僕の考える最強で最高な騎士
ヴァルターはご機嫌斜めのようである。
俺が執務室のドアを叩けば普通にドアを開けてくれたというのに、手ぶらな俺が横に退いた瞬間に俺の目の前でバタンと扉を閉めたのだ。
なんて酷い。
俺が横に退いたのは、マンドラゴラの鉢を抱えたリーザを通してあげたかったからなだけなのに。
「私という邪魔者がいたから」
「違うね」
どんどんどんどん、と俺はドアを叩く。
ついでにヴァルターがドアを開けてくれるようにと、渾身の謝罪の声を上げる。
「マンドラさん持ち帰ってないよ、からあるで、ヴァルターがっかり顔を観察したかった事は謝る。正直すまんかった反省してる。僕を許してこのドアを開けて!」
「ひどっ」
ガチャ。
「ひぃ」
リーザが小さく悲鳴をあげたのは、ドアを開けた彼女の想い人の顔が凶悪な表情をしていたからであろう。今にも人を喰い殺そうなメトゥスボーラぐらい?
こっちの言い回しだ。
ちなみにメトゥスボーラは前世の日本では牛鬼で通じる蜘蛛と牛のキメラ魔獣で、巨大で凶悪で冒険者ギルド討伐推奨A+って奴らしい。
「入れてくださいヴァルターさん」
「君の親父に忙殺されそうなのに、君が俺を謀殺に来るんだ。会いたくないのは仕方が無いだろう」
「だけど、マンドラゴラさんをお部屋に落ち着けてあげないと、鉢を抱えたこの子が落ち着けないんだよ」
ヴァルターは、はああ、と大きな溜息を吐いたが、紳士らしく俺と鉢を持つリーザの為にドアを支えてくれるとは。こういう所でヴァルターは漬け込まれるんだよな、俺に。
「どうぞ」
「どうもヴァルター。さあリー」
「リーザ。そこの悪魔に何かされたら俺に」
「ひゃうん!!」
ヴァルターがリーザの名前を呼んじゃうもんだから! 自分の名前知ってたって、感極まった? びっくりしただけ? なリーザがびくんと跳ねて、マンドラさん入りの鉢から手を滑らせちゃったじゃないかああああ!!
「ばかぁ」
「ぎぃやああああああああああ」
ばた。ばたたた。
――――――――
はっと目覚めた俺が最初に確かめたのは、マンドラゴラさんの鉢はどうなったのか、ということだ。
だが、鉢の安全を確認するや俺は舌打をしたくなった。
「くっそ。何秒こんな状態だった?」
「何人にその姿を見られたのかを気にするべきだ」
俺の声に応えた低い声に、俺は頬をぴくぴくさせながら顔を上げる。
まだ帰るには早い時間のオズワルドが立っている。
真っ赤な髪は煤けていて、頬骨の辺りにも汚れでできた線が見える。
服は黒いからか泥汚れも浮いて見えるし……血の跡も?
「オズワルド!!ケガしたの? 誰かがどうかした?」
「俺は森帰りなだけで、助けが必要などうかしているのは目の前のお前だけだな」
「ですよねえ」
マンドラゴラの鉢は俺の腕に抱えられ、鉢を抱えた俺はヴァルターに抱えられていた。でもってヴァルターの顔は俺の肩に埋まった状態という、なんのBとかLですか? と聞きたくなる絵面を作っているのである。
それでリーザは? といえば、オズワルドが彼女を抱えていた。
「ヴァルターは生きてますけど、そいつは死んでますか? 死んでることにしてその粗忽者を意識ないうちに葬っても大丈夫でしょうか」
「お前は簡単に人を殺すな。ちょっと動くなよ」
オズワルドは長い足で俺とヴァルターでできている小山を跨いで室内に入って行き、意識のないリーザをソファに転がした。それから俺の所へ戻って来て、ヴァルターを俺から引っぺがすどころかヴァルターをバシッと叩いた。
心霊ドラマで霊能者が憑りついた霊を払う感じの、割と容赦ない叩き方だ。
「うっ」
「起きろ。いつまでもブリューに抱き着いていると、お前さんはそういう趣味だと思われるぞ」
「いいかな、それでも。わりとブリューは抱き心地いいね。君が自分に縛り付けたくなる心理がわかった気がする」
「俺のは単なる危機管理で、だ。縛りたいのはお前の嗜好だろ」
「確かに、ブリューを縛ってやりたい思考になるよ」
聞き捨てならないことをほざいたヴァルターは俺から離れ、立ち上がった後は、おやまあ、俺をそっと持ち上げて立たせてくれた。やはり紳士。
「ヴァルター。ありがとう」
「どういたしまして。それで、グラナータ。君がここに戻って来たということは、俺の呼び戻しに応えてくれたってことでいいのかな?」
「そうだな。お前は閣下よりも気が長いと思ったが、親父さんよりもせっかちだったんだな」
「当たり前だろ。ダンジョン見つけた。これから潜る。なんて早馬飛ばしてきたら、今すぐやめろ戻って来いって送るしかないでしょう」
「え、何の話? オズワルド。何が起きたの?」
「お前はその鉢をどうにかしろ」
「ブリュー、先に鉢を置いて来て」
二人同時に同じこと言う。
だが確かに、と俺はマンドラゴラの鉢をヴァルターの執務室の定位置に置いた。
俺達を気絶させたマンドラさんは、床に鉢底が付いた途端に、葉っぱをぴひゃーんと伸ばし、あとは普通のゆらゆらに戻った。
「ふう。これで安心」
「何が安心だ。俺の部屋を危険物置き場にしやがって。グラナータ。ブリューは俺を殺しにきてると思わないか?」
「ハハハ。だが何が起きてもこれでこの部屋は安全地帯だ」
ヴァルターは俺になんだか嬉しそうな顔を向けたが、丁度俺が「そうか」という風に右手の拳を左の手の平に打ち付けたところだった。
「グラナータ。君はブリューのことを買いかぶり過ぎのようだ。これは単なるブリューの悪戯みたいじゃないか」
「そう言うな。こいつは必死なんだよ。俺に死んでほしくはないが俺に危険を冒すなと止めることはできない。だが、お前さんは違う。こいつのせいで状況が変わっても絶対に死なないように備えとかなきゃいけない。なあ、ブリュー」
俺はオズワルドからすっと視線を逸らした。
オズワルドの言う通りの気持ですけど、マンドラ第一号鉢については冗談でした。
「悪いな。ヴァルター。俺は見誤ったようだ」
「いいえ。俺の母もブリューについては見誤りまくりですから。それよりも、王都へのダンジョン発見の報と調査依頼をしなければですので、早めにダンジョン発見についての書類を仕上げてください」
「ああ。それなんだけどな」
「それなんだけど?」
「王都にダンジョン発見を知らせるのは一ヶ月待ってくれ」
「どうして」
「俺が潜るからだ」
「それはダンジョン法を破る」
「宝箱を無視して魔獣を狩るだけにする。それならばダンジョン調査行為を阻害する盗掘行為にはあたらない」
「だが、それでスタンピードがおき」
ヴァルターを遮るように、オズワルドがすっと俺を指さした。
俺は今度こそ顔を背けずに、真っ直ぐにヴァルターを見つめる。懇願も込めて。
「お願い。俺の世界でスタンピードが起きたのがあと一ヶ月もないんだ。王都からの調査員の調査を待っている間にダンジョンが氾濫したら大変だ」
「だけど、ブリュー。ダンジョンがグラナータを飲み込んだら、そこで世界は終わりじゃないのかな? そこから王都にダンジョン発見の報を送っても手遅れだろう。通常の手順通りにダンジョン調査隊を入れた方が安全なんじゃないのか?」
俺は首を横に振り、それから俺こそオズワルドを指し示した。
「最善の選択はいつだってオズワルド。俺の最強で最高は、オズワルドだ」
オズワルドは不敵に笑った。




