ホワイトを塗りつぶすブラックな
アーニャ達よりも、ブリューにはリーザと語り合って欲しいのに。
俺は園芸カートを引こうとしていただけなのに、なぜか地面の上に転がっていた。
魔の森の土は、かび臭い匂いもあるしじめっとしている。質感は練る前の油粘土みたいで固い。俺はそんな大地に顔をぶつけて転がった事で、マンドラゴラ達がふかふかな土に逃げ込みたくなる気持ちがわかった。
ああ、風呂に入ってふかふかの布団に潜って寝たい。
それでデニーにホットミルクとか作ってもらうんだ。
なんかもう起きる気力もわかない。
普段だったら起こしてくれるデニーがいるのに、どうして今日はいないんだろう。
どうしてデニーに週に一日は休息日を与えるなんて、俺はホワイトな考え方をしてしまったんだろう。お陰で俺の顔は泥に埋まって真っ暗だよ。
「うわああああ。ごめんなさい。ごめんなさい。私がカート引くよって思っただけで、でもぶつかっただけでこんなに飛んじゃうとは思わなくて」
俺にボディアタックかましたリーザが煩く騒ぎ、倒れたままの俺を慌てて引き起こそうとした。
バシ!!
「さわるな。自分で立てる」
リーザの手を払い立ち上がれば、そこは完全に俺にはアウェイな世界。アーニャ達はリーザを囲み、俺に視線だけで言わして来たよ。
可哀想にリーザって。
まるで女性専用車に乗ってしまった男性諸氏が感じる、居心地の悪い睨みがちくちくちくちくと俺のSAN値を削って行く。
ああ、俺だって今すぐに降りたいよ。
「撤収だ。砦に戻るぞ」
リーザ達は、なんと、喜ぶと思ったが、ガクッ首が折れる感じで俯いた。
特に、リーザの歯を食いしばった上での涙ポロポロって何なんだ。
「早帰りは嬉しくないのかよ」
「あ、あたしは何やってもダメな、ななん、で」
「ほら泣くな、泣くな」
アーニャがリーザの頭を抱える感じで片腕で抱きしめ、ヘレンは姉のようにしてそんな二人の背中に腕を回して寄り添った。そしてやっぱりジゼットさんが空気読まない感じで俺を断罪して下さった。
「あなたは私達に死ねというのだな!!」
「今日はもう砦に帰りましょうって言ってるだけでしょうが」
「あなたの気分を害したという理由で私達は断罪される!!」
「いいから。ジゼット!!」
「あたしらが悪いんだ。これ以上は」
「言うべきだ。いいか。ヘレンは旦那が死んだだけじゃなく、愛人とその子供に家も財産も奪われて無一文だ。元冒険者のアーニャは戦力外通告でパーティから追い出されてる。それで私は商人の夫に乞われてこの国に連れて来られたが、それは人身売買だった! 砦を追い出されたら私達は死ぬしかないのだ!」
それが彼女達がバトルロイヤルでも本気で頑張った理由で、戦力外なのに彼女達を砦から追い出せない大人の事情か! 涙が出そうだよ。
「砦に戻ったら、あたしらが使えないって、あんたは砦のナンバーツーに告げ口するんだろ?」
「ウウブブブ、ヴヴヴヴ」
アーニャの言いがかりはわかるが、さらに泣いたリーザがわからない。
それもどうしてリーザは、幼稚園児が泣いちゃってるみたいな泣き方なんだろう。
ついでに荒れた部屋でのテント生活の情景を思い出し、リーザが捨て子かなにかにしか見えないじゃないか。
「お前等の使えなさはみんな知ってる。告げ口なんてしても今さらだ。そんで、お前達の後が無い背景は分かった。リーザは父親が騎士だったっけ? それで父親みたいになれないからと泣いているのか?」
「ぶわあああああ」
「デリカシーねえな!」
「アーニャ。そん、そんなこと言ったら、ブリュー様が、お、お怒りになるわ」
「リーザは初恋の人にいい所を見せたいだけだ!!それなのにやることなす事失敗続きで、息も絶え絶えなんだ。慮ってやれ」
「ジゼットのばかああああああ」
ジゼットの空気読めなさは、実は狙っているのだろうか。
ジゼットの言葉が最後の一押しになったか、リーザはさらにギャン泣きだ。
俺は本気で帰りたくなり、こいつらが俺の役にたった実績を与えることにした。
「リーザ。お前そんな無駄に涙がでるのに生活魔法は使えないのか?」
「うぐ、う?」
「普通は俺がこんな格好になれば、我も我もと生活魔法でキレイにしてもらえる。お前等は騒ぐばっかりで誰も本気で俺を慮ろうとしないな」
「だってあたしはウィンドカッターしか使えない。水の属性が無いんだよ」
ウィンドカッターじゃ、パララミスどころかホーンラビットも殺せない。それじゃあ、冒険者パーティから戦力外通告当たり前だ。ていうか、それでよくも冒険者やっていたな。
「あ、あたしは、生活魔法なんか使えない。だからぐずって旦那に叩かれて。でも、手でだけど染み抜きとか得意だから!!」
ヘレン。なんかもう君には武力の方では期待していないから。
「剣舞は踊れるが剣は使えない」
踊り子さんだったかあ。
俺は額に手を当て、ふぅと溜息を吐く。
ぜんぜん今の俺に役立たねえ。
マジ使えない人達だったよ。それでも騎士としてお給金が貰えるって、デュッセンドルフ砦で慈善事業でもしているの? 寡婦年金代わりとか、生活保護とか、就労希望者への技能養成所とか。
「リーザ、君は?」
「身体強化と、みず、水魔法ぐらいは。お、お父様がおし、教えてくれた」
「じゃあ、乾かせないか。アーニャ。お前はウィンドカッターじゃなく、普通のそよ風は出せるか? あと火の属性も無いのか?」
「火は使えるけど、焚き付け用のちっちゃな火しか出せないよ」
「じゃあ、春風をイメージしてただの風出してみな」
アーニャはぎゅっと眉根を寄せたが、俺に手の平を向けたと思ったら!
ゴオゥ!!
俺は硬い地面に再び打ち付けられていた。
もうヤダ、この人達。
普通試しだったら、人がいない他所に向けねえ? そういう心遣いとか気の使い方が出来ないからこの人達追放された系なんじゃない?
「凄いよアーニャ。こんな温風あればシーツとか一気に乾かせるよ!!」
「そうだね。ヘレンは洗濯上手だし、あたしらで洗濯屋開くか!!」
いいんじゃない? 俺にもう関わって来なくなるなら、君達が店を出す際には俺こそ喜んで口添えさせてもらうよ。
俺はよろよろと起き上がり、砦から出ても生きていけそうになったアーニャとヘレンは置いておいて、無意味に泣き続けるだけのリーザの顔に泥まみれの手の平をなすりつけた。
「だに、でずか?」
「泣き顔よりも泥まみれの方がいいだろう。またブリューに無理難題されて泥まみれになったで終わりだ。帰るぞ。カートは。リーザ、お前がひけ」
「う、うぶぶ」
嗚咽のせいで人語を話せなくなったからか、リーザは俺に向けて勢いよく頭を下げた。が、まるで触手な質感を持つ彼女のツインテールが、バフバフンと俺に襲い掛かるだけである。
「リーザがマンドラゴラさん達に威嚇されるばかりな理由がわかった。ガサツな動きしかしないせいで、お前の金色な触手ツインテールがいつ襲って来るかわからず、怖かったんだろうし、心細かったんだろうな」
「ひどっ」
リーザは俺の物言いに涙が引っ込んだようだ。目を丸くしている。そんな彼女をさらに揶揄うために、カートの荷台に並んだ鉢植え達に声を掛ける。
「こんな奴を連れて来て悪いな」
「ひどいぃいいいい」
やばい。
マンドラゴラさん達が、そーだそーだ、という感じで葉っぱ揺らして肯定してくれたもんで、リーザがまた泣き出してしまった。ああ面倒。
どうして今日はデニーがいないの!
デニーは奴隷じゃないよって、休みなんかあげるんじゃ無かったよ!!




