよう。俺は腹に剣を刺したんだね」
急にエルマーは何を言い出すのかと思いながらも、俺は肯定の頷きを返す。
「剣はどんな剣だった? 俺は腸を切っていたか?」
「あっ」
「俺は必死だったが、きっと失敗の逃げ道も用意していたはずだ」
「あなたは死ぬ気など無かった」
「失敗したら君に看病させる気だった。きっとね」
俺はエルマーに飛びついた。
腹に刺した剣はないし、元気いっぱいの細身だかしっかりした体だ。
あの日の記憶が薄れるぐらいに、生きているエルマーの体だ。
そして俺は彼を抱き締め、オズワルドの気持をようやく知った。
失い難いものを失わなければいけない、その絶望だ。
けれどわかっているのだろうか、俺は俺にそんな価値を見出して貰っていることが死ぬほど嬉しいんだ。俺を失ったと嘆く人がいるのが、この上なく幸せなんだ。
だって、前世の俺は捨て子だった!
「それで、オズワルドはどこ?」
「君は底意地が悪かったね、そう言えば」
「エルマーほどじゃないよ。俺は会いに行かなきゃ。行って、オズワルドが大好きだと伝えないと。五歳の俺は、あなたに会えなくて寂しかったから、今度こそ会いに来て欲しいって」
「俺達は今の君が」
「今の五歳でフィール・バルバドゥスである俺も俺だ。幸せでも不幸でも、俺なんだ。俺は幸せなのに精神を病む奴だ。だから、きっと幸せな世界でも俺であるはずだ。それに、本当に消えるんだったら、俺は最後にオズワルドに会いたいよ。オズワルドが凄い所を見てから消えたいよ」
「このくそが!」
オズワルド!




