待ち人は帰って来たけれど
「いい匂い。ブリューは料理が上手だったんだね」
寸胴鍋を掻きまわす俺の横に、真面目君から脱皮して失敗した男が立つ。
ダンジョン踏破前と踏破後のビフォーアフターがひと目でわかるとは。
このわかりやすさが女受けしないんじゃないのか?
人に嘘を吐かない誠実な奴だからってことなんだろうけど!
いつも後ろにきっちり流していた髪は手櫛で梳いただけ、顎は滑らかどころか無精ひげが残っている。誰が無精ひげの手入れの仕方を教えた?
俺はそいつに殺意が湧いた。
ヴァルターは真面目堅物風だから良いのだと、あの滑らかで清潔な顎が良かったのだと肩を揺らしてガクガクさせてやりたい。そいつに。
「俺達を待つ間、君は毎日牛テールスープを煮ていたんだってね。君のいじらしさに涙が出るよ」
俺は奴に不機嫌この上ない睨みを向けた後、砦の二番目に偉い人だからと掻きまわしていた鍋の中身を器によそって手渡した。
「ヴァルター。身だしなみを忘れましたか?」
「恋人みたいなことを言うな。あちっ」
「その童貞を捨てたからワイルドになったって感じも嫌です」
「酷いな」
ヴァルターはかすれた笑い声をあげながら俺の頬に顔を寄せ、なんたること、オズワルドみたいなことをしてきやがった。
「俺は女を知っているよ。君に手ほどきしてあげられる程度は」
「こんな囁きするのはヴァルターじゃない。オズワルドどこ。ヴァルターに変なこと教えたオズワルドはどこに行ったの!!」
「ハハハ。グラナータが言う通りだ。ブリューっておぼこだ」
「今までのは台本か! 暇人かよ」
「ハハハ。浮かれるのは仕方がないだろ。俺達は偉業を成し遂げたんだ。そして今日、また新たに勝利の狼煙を世界に上げるのだ!!」
うるせえ、とヴァルター側の耳だけでも塞ぐ。レードルから俺は手が放せなかったからだが、放して両手で耳を塞げばよかった。
酔っぱらいみたいなヴァルターの口上に呼応して、俺達の周囲で下卑やヤジや歓声が巻き起こったのだ。
ついでに俺へ向けて沢山の手も差し出された。
俺達にもスープを寄こせという。
はいはいはいはい。順番守ってよ。ああ忙しい。
今日はダンジョンから戻って来たオズワルドさんによる、辺り一面焼け野原にするぞ会、である。
だから腕に覚えのある魔獣騎士団達が一般兵の部下も率いて、森に火魔法を放った後に起こるスタンピードに備えて集まっているのだ。
この近辺は魔獣を狩りつくしたし、ダンジョンは踏破されたどころか周回もしたそうで、魔素が殆ど残っていない状態なんじゃね? だし、スタンピードが起こる可能性はないに等しいと思うけれど。
だからこその、これなのだろう。
一般人の俺までも呼び出し、俺を食事配膳係に任命してくれたのだ。
正しくは俺がオズワルドを待つ間家で作り置いていた寸胴鍋(六個分)のスープを、欲しいと手を出した人達によそって渡してあげるだけの仕事なんだけど。炊き出し用テントと言っても普通に出店で、もうお祭りの屋台みたいだから俺も手を加えちゃったけど。
ほんと、みんな浮かれちゃってお祭り騒ぎなんだよ。だからいいよね。
スープだけじゃなくて、腸詰め焼きとかクレープとかのお店も出しちゃったんだ。
そっちは砦の費用じゃなく俺の持ち出しだから、ちゃんとお代も貰うけど。
……ちゃんとお代取ってるよね。アーニャにヘレンにジゼットは。
「ヴァルター様。く、クレープはいかがですか? ブリューが考案したから、味は保証です。あ、飴を絡めたコケモモもありますよ」
ヴァルターはリーザのかっぽう着姿に一瞬だけ目を見張った。
女性騎士服の上にエプロンではなく、前世の白い割烹着を着せたら美少女リーザはどうなるかの実験だ。可愛くて清楚であどけなさが強い、萌えの表現だ。
リーザはちゃんと想像以上の体現者となってくれたようである。
「あ、ありがとう。あとでもらう」
「で、では、取り置いておきます」
「バカ、リーザ。そこは、いつでもおつくりしますから声を掛けてね、だ」
「はひゅっ」
ヴァルターは気絶しそうなリーザに温かな笑顔だけしっかり向けてから、俺に冷たい視線を向けた。
「遊びすぎでしょ」
「えええっ。イッパンジンな俺は、どうしたら次期総督を喜ばせられるかなって、そればかりでございましたが!!んくっ」
ヴァルターに鼻を摘ままれた。
すぐに放してくれたし、俺の冗談に顔を赤らめるどころかふっと笑ったところなんかは、こなれた大人って感じである。くっ。
「リーザ。コケモモをちょうだい」
「え、ヴァルター様はいらないって」
「ヴァルター様に食べさせてもらおう。俺達が」
「ブリュー」
「だって俺もリーザも飯は作っても自分らは朝から何も食べていないんだよ。なあ、腹ペコだよな?」
「ひゃ、ひゃい」
「え、だが」
「ダンジョン踏破した英雄様から俺は栄誉を貰いたい。さあ、リーザも!!」
「あ、あたしも、ヴァルター様から栄誉を貰いたい!!」
「ほら、ヴァルター。あーん」
「ひゃっ、あ、あーん」
俺に倣ってリーザも大きく口を開ける。
真っ白なかっぽう着に真っ赤になった顔で、とっても萌える、はずだ。
「っとに。ケヴィンっていい弟だったんだなあ」
ヴァルターさんこそ本気で良いお兄ちゃんですよ。
俺がこの先を心配するくらい、心優し過ぎない?
彼は律義に俺とリーザの口にコケモモの飴がけを放り込み、ついでに便乗して口を開けたダフネにまで放り込んでいた。
歯にべた付くけど、あっまい、美味しい。
あ、リーザもそんな感じで美味しいってなってて、それが可愛かったからか、ヴァルターが第二弾放り込んでいるじゃないか。よしよし。
「ダフネ。オズワルドはどうしてる? あれから全然会えていないんだよ」
「んん? 謝り所探してる?」
「どうして俺が謝るんだよ。俺は、心配を紛らわせるために、毎日毎日、帰って来るまで一週間、腹に優しいけどあいつが好みそうな肉スープを作ってたんだよ? それなのに、あいつは踏破した後ダンジョン周回プレーなんかして!!謝るのはあいつの方だ!!」
「だから、みんなでブリューのスープを飲み干そう会にしてんじゃん? そこは団長も感動したし、嬉しかったはずだよ? だけどブリューのいじましさに気持が盛り上がってるそこで、ブリューの浮気事件発覚でしょう?」
「ブリューって、やっぱそういう?」
「リーザ。殺されたくなかったら不用意な事は言うなよ」
俺が本当に殺しをした場面を見たことがある彼女は、壊れた首振り人形になった。
そんな彼女を労わるどころか、ぷすっと笑いをかみ殺したヴァルターはしっかり魔獣騎士団に染められちゃったなあ。
「ダフネ。誰が浮気だって? それで家にも帰って来ず?」
俺はチッと舌打ちをすると、エプロンを自分から剥ぎ取った。
そしてテントを出ればデニーが。
「デニーは残ってスープを配ってて」
「ですが」
「悪い。オズワルドは俺以外には情けない姿を見せたくないだろうからな」
「団長の情けない姿なんか、今までも腐るほどに見てきましたよ」
「きっとさらに見苦しい姿なんだよ。そういう事で」
俺はデニーに振り返らず、てくてくとオズワルドへと歩いていく。
浮気って何だよって、オズワルドが不在の時何をしていたっけ?
大体オズワルドが自分が帰れなくなった知らせを文字書ける組に託したから、俺はアルバン達によって吐き出せるだけの特許出願をさせられたのだ。
外出禁止で家に閉じ込められ、書類仕事をさせられたのだ。
だから俺はスープを作って気を紛らわせるしかなかったというのに。
俺の足はピタリと止まる。
「違うか」
俺が気を紛らわせたかったのは、帰ってこないオズワルドへの心配じゃなかった。
ギルマス達の身柄はエルマーに奪われ、彼等への追及もエルマー達がするからと俺はお払い箱にされたのだ。それで俺のギルマス達への怒りの持って行きようがなくなったから、俺は何かをしなければいたたまれず、そんな環境の苛立ちをオズワルドがいないせいだとぶつけていたのだ。




