教養あるあなたなら許してくれますよね
俺は口を出さずに傍観だけしていたのだが、カリンナの最悪さよりもヘレンの不幸の方が心に痛かった。
再婚をカリンナに邪魔されてただけでなく、再婚相手が流感で亡くなっていたなんて、なんて不幸体質なんだ、ヘレンは!
けれどヘレンを不幸に貶めた当の本人は、自分こそヘレンの為に心を砕いていたような台詞を言い放った。お前には謝るというオプションがないのか?
「それはあたしに英雄になるなと言って来たこともそうなのか?」
ベリンダさんだった。
隠れていろと言い付けておいたのだが、我慢できずに林の中から出てきてしまったようである。けれどありがたいことに、カリンナに飛び掛かりそうなヘレンを押えて自分の背に隠してくれたし、普通に格好良かったから許す。
「あら、ベリンダ。騎士職剥奪で一兵卒に落とされたって聞いたけど、全然平気なのは平が合ってたからなのね。英雄になるなって意味は、人の輪を大事にしましょうって意味よ。班長ならば部下を一番に考えましょうって基本もわからなかったあなたが理解できるはずもないか。ふふふ。騎士の時だって実力不足で、私には手も足も出なかったのに、何をイキっているんだか」
「それだってお前が卑怯な手を使ったからだ」
ベリンダは女性が持つには幅がある太くて大きな剣を怒りのまま振り上げたが、しかし、ベリンダの威圧にカリンナは怯むどころか鼻で嗤った。
「すぐそれ。口で負ければすぐに手が出る、出来の悪い男みたい」
「お前は女の悪い所を煮詰めただけみたいだけどな」
「あら。女性らしく常に輪を保つことを考えているのよ、私は。実際、私について来た者ばかりでしょう? いいこと、あなたが一人だけなら、あなたの気概は素晴らしいことでしょう。でもね、女性騎士達は魔獣と戦うために存在はしていないの。女だからこそ出来る、女性有力者への護衛が職務。それなのに、あなたは魔獣と戦いたいって騒ぐ。ほんっとに迷惑だったわ」
「女性有力者の護衛? 教養があり実力がある女は全部追い出して、その仕事さえも失ったお前が何を言っているんだ? あたしの希望を叶えるためだと言って、何人の見習いと同僚を潰したんだ?」
「あら。あなたの賛同者なんだから、魔獣と戦えるぐらいに稽古をつけてあげただけじゃないの。簡単に根を上げる根性無しばかりがいけないの」
「あたしにしたみたいなことをしたんだろ! 下剤を飲ませて訓練場に引き出したんだ。戦えるわけはない。尊厳だって無くなってしまう。それが全部あたしのせいだと。ああ。その通りだろうさ。あたしは屈辱で引きこもり、そのせいでいつだって見逃していた。あたしが知るのは全て事が終わったあとだ。――だが」
ベリンダは剣先を荒々しく、今までの鬱憤を込めて地面に叩きつけた。
しかしカリンナは面白くなさそうな顔で肩をすくめるだけである。
「自分のお粗末さを私のせいにしないで。それよりも、私には仕事があるの」
「泥棒か?」
「ふふ。違うわ。魔の森を私物化している悪人からあなた方を助けに来たの。教養のないあなた方は、ブリュー様に簡単に騙されたわね。いいこと? 魔の森はダンジョンであり、ダンジョンならば国の所有物でもあるの。だから勝手に私物化してはいけないのよ。こんな風に畑を、ふふ、畑を作るってのがバカバカしくて笑えるけれど、でも、しちゃいけない事なの。ついでにここを広げるために沢山の木を切り倒したでしょ? スタンピードを起こすつもり? このことは冒険者ギルドを通して世間に公表させて貰います」
カリンナは小馬鹿にした口調でベリンダに、そして俺へと視線を流して、くどくどと彼女の知識を披露してくれた。
「でもね。マンドラゴラですべては不問となるはずよ。邪魔しないでね。私はあなた方を犯罪者にしたくはないのだから。では、運んでちょうだい」
カリンナに連れて来られた冒険者達が、マンドラゴラの鉢を満載した園芸カートに取りついた。そこで彼らはようやく鉢に植わった植物をちゃんと見ることができたのだろう。驚きに息をのむ声が俺のところまで聞こえたほどだ。
「まじかよ。本当にマンドラゴラ入りの鉢だ。花なんか咲くんだ」
「一鉢いくらだっけ。ハハハ。借金がはした金に見えるな」
「さっさと運んでしまいなさい」
やっていることが完全に強盗だなあ。
俺はやれやれと思いながら、カリンナに声を掛けた。
「その子達をどうするおつもりですか?」
「もちろん。難病で苦しむ人達の薬の材料にするのよ」
「材料? マンドラゴラ達を鉢から引っこ抜いて、切り刻み、すりつぶすというのですか? あなたは、あなた方は、マンドラゴラ達の命を奪う気なんですか!」
「薬を作るのよ、当り前でしょう」
「「「「「ぎいやああああああああああああああああああ」」」」」」
園芸カートの上のマンドラゴラ達が一斉に叫び声をあげた。
カリンナと二人の男はその場に崩れ落ち、そしてそのまま動かなくなった。
「ベリンダ。デニー。こいつらは目障りだ。捨てて来てくれ」
「ギルド前に?」
「私有地の外でいいよ。野ざらしにされても、教養深い彼女なら納得してくれるだろう」
デニーは俺に軽く目礼をすると、男達の襟首を無造作につかむ。
ベリンダは俺とデニーのやり取りと、デニーのその行動に躊躇を感じたようだが、すぐにデニーの後に続くべくカリンナの体に手をかけた。手がカリンナに触れた瞬間、彼女は少々狼狽えたようだ。だが彼女はすぐに表情を無に戻し、そのままデニーの後を続いて行った。
さて、リーザ達には仕事を再開させねば。
俺が右手を上げたが、リーザも右手を上げたところだった。
「どうした?」
「ブリュー様。私有地ってなんですか?」
「ああリーザ。私有地ったら私有地だよ。魔の森を開拓できた者は、開拓した土地に権利を得るんだ。ただ足を踏み入れて魔樹を切り倒しただけじゃだめだ。ちゃんと規定にある日数を超え、そこがもう魔の森では無くなったと言い切れる要件を満たさねばならない」
「えっと、じゃあ」
「魔の森の要件は、魔樹の存在があるかないか。今の時点で二百メートル先にある安全地帯からこっちまで、オズワルドの私有地となっている。安心してマンドラゴラ畑を作ってくれ。どんどんと畑を広げねばね」
「グラナータ様の私財の為に?」
「それがデュッセンドルフの富となる。ほら!!」
俺は偉そうに椅子に座り直す。
俺の視界に映るのは、俺が差した指示棒通りにマンドラゴラを植えようと園芸カートへと近づくリーザ達の姿と、マンドラゴラの洗礼を受けた間抜け達がデニー達引き摺られて森の中に消えていく姿である。
「魔の森で発見した遺体は依頼が無い限り捨て置いてもかまわない。教養のあるカリンナさんだったら、きっと理解してくれるはずですよね。ここが魔の森だと言い張ったあなたですし」
「ブリュー様。カリンナは死んだのか?」
「空気読まないな、ジゼットはって、ひゃっ」
俺の椅子の真ん前にジゼットがいた。
だるまさん転んだで、一瞬にして目の前に出現された時のようだ。
彼女はドッキドキな俺をさらに追い詰める気か、俺の両肩に手をかけ必死な目を俺に向けた。
あ、ジゼットの後ろにリーザ達も並び、同じ目で俺を見ているじゃないか。
「マンドラゴラはやっぱり即死魔法できるのか!」
「できるよ。だからいいか? お前等も死にたく無かったら、マンドラゴラさんに不埒な気持ちは抱くんじゃないぞ!!」
「「「「ひえええ」」」」
この後、ジゼット達は脅え切り畑の隅から動かなくなった。それでやっぱり俺が、残りの二十鉢を植え付けることになった、とは。
やっぱ使えねえ、こいつら。




