ここが魔の森だったとしても
前の世界で王国を襲ったアンデッド災厄は、この目の前のギルマスが原因となって起きていた、とは。
前の世界では、「竜の血」を「惚れ薬」と思い込んだ女子生徒がそれを混ぜ込んだ菓子を男子生徒に贈ったことが発端とされている。学園から逃げ出した生徒がそれぞれの領地で発症した事により、王国全土に広められたのだ。そしてその惚れ薬は、側妃達の持ち物が流出して起きたのだ、と俺は聞いていた。
側妃達が起こした災厄を処理したのは、デュッセンドルフの魔獣騎士団。
学園の災禍において原因の女子生徒の憧れの君は、ケヴィン・デュッセンドルフ。
ケヴィンへの贈り物を勝手に食べた少年が、魔獣騎士団が見逃してしまった側妃の形見の品によってアンデッド化してしまった?
全部悪いのはデュッセンドルフかよ?
よく考えりゃ、その竜の血をどこでその子は手に入れたのかってことだよな。
側妃の事件から三年は経ってからのそれだ。
新しい別の原因があったのだと考えるべきだったんだ。
そして俺の目の前にいるギルマスは、欲望のまま自分でそれを飲んでいた。きっとこいつは、賄賂のようにして、他者にも勧めていたに違いない。
「お前は袖の下がわりに、どれだけの人間に竜の血を渡したんだ。ちゃんと説明したんだろうな。それはアンデッド化を引き起こす呪いの血だって」
「おい、ジョーマン! まさか、あの薬酒は」
「ヘンリク! お前は知っていたのか。すると、ちくしょう、ジョーマン。俺には何もないって、俺を下に見ていたのか!!」
ギルマスは、ちゃんと竜の血を飲ませる相手を選んでいたようだ。だが、飲ませられていたガーレン商会長が己のアンデッド化を知って慄き青ざめ、鍛冶屋組合長が自分はもらえなかったとギルマスに怒る姿は本当に茶番だ。
けれど、茶番で笑えるのは今の内だ。
薬酒として流れていれば、誰もそれがアンデッド化する竜の血だと思わない。
酒だったら、二年や三年ぐらい前の品だと訝しがるどころか、寝かせた高級酒だと勘違いする者ばかりだろう。味が悪かろうが、薬酒、なのだ。
ああ、そうか。
王国のアンデッド災厄の発端はこいつだ。
こいつらなのだ!!
「落ち着け! こいつは口先だけのお貴族様だ」
「そう言うお前こそ声が上ずっているじゃないですか。実はすでに体の変調に気付いていましたか?」
「黙れ! 世界を台無しにしているのはお前だよ。この男娼が。そういや、お前は言ったよな。魔の森で死んでいたら自然死だって。そこは素晴らしい考え方だなあ」
「考え方? お前はたまには法律書を読むべきですよ。そうしたら、もう少し賢く立ち回れると思います」
「ガキが! ダンジョンおよび魔の森では、専門家の指示に従うのがルールなんだよ。魔の森でマンドラゴラで畑だ? 貴族のお遊びは他所でやれ。その他所にも、お前はもう行けないけどな。俺を怒らせるからだ」
「おお~。お前が俺に何かできると? お前が連れて来た護衛が、俺のガーディアン達に敵うとでも……って、逃げちゃったのか? いませんねえ、デカブツ達」
「フハ―ハッハ。あいつらには別の仕事に行かせたのさ。俺もそこまで愚鈍じゃないぜ」
安全地帯にまとめてあるマンドラゴラの鉢を盗みに行ったのだな、と当たりを付けた。それでどうするか、と言えば、ついて行きたければ行くだろうし、行きたくなければ悲鳴を上げて抵抗するだけだろう。その悲鳴に即死効果を乗せるか気絶効果だけにするか、マンドラゴラさんだけが知っている、という所が怖いばかりだけど。
「あの人達が生きて戻ってくると良いですね」
「脅しか?」
「いいえ。マンドラゴラには即死魔法があるって有名じゃないですか。お忘れですか?」
「貴様はあれを鉢植えに、鉢植えに……お前だけができるのか」
「すごいでしょ。でも企業秘密です」
「てめえは。まあいい。これから嫌でも口を割ってやる」
ザワッ。
そんな擬音を文字で頭上に大きく書きたくなった。
ギルマスが右腕を上げれば、俺の畑を囲むようにして隠れていたらしい、冒険者じゃなく裏家業の手下らしき存在が姿を現したのだ。
暗殺術を仕込まれてそうな顔をマスクで隠した黒づくめ達の中には、ひと目で魔術師とわかる杖を持ったローブ姿の奴もいる。気配も消せる手練れの者達だ。数としては三十人はいて、俺はその数の多さにとてもびっくりだ。
「わお。大所帯ですね。俺はとても驚いていますよ。この世にこんなにも捨てても良い命がたくさんあったなんて、と」
「減らず口ばかり叩けるのは今の内だ。数分もしないで、お前は俺にお許しくださいと懇願するのだからな。そんなお前の姿が、とっても楽しみだよ」
「わあ。変態だ。では先生方、よろしくお願いします」
「俺達が君のガーディアン? 俺達がいなかったら、どうするつもりだったのか」
「クレメンスさん。その時はその時。今はとにかく猫の手を借りたいんですから、よろしくお願いしますよ」
「ぷはっ」
「ブリューたら、ほんっとに悪い子だ」
「団長が極悪だって自慢するわけだ」
「後で大丈夫……かな~」
エルマー達から剣を鞘から引き出す音が次々と鳴った。
けれどデニーは仕込み杖から剣を引き出さなかった。
なぜならば、俺の従者としてすることがある。彼は俺を自分の背中に隠して自分こそがギルマスの前に出て、俺に仇を成す奴らに警告を与えねばならないのだ。
「ブリュー様の畑に一歩でも踏み込んでみろ。またブリュー様に攻撃の意思を見せたその時点で、お前達の命はない。俺は警告をしたぞ!!」
デニーの声はとてもよく通るようになった。
癖が無く、真っ直ぐに伸び征く声。
聞こえなかったと言い逃れができない、誰もの耳にもしっかり届く良い声だ。
「一人は戦えない子供。一人は足が無い男。あとは魔獣騎士団の手練れだとしても、たった四人だ。やれ!!」
ギルマスは号令を上げてしまった。
ローブ姿の俺の敵達が攻撃魔法を俺に向けて一斉に唱え始め、体術専門の黒づくめ達は魔法の発動と同時に動こうと身構えて一歩踏み出す。
「よし敵対行為認定! アイシャ! 来い!!」
エルマーが叫べば、クレメンス達も次々に続く。
「ジェロニモ!」
「ガネシア!」
「ティック!」
エルマー達が愛する者の名前を呼べば、彼等に応えたい巨大な茶色がやってくるのだ。巨木の幹から、鬱蒼と茂る木々の隙間からと、次々と。
ドカドカドカン!!
「ぎゃあ!」
「なんだ、うわっ」
「うそだろ!!どうしてベヘモットが!!」
四匹の茶色の大型が、俺の畑の周囲を勢いよく駆け回り始めた。
だって、遊んでも良さそうな玩具が、畑の周りにはいっぱいだ。
俺の畑を囲んでいた奴らは逃げ惑うだけ。どんな手練れだろうが人間である限り、ベヘモットの出現に対応できるはずもない。
ある者は撥ね飛ばされ、あるものは踏んづけられと、猫にみつかった鼠状態だ。
いくら熟練の暗殺部隊と言えども、戦闘にならないようにして人殺しをして来た奴らでしかない。動く物全部玩具の認識しかない猫型魔獣に対応できるスキルも無ければ、逃げ出すスキルも無いだろう。
冒険者集団だったら話が違う?
ベヘモットって、こっちの言葉で陸の魔王って意味を持つ。そんな呼び名の魔獣だけあって、ベヘモットさん達の魔獣ランクはかなり高い。
高難度魔獣対応スキルを持っている魔獣騎士団の面々だって、興奮したベヘモットのじゃれつきを止められないぐらい強いのだ。
「ジェニーも連れて来てあげれば良かったですね」
こそっとデニーが俺の耳に囁く。
黒づくめ軍団、殺されはしないけど死屍累々な状態だな。
俺はわかりやすくぐるっと周囲を見回してから、ギルマスに向き直った。
「せっかくデニーが警告したのに。全滅ですね。魔獣騎士団がいるのに、ベヘモットがいないなんて、どうしてそんな錯覚を?」
徒歩でここまで来たエルマー達の後をついて来たから、エルマー達の愛騎であるベヘモット達の存在をギルマス達は失念してたかなと思ったけど、その通りであったとは。
ここはもうオズワルドの土地だからか、彼等は適当にベヘモットを放しているんだよ。大型魔獣への牽制にもなるし、ベヘモット達の良い運動になるから。
そして賢いベヘモットは、呼ばれもしなければマンドラゴラ畑には近づかない。
「お、お……」
一瞬で俺を殺し隊を失ったギルマスは、俺に憎しみの目を向ける気力も失ったようだ。一人また一人と、ベヘモットの凶悪な猫パンチを受けて倒れていく黒づくめの惨状を呆然と見つめるだけとなっている。
どこから借りたか知らないが、レンタル品の完全破損だ。貸してくれた組織から、かなりの額の弁償代を請求される地獄が待っていそうだものね。
「ご安心を。ここが魔の森だとしても。俺はあなたを自然死させる気はありませんよ」




